千歳楼栖鳳閣 — 日本画の巨匠が手がけた大正期の数寄屋建築
岐阜県養老郡養老町、養老公園の北端に位置する老舗旅館・千歳楼。その一角に建つ栖鳳閣は、近代日本画壇を代表する画家・竹内栖鳳(1864〜1942)が設計に深く関わった、大正期の数寄屋建築です。2014年に国の登録有形文化財(建造物)に登録されたこの建物は、木造平屋建・瓦葺で建築面積約196平方メートル。東側を懸造(かけづくり)とし、座敷から養老の山々を望む眺望を実現しています。画家ならではの美意識が隅々にまで行き渡った空間は、建築と美術が融合した希有な文化遺産です。
千歳楼の歴史と栖鳳閣の誕生
千歳楼の創業は江戸時代中期の1764年(宝暦14年)。初代岡本喜十郎が、養老の滝周辺の土地を買い上げて旅館を開きました。「千歳楼(せんざいろう)」の名は、奈良時代に元正天皇がこの地を行幸し「養老」と改元してからおよそ千年を記念して名付けられたものです。
1880年(明治13年)に養老公園が開園すると、千歳楼は滝から約500メートル下の景勝の地に改築されました。現在の本館(総檜書院造)はこのときに建てられた明治期の建築です。大正時代には五代目当主・吉岡松太郎が本館に隣接して流芳閣を、さらに昭和初期には流芳閣から廊下を介した場所に栖鳳閣を増築しました。吉岡松太郎は日本画家の竹内栖鳳と深い親交があり、栖鳳が千歳楼に長期滞在した際、みずからの手で「袖の間」を設計したと伝えられています。2014年(平成26年)10月7日、本館・流芳閣・栖鳳閣の3棟が一括して国の登録有形文化財に登録されました。
なぜ登録有形文化財に登録されたのか
栖鳳閣が登録有形文化財として評価された理由は、その建築的特質と芸術的価値の両面にあります。木造平屋建・瓦葺の建物は、流芳閣から廊下を介して北方に接続し、東側を懸造として山の斜面にせり出す形で建てられています。この懸造により、座敷からは養老の自然を見渡す開放的な眺望が得られます。
間取りは十畳の袖の間を中心に、二室の八畳間を配して周囲に縁を廻らす構成。ガラス障子を多用して外光を積極的に取り入れた室内空間は、大正期の数寄屋建築としては先進的な設計です。さらに、竹内栖鳳という近代日本画壇の第一人者が設計・装飾に携わった希少性は、京都・嵐山の霞中庵と並ぶ栖鳳ゆかりの建築として、美術史・建築史の両面から高く評価されています。
見どころ — 竹内栖鳳の意匠を堪能する
栖鳳閣最大の見どころは、竹内栖鳳が自ら設計した十畳の「袖の間」です。天井高は十尺(約3メートル)と洋館並みの高さを持ち、折上げ天井(おりあげてんじょう)には栖鳳筆と伝えられる絹本の絵画が貼られています。部屋全体が一つの美術作品のような空間です。
欄間に施された組子細工も見逃せません。紀行作家で一級建築士の稲葉なおと氏は、この組子の幾何学的な構成をオランダの抽象画家ピート・モンドリアンの絵画にたとえ、「日本画の大家の作品というよりも、抽象画家の作風を思わせた」と評しています。伝統的な和の技法でありながら、驚くほどモダンな感性が宿るこのデザインは、西洋画の写実性を日本画に取り入れた栖鳳ならではのものといえるでしょう。部屋には栖鳳自筆の「翠嵐香(すいらんこう)」の書幅も掛けられ、画家の足跡を間近に感じることができます。
千歳楼に泊まる — 文化財に暮らすように過ごす
千歳楼は現在も旅館として営業しており、登録有形文化財の建物に実際に宿泊できる貴重な体験が可能です。全7室の客室はそれぞれ異なる趣が施され、桜の間、竹の間、松の間など個性豊かな空間が揃います。明治期の本館2階には28畳の大広間があり、かつて濃尾平野を一望できた眺望の名残を今に伝えています。
料理は岐阜県が誇る飛騨牛を中心とした会席料理。厳選された飛騨牛はステーキまたはしゃぶしゃぶで提供されます。2021年には創業者が1771年に始めた薬湯の伝統が復活し、伊吹山麓で栽培された薬草を使った薬湯を楽しめるようになりました。チェックインは15時、チェックアウトは11時。駐車場は9台分(無料・先着順)を完備しています。
周辺情報 — 養老公園と養老の滝
千歳楼が位置する養老公園は、養老山麓に広がる総面積約78万6千平方メートルの広大な公園です。園内には多彩な見どころが点在しています。
千歳楼から約500メートル上ると、日本の滝百選にも選ばれた養老の滝(落差約30メートル・幅約4メートル)が現れます。滝のそばにある養老神社境内の菊水泉は、環境省の「名水百選」にも選定されている名水です。元正天皇が手や顔を洗うと肌が美しくなったという伝説が残り、「水が酒に変わった」という養老孝子伝説のゆかりの地でもあります。滝までの道は春には約3,000本の桜が咲き誇り、秋には色鮮やかな紅葉に包まれます。
現代アートに関心のある方には、養老天命反転地がおすすめです。世界的アーティスト・荒川修作とマドリン・ギンズが30年以上の構想を経て実現した体験型アート作品で、起伏に富んだ地形と不思議なパビリオンが訪れる人の身体感覚を揺さぶります。養老町は「焼肉の町」としても知られ、県道56号線沿いの「焼肉街道」では上質な肉をリーズナブルに楽しめます。また、1900年に誕生した日本最初期のサイダーとされる「養老サイダー」の復刻版も養老の名物です。
Q&A
- 栖鳳閣の袖の間に宿泊できますか?
- はい、千歳楼は現役の旅館ですので、竹内栖鳳が設計した袖の間を含む客室に宿泊が可能です。公式サイトのほか、楽天トラベル・じゃらんなどの予約サイトからご予約いただけます。1泊2食付きで1名あたり約8,900円〜(2名1室利用時)が目安です。
- 名古屋からのアクセス方法を教えてください。
- お車の場合は名神高速道路の大垣インターチェンジから国道258号線を南下し、養老公園方面へ約20分です(名古屋から合計約60分)。公共交通機関をご利用の場合は、JR東海道線で大垣駅まで行き、養老鉄道に乗り換えて養老駅で下車。養老駅からはタクシーまたは送迎車で約5分です。
- 宿泊せずに建物を見学することはできますか?
- 千歳楼は旅館として営業しているため、建物の内部見学は基本的に宿泊者に限られます。見学をご希望の場合は、事前に旅館へ直接お問い合わせください。外観は養老公園内から自由にご覧いただけます。
- おすすめの訪問時期はいつですか?
- 養老公園は四季を通じて魅力がありますが、特に春(3月下旬〜4月中旬)の約3,000本の桜と、秋(11月中旬〜12月上旬)の紅葉の時期が見事です。夏は緑深い渓谷の涼しさ、冬は静寂の中で薬湯を楽しむ趣があります。
基本情報
| 名称 | 千歳楼栖鳳閣(せんざいろう せいほうかく) |
|---|---|
| 文化財区分 | 登録有形文化財(建造物)/2014年(平成26年)10月7日登録 |
| 建築年代 | 昭和前期(1926〜1945年)/大正期に設計 |
| 構造・規模 | 木造平屋建、瓦葺、建築面積約196㎡ |
| 設計 | 袖の間の意匠設計:竹内栖鳳(1864〜1942) |
| 所有者 | 株式会社養老 |
| 所在地 | 〒503-1254 岐阜県養老郡養老町養老公園1079 |
| アクセス | 養老鉄道・養老駅よりタクシー約5分/名神高速道路・大垣ICより車約20分 |
| 電話番号 | 0584-32-1118 |
| 公式サイト | https://senzairou.com/ |
参考文献
- 千歳楼栖鳳閣 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/210077
- 千歳楼本館 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/243605
- 千歳楼 (養老町) — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/千歳楼_(養老町)
- 千歳楼 公式サイト
- https://senzairou.com/
- 千歳楼と養老の歴史 — 千歳楼
- https://senzairou.com/history/
- 養老公園・養老の滝 — 岐阜県観光公式サイト
- https://www.kankou-gifu.jp/spot/detail_903.html
- 養老公園 公式サイト — 施設案内
- https://www.yoro-park.com/facility-map/
- 竹内栖鳳 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/竹内栖鳳
- 岐阜・養老の地で261年。文化財の宿「千歳楼」— CREA WEB
- https://crea.bunshun.jp/articles/-/52409
最終更新日: 2026.03.22