江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡とは:北飛騨の中世豪族江馬氏の館と山城群

江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡(えましじょうかんあと)は、岐阜県飛騨市神岡町にある、中世の豪族江馬氏の本拠の下館跡と、本城の高原諏訪城跡、支城群の城跡からなる遺跡で、昭和55年(1980年)3月21日に国の史跡に指定された。

文化庁の記録では、指定基準は「都城跡、国郡庁跡、城跡、官公庁、戦跡その他政治に関する遺跡」にあたり、令和6年(2024年)2月21日に追加指定を受けている。

文化庁によると、江馬氏は北飛騨の吉城郡を本拠とした中世の豪族で、応安5年(1372年)に「山科家文書」に登場するのが史料上の初見である。

江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡の構成

文化庁の詳細解説によると、下館は江馬氏の本拠で、その背後の東側の山稜に本城の高原諏訪城があった。北方の支城が土城、西方の支城が寺林城と政元城、南東の支城が洞城と石神城である。

昭和49年(1974年)の土地改良工事に伴う発掘調査で、下館から建物跡、土塁跡、堀跡、庭園遺構が確認された。延徳元年(1489年)に高原郷を訪れた万里集九が江馬氏のもてなしを受けたのは、この下館とみられる。

高原諏訪城は下館の背後の山稜上に築かれ、川と急な斜面に囲まれた峰を加工して、土塁、腰曲輪、堀切、竪堀を設けている。

江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡の見どころ

下館と、それを背後と四方から守る山城群がひとまとまりで残り、中世の地方豪族の本拠の構成を伝えている。

飛騨市によると、館跡には室町時代の庭園や建物が復元されて史跡公園として整備されており、館跡は岐阜県内で唯一、国の史跡と名勝の二重指定を受けている。

江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡の見学方法

飛騨市によると、館跡は史跡公園として整備されている。山城の見学は、飛騨市の山城ガイドなどで確かめたい。

問い合わせは飛騨市文化振興課文化係(0577-73-7496)へ。

Q&A

Q江馬氏城館跡はいつ史跡に指定されましたか?
A昭和55年(1980年)3月21日に指定され、令和6年(2024年)に追加指定を受けています。
Q江馬氏とは?
A北飛騨の吉城郡を本拠とした中世の豪族です。
Q江馬氏城館跡は何からなりますか?
A本拠の下館跡、本城の高原諏訪城跡、支城群の城跡からなります。
Q下館跡では何が見つかりましたか?
A建物跡、土塁跡、堀跡、庭園遺構が確認されています。
Q江馬氏館跡は見学できますか?
A飛騨市によると、史跡公園として整備されています。

基本情報

名称江馬氏城館跡/下館跡/高原諏訪城跡/傘松城跡/土城跡/寺林城跡/政元城跡/洞城跡/石神城跡(えましじょうかんあと)
所在地岐阜県飛騨市神岡町
指定区分史跡
指定年昭和55年(1980年)3月21日指定(令和6年(2024年)追加指定)
員数下館跡と城跡8か所
寸法文化庁データベースに記載なし
所有者文化庁の記録に記載なし
公開状況館跡は史跡公園として整備

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「江馬氏城館跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1289
文化遺産オンライン「江馬氏城館跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/205443
飛騨市「江馬館利活用プロジェクトとは」
https://www.city.hida.gifu.jp/site/castleruins/67321.html

最終更新日: 2026.09.28