枝が下へ向かう楓

昭和12年(1937年)6月15日、福島県いわき市渡辺町中釜戸の観音堂境内に立つ2本の楓が、国の天然記念物に指定された。樹齢が古いわけでも、ずば抜けて大きいわけでもない。指定の理由は、枝の伸び方そのものにある。

楓の枝は、ふつう上へ向かって広がる。ところがこの木の枝は外へ曲がり、地面へ垂れ下がり、低く丸い樹冠をつくる。傘を広げたような姿である。この枝垂れの性質は突然変異によるものと考えられており、植物の形態学・遺伝学の両面から貴重な存在とされてきた。何代もの時間をかけて一か所に立ちつづける、いわば自然の実験ともいえる。

木は大小2本。寄り添うように立ち、どちらも同じように枝を垂らす。地元では古くから「中釜戸のシダレモミジ」と呼ばれている。

庭木から天然記念物へ

この木はイロハカエデ(カエデ科カエデ属)である。庭や寺社の境内に広く植えられ、秋の紅葉で親しまれてきた、日本ではごくありふれた樹種だ。しかし枝垂れる性質をもつ個体はめずらしい。枝が下へ垂れる形質は、本来この種の正常な生育では現れない。

中釜戸の楓に学術的な関心が向けられたのも、この異形ゆえである。大正8年(1919年)の史蹟名勝天然紀念物保存法によって天然記念物の保護制度が整い、変わった形をもつ樹木もその対象に含まれた。昭和12年6月、2本の楓は国の天然記念物に登録され、同年9月、いわき市が管理団体としてその保護にあたることとなった。

木が立つのは観音堂のかたわらである。里山の低い丘と田に囲まれた、いわき南部のありふれた農村の一角に、その姿は今も変わらず残っている。

なぜ選ばれたのか

天然記念物のうち植物の指定基準には、名木・巨樹・老樹・畸形木などが挙げられている。中釜戸のシダレモミジは、このうち畸形木、すなわち通常とは異なる形をもつ樹木として位置づけられた。

指定当時の記録は、大きいほうの木をごく簡潔に記している。地上1メートルの高さで幹まわりは約3メートル、枝は屈曲して傘状をなす、と。そして、やまもみじが枝垂れたものであり、植物の形態を学ぶうえで有益である、と結ぶ。

この最後の一文が指定の核心といえる。種としての標準から大きく外れた木は、研究者にとって生きた事例となる。なぜ枝が垂れるのか。その問いは、植物の構造を扱う形態学にも、形質の発現と遺伝を扱う遺伝学にも関わってくる。中釜戸のシダレモミジは、見て楽しむ景物であると同時に、ひとつの資料でもある。

見どころ

うっそうとした森の巨木を思い描いて訪れると、印象は少し違うかもしれない。けれども、その違いこそが見どころである。

大きいほうの木は樹高約6.8メートル、胸の高さで測った幹まわりは約3.5メートル、根まわりは約2.75メートル。小さいほうは樹高約4メートルで、幹まわりは1メートルに満たない。どちらも飛び抜けて大きい木ではない。目を引くのは大きさではなく、かたちだ。

幹は白っぽく、はっきりとねじれている。ところどころにコブがふくらみ、彫刻のような趣がある。そのねじれた幹から枝が外へ広がって垂れ下がる。樹冠の東西の広がりは10メートル近くに及ぶとも伝えられる。ねじれた幹を台座に、緑の大きな傘をのせたような姿である。

訪れる人の多くは秋を選ぶ。紅葉は11月下旬から12月上旬にかけて進み、オレンジから深い紅へと色を変えていく。各地の紅葉よりやや遅い時期にあたるため、紅葉狩りの旅を組むうえでは覚えておくとよい。いわき市は11月のあいだ、色づきの様子を写真で随時公開しており、出かける前に見頃を確かめることができる。

秋以外の季節は人影も少ない。冬は葉を落とし、夏は青葉に覆われる。葉のない時期は、かえって枝の奇妙な構造を読み取りやすいともいえる。

中釜戸のまわり

中釜戸は、いわき市南部の海から少し内陸に入った集落である。いわき市は昭和41年(1966年)に14の市町村が合併して生まれた広い市で、シダレモミジはその一角にひっそりと立つ。観光名所というより、道の傍らで出会う木に近い。

車であれば、JR常磐線泉駅から約10分、常磐自動車道いわき湯本インターチェンジから約20分ほどである。木のすぐ周りの道は狭く、民家のそばを通る。いわき市は、徒歩約10分の位置にある見学者用駐車場(9台)の利用を呼びかけており、周辺の道や民家への駐車は控えるよう求めている。観光バスは中釜戸集会所を待合所として使うことになっている。木のそばに常設のトイレはなく、紅葉の時期に駐車場へ簡易トイレが設けられる。

いわき周辺は、足をのばす価値のある土地だ。平安時代後期に建てられた白水阿弥陀堂は、福島県の建造物で唯一の国宝であり、秋にはモミジやイチョウに彩られる。小名浜のアクアマリンふくしまでは、この沖で出会う寒流と暖流の海の生き物に親しめる。東日本でも古い湯のひとつであるいわき湯本温泉は一日の終わりに体を休める場所となり、近隣のスパリゾートハワイアンズは家族連れでにぎわう。

Q&A

Q見頃はいつですか。
A例年11月下旬から12月上旬です。オレンジから深い紅へと色が移ります。各地の紅葉よりやや遅めで、いわき市が11月のあいだ、色づき状況を写真で公開しています。出かける前に確認するとよいでしょう。
Q拝観料はかかりますか。いつ見られますか。
A料金はかかりません。観音堂のかたわらの開けた場所に立っており、時間や季節を問わず見ることができます。
Qアクセスと駐車場は。
AJR泉駅から車で約10分、いわき湯本ICから約20分です。徒歩約10分の見学者用駐車場(9台)を利用してください。周辺の道は狭く、民家への駐車はご遠慮ください。
Qふつうのカエデがなぜ天然記念物なのですか。
A生育のしかたがふつうではないからです。枝が下へ垂れる性質は突然変異によると考えられ、植物の形態や遺伝の研究にとって貴重です。昭和12年、畸形木の基準で指定されました。
Q樹齢はどれくらいですか。
A樹齢は不明です。大きさや形の記録は残っていますが、確かな植栽年は伝わっていません。

基本情報

名称中釜戸のシダレモミジ(なかかまどのしだれもみじ)
所在地福島県いわき市渡辺町中釜戸字表前117-2ほか
指定区分国指定天然記念物
指定年月日昭和12年(1937年)6月15日
指定基準植物:名木・巨樹・老樹・畸形木など
樹種イロハカエデ(カエデ科カエデ属)
員数・大きさ2本。大株:樹高約6.8メートル、胸高幹まわり約3.5メートル。小株:樹高約4.0メートル、胸高幹まわり約0.8メートル
管理団体いわき市
アクセスJR常磐線泉駅から車で約10分/常磐自動車道いわき湯本ICから約20分
公開状況無料・常時見学可
見頃11月下旬~12月上旬(紅葉)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/363
文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/204813
いわき市「国指定天然記念物『中釜戸のシダレモミジ』紅葉情報」
https://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1450324990004/index.html

最終更新日: 2026.05.26