天王山遺跡 ― 阿武隈川を見下ろす丘に眠る弥生時代の集落
福島県白河市の中心部から東へおよそ4キロメートル、阿武隈川の左岸にそびえる独立丘陵の頂上に、約2000年前の人々の暮らしの痕跡を伝える遺跡があります。それが、令和3年(2021)10月11日に国の史跡に指定された「天王山遺跡」です。標高407メートルの丘から発見された土器は、東北地方南部から北陸地方にかけての弥生時代後期前半を代表する標式資料として「天王山式土器」と名付けられ、日本考古学史にその名を刻むこととなりました。眼下に広がる阿武隈の景色を眺めながら、古代の人々が選んだ暮らしの場に立つ ― そんな知的な旅をお楽しみいただけます。
東北の弥生時代研究を変えた発見
天王山遺跡の物語は、計画された発掘調査ではなく、農地の開墾作業から始まりました。昭和24年(1949)12月、丘陵頂部の開墾が進められる中で、見慣れない土器の破片が大量に出土し始めます。当時、白河農業高等学校(現・白河実業高等学校)の教員であった藤田定市氏のもとに報告が寄せられ、現地に駆けつけてみると、おびただしい数の土器片が地表に散乱していたといいます。
翌昭和25年(1950)2月から5月にかけて、藤田氏は開墾の進行に合わせて第1次調査を行いました。合計20か所で実施されたこの調査では、土坑や焼土遺構、河原石列などが確認されました。さらに同年11月には第2次調査が実施され、焼土遺構や集石といった遺構が記録されています。出土した土器を子細に検討した東北大学の伊東信雄氏は、それまでに類例のない特徴を持つ弥生時代後期前半の新たな土器型式として、これを「天王山式土器」と命名しました。福島の小さな丘の名は、こうして全国の考古学界に知られるようになったのです。
国指定史跡への道のり ― 集落であることの確認
発見当初、天王山遺跡の性格については祭祀遺跡なのか集落跡なのか、長らく議論が続きました。この謎に決着をつけたのが、平成28年(2016)から平成30年(2018)にかけて白河市が実施した第3次から第5次にわたる再調査です。第1次・第2次調査と同じ丘陵頂部を対象に5か所で行われた発掘では、複数時期の竪穴建物跡や土坑が重複して検出されました。これにより、一定期間にわたって人々が継続的に暮らした集落跡であることが明確に確認されたのです。
こうした学術的価値が高く評価され、天王山遺跡は令和3年(2021)10月11日に国の史跡に指定されました。さらに令和6年(2024)には、出土した「天王山式土器」をはじめとする土器類262点が「天王山遺跡出土品」として国の重要文化財に指定されています。遺跡そのものと、そこから出土した遺物の両方が国の指定を受けるという例は、東北地方の弥生時代遺跡として極めて意義深いものです。弥生時代後期前半における集落の立地や、大量の植物遺物から想定される生業や食生活など、当時の社会構造を考える上で欠かせない学術的拠点となっています。
天王山式土器とアメリカ式石鏃の魅力
天王山式土器には、壺、甕、高坏、鉢などさまざまな器種があり、壺の中には注口や片口の付くものも含まれます。特徴的なのは、筒形の頸部に波状や突起のある口縁部、そして縦走・横走する縄文の地文です。中でも上下交互に刺突文を入れて波のような沈線を作り出す「交互刺突文」は、本遺跡の土器を象徴する文様として知られます。波状口縁や変形工字文、磨消縄文の手法など、縄文時代晩期の土器に通じる要素も多く見られ、年代を巡る論争は学史的にも著名です。現在では、地文の縄文は北海道の恵山式土器の影響を受けたもの、縄文的要素は続縄文文化からの系譜を持つものと理解されています。
もう一つの目玉が、逆T字形をした「アメリカ式石鏃」と呼ばれる独特な石鏃です。一遺跡からの出土数としては国内最多を誇り、その分布域は天王山式土器の広がりとほぼ重なっています。さらに、炭化したコメ・クリ・クルミといった植物遺物は、当時の食生活と生業を生き生きと伝えてくれます。土製の紡錘車、石製の管玉や勾玉も見つかっており、織物作りや装身の文化が営まれていたことを物語ります。
遺跡を訪ねる ― 弥生時代の丘へのいざない
天王山遺跡が位置する独立丘陵は標高約407メートルで、丘陵裾部からの比高は約80メートルにおよびます。近年、丘の頂上まで登るための歩道と階段が新たに整備され、訪問者は弥生時代の人々が日々眺めたであろう景色をたどりながら、史跡の中心部まで足を運ぶことができるようになりました。傾斜が急で滑りやすい箇所もあるため、歩きやすい靴と動きやすい服装でお越しください。途中で立ち止まり呼吸を整えながら、2000年前にこの丘を行き来した人々の姿を思い描く ― そんな静かな時間が流れます。
頂上に立つと、阿武隈川がつくる広い谷と、四方に連なる山並みを一望することができます。澄んだ空気と鳥のさえずりに包まれた静寂の中、ここに竪穴建物が立ち並んでいたことを想像すれば、目の前の風景が一気に古代へとつながっていくのを感じられるでしょう。遺跡は復元建物を持たず、その魅力は何もない丘の上で想像力をめぐらせる「考古学的な散策」にあります。なお遺跡の周辺には私有地も含まれていますので、整備された歩道から外れないようご協力をお願いいたします。
周辺情報 ― 白河を巡る歴史散策
遺跡訪問の前後にぜひ立ち寄りたいのが、白河市歴史民俗資料館です。ここには天王山遺跡から出土した実物の土器や石器、植物遺物などが展示されており、丘の上で感じた古代の気配が、目の前の遺物となって息づきます。入館料は無料で、遺跡訪問とあわせて訪れることでより深い理解が得られます。
さらに白河市には、優美な白壁と石垣が美しい復元天守を持つ「小峰城跡」、そして寛政12年(1800)に老中・松平定信によって造営された日本最古級の公園のひとつである「南湖公園」(国指定史跡・名勝)があります。弥生時代の人々が暮らした丘から、近世の大名が市民のために整えた庭園まで、約2000年にわたる白河の歴史を一日で旅することができる ― これは他の地域ではなかなか体験できない、贅沢な時間の流れです。
Q&A
- 天王山遺跡はいつ頃の遺跡ですか?
- 弥生時代後期前半、およそ1世紀頃(約2000年前)に営まれた集落跡です。複数時期の竪穴建物跡が確認されていることから、一定期間にわたって人々が継続的に暮らしていたことがわかっています。
- 「天王山式土器」とは何ですか?なぜ重要なのでしょうか?
- 東北大学の伊東信雄氏によって命名された、弥生時代後期前半の標式土器です。東北地方南部から北陸地方にかけて分布する同時期の土器の年代を測る基準として、考古学界で広く認知されています。
- 遺跡へのアクセス方法を教えてください。
- JR東北本線・久田野駅から徒歩約30分、お車の場合は白河中央スマートICから約10分です。駐車場は久保集会所(白河市大久保前8)が利用可能ですが、マイクロバスなど車重のある車両のご利用はご遠慮ください。
- 入場料はかかりますか?いつでも見学できますか?
- 遺跡自体に入場料はかからず、整備された歩道は通年でご利用いただけます。ただし傾斜が急で滑りやすいため、歩きやすい靴と服装でお越しください。周辺には私有地もありますので、必ず整備された歩道をご利用ください。
- 出土品はどこで見られますか?
- 国指定重要文化財である天王山式土器やアメリカ式石鏃などの出土品は、白河市歴史民俗資料館に展示されています。入館料は無料ですので、遺跡訪問とあわせてぜひ足をお運びください。
基本情報
| 名称 | 天王山遺跡(てんのうやまいせき) |
|---|---|
| 指定種別 | 国指定史跡(令和3年10月11日指定)/出土品は令和6年に国指定重要文化財に指定 |
| 時代 | 弥生時代後期前半(およそ1世紀頃) |
| 遺跡の種類 | 丘陵頂部の集落跡 |
| 所在地 | 福島県白河市大岩倉、久田野豆柄山、久田野細入山 |
| 標高 | 約407メートル(丘陵裾部との比高約80メートル) |
| 指定面積 | 39,333.89平方メートル |
| 管理団体 | 白河市 |
| アクセス | JR東北本線・久田野駅から徒歩約30分/白河中央スマートICから車で約10分 |
| 駐車場 | 久保集会所(白河市大久保前8) |
| 問い合わせ | 白河市文化財課 文化財保護係(電話:0248-28-5535) |
参考文献
- 天王山遺跡【てんのうやまいせき】(白河市公式ホームページ)
- https://www.city.shirakawa.fukushima.jp/page/page006871.html
- 天王山遺跡出土品【てんのうやまいせきしゅつどひん】(白河市公式ホームページ)
- https://www.city.shirakawa.fukushima.jp/page/page001360.html
- 天王山遺跡の歩道が開通しました!(白河市公式ホームページ)
- https://www.city.shirakawa.fukushima.jp/page/page010587.html
- 天王山遺跡 - 文化遺産オンライン(文化庁)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/543478
- 福島県天王山遺跡出土品 - 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/565491
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/00004140
最終更新日: 2026.05.03