敷地でもっとも古い建物

藤田家住宅土蔵は、福島県白河市二番町46-1にある江戸末期(1830〜1868年頃)建築の土蔵で、令和6年(2024年)8月15日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

同じ日に藤田家住宅3棟が一括して登録されたが、この土蔵だけは他の2棟より半世紀以上さかのぼる。街道に面した店舗兼主屋は大正前期、その北西の座敷蔵は明治41年(1908年)。この土蔵は徳川の世が終わる前後の建築で、藤田家が二番町で醸造を始めた天保元年(1830年)頃と時期が近い。位置は座敷蔵のさらに西、敷地の北西端にあたる。

役割は明快である。商品や接客のための蔵ではなく、家財を納める蔵だった。平面もそれ以上のことをしていない。各階とも板敷の一室で、階段は北西の隅に寄せてある。戸口は東の妻面に開き、短辺側から入る構えになる。基礎は切石積。建築面積は55平方メートルで、3棟のなかではもっとも小さい。

外壁は漆喰塗仕上で、軒に鉢巻を廻らす。隣の座敷蔵と揃った扱いである。西の妻面には庇の付いた窓が上下に二つ開く。この窓に目を留めておきたい。登録の理由が、じつはここにあるからだ。

見上げるべき小屋組

適用された登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、街道側の店舗兼主屋と同じである。文化庁の解説文はその寄与の中身を具体的に書いている。庇付窓を上下に開けた西妻が、敷地北西の景観をつくっている、と。装飾の質ではなく、風景のなかでの見え方によって評価された建物ということになる。登録番号は07-0286、第107回登録として令和6年8月15日に告示された。

構造上の面白みは頭上にある。小屋組は登梁、つまり屋根の勾配に沿って架けた梁を、水平の繋梁で上下から挟み込む形式をとる。土蔵の屋根としては頑丈で、やや古風な組み方である。2階が間仕切りのない一室なので、入ってしまえば組み方の全体が下から見通せる。

この小屋組について、文化庁の解説文は「中古」と記している。建築の記述でこの語は古材の転用、すなわち以前の建物から外した部材を組み直したことを指す場合が多い。転用材には不要になった仕口の痕が残るなど、判別できる手がかりが伴う。ただし解説文が簡潔にすぎるため断定はできず、確認が必要な事項として残る。

台帳には明治41年頃の改修も記録されている。座敷蔵が建った年と同じである。これは示唆的で、藤田家が敷地の奥まわりで一連の工事を行った可能性を示す。新しい座敷蔵を建て、同時にその背後の古い家財蔵にも手を入れて、二棟が並んで見えるように整えた、という筋書きになる。

一次資料の食い違いを一点、そのまま記しておく。国指定文化財等データベースの「構造及び形式等」欄は屋根を鉄板葺とするが、同じ記録の解説文は銅板葺と書いている。いずれも文化庁の記述である。本記事の基本データは台帳の構造欄に従ったが、両者は一致しておらず、ここでは未解決のまま示す。

家財蔵からギャラリーへ

この蔵は展示室に改修されており、訪問者はその姿で建物と対面することになる。

公益財団法人藤田教育振興会は昭和42年(1967年)に南湖公園内で藤田記念博物館を開館し、昭和54年(1979年)には博物館法に基づく登録博物館となった。東日本大震災で建物が損傷して休館したのち、令和3年(2021年)4月、二番町の旧藤田家敷地で再開する。使われたのが蔵2棟で、座敷蔵を主たる展示空間とし、この土蔵をギャラリー展示室に改修して併用している。二棟あわせて「藤屋蔵」の通称で案内されている。

江戸末期の土蔵は、意外なほど展示室に向いている。厚い土壁は温度と湿度の変化をゆるやかにする。掛軸にとってはこれが望ましい条件になる。間仕切りのない一室であれば、四面の壁を途切れずに使える。2棟で展開される収蔵品は、白河藩主松平定信、その御用絵師であった谷文晁、そして東京美術学校教授で白河藤田家と交友のあった日本画家・結城素明を軸に構成されている。敷地の一部は貸しギャラリーとしても運用されている。

見学条件は博物館共通である。開館時間は10時から16時。1月から3月の冬季と展示替えの期間は休館するため、遠方から向かうなら事前に博物館のサイトを確認しておきたい。観覧料は企画展開催時が一般500円、高校・大学生300円。平常展は一般300円、高校・大学生100円。中学生以下は無料。撮影の可否は公表されていないので、受付で確認するのが確実である。

最寄りはJR東北本線の白河駅で、二番町まで約1.2キロ、歩いて15分ほどの距離になる。東北新幹線の新白河駅からなら約1.6キロ。土蔵は敷地のいちばん奥にあるので、旧奥州街道に面したガラス戸の店構えを先に見て、座敷蔵を通り抜け、最後にこの3棟中もっとも古い建物にたどり着く順路が自然だろう。

名称で検索する際の注意を一つ。まったく同じ表記の「藤田家住宅土蔵」が京都市上京区にも登録有形文化財として存在する。平成27年(2015年)登録、建築面積14平方メートルで、白河の藤田家とは無関係の物件である。検索結果に山名町や堀川通が出てきた場合は、福島県のこの土蔵ではない。

Q&A

Q白河市の藤田家住宅土蔵はいつ頃の建築ですか?
A国の登録台帳では江戸末期、西暦1830年から1868年頃の建築とされ、明治41年(1908年)頃に改修が加えられています。二番町46-1にある藤田家住宅3棟のうちもっとも古く、明治41年の座敷蔵や大正前期の店舗兼主屋よりさかのぼります。
Q藤田家住宅土蔵の内部は見学できますか?
A見学できます。ギャラリー展示室に改修され、令和3年(2021年)4月にこの敷地で再開した藤田記念博物館の一部として使われています。開館は10時から16時までで、1月から3月の冬季および展示替えの期間は閉まります。
Q藤田家住宅土蔵はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A令和6年(2024年)8月15日、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で登録されました。登録番号は07-0286です。文化庁は、庇付の窓を上下に開けた西の妻面が敷地北西の景観をつくっている点を挙げています。
Q藤田家住宅土蔵で見ておきたいのはどこですか?
A上を見てください。各階が板敷の一室なので小屋組がそのまま見えます。屋根勾配に沿う登梁を水平の繋梁で挟む組み方です。階段は北西の隅、戸口は東の妻面に開いています。
Q白河の藤田家住宅土蔵と京都の藤田家住宅土蔵は同じものですか?
A別物です。京都市上京区にも同名同表記の登録有形文化財があり、平成27年(2015年)登録、建築面積14平方メートルです。福島県白河市の土蔵は令和6年登録、建築面積55平方メートルで、両者に関係はありません。

基本データ

名称藤田家住宅土蔵(ふじたけじゅうたくどぞう)
所在地福島県白河市二番町46-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 07-0286、第107回登録/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年令和6年(2024年)8月15日
員数1棟
寸法土蔵造2階建、鉄板葺(台帳構造欄。解説文では銅板葺と記載)、建築面積55平方メートル
所有者公益財団法人藤田教育振興会
公開状況藤田記念博物館のギャラリー展示室として公開(10時〜16時)。1月〜3月の冬季および展示替え期間は休館

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)― 藤田家住宅土蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00015000
国指定文化財等データベース(文化庁)― 藤田家住宅座敷蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00014999
藤田記念博物館 ― 藤田記念博物館とは
https://fujitakinenhakubutsukan.amebaownd.com/pages/4813846/profile
藤田記念博物館 ― 利用案内
https://fujitakinenhakubutsukan.amebaownd.com/pages/4813847/page_201603171106
白河市公式ホームページ ― 藤屋建造物群
https://www.city.shirakawa.fukushima.jp/page/page004404.html

最終更新日: 2026.08.25