上の島神明神社手水舎 ― 小さな屋根に込められた丁寧な組物

上の島神明神社の境内の西側、社務所のすぐ北に手水舎が建つ。参拝の前に手と口をすすいで身を清める、その水盤を覆う建物である。規模は桁行1間、梁間1間。床面積はわずか約7平方メートルで、桟瓦を葺いた切妻造の屋根を載せる。昭和の初めの造で、2007年に登録された。

小さいながら、その軸部はよく見るに値する。四本の柱は角を落とした面取方柱で、わずかに内へ傾けた内転びとし、それが小さな建物に視覚的な安定を与えている。柱は内法貫で固め、上端を頭貫で締め、それぞれの柱の上に大斗肘木を組む。妻には、虹梁の上に瓶の形をした大瓶束を立て、軒は一軒の疎垂木で受ける。虹梁や木鼻に施された絵様は、誇張のない穏やかな意匠である。

登録の理由と価値

この手水舎は2007年(平成19年)10月、登録有形文化財(建造物)に加えられた。境内で一括登録された5件のうちの一つで、登録番号は21-0141。登録の制度は歴史的景観に寄与する建物を守るもので、この水準の手水舎は、規模ではなく造りの確かさによって価値をもつ。組まれた継手の一つひとつが、正統な社寺建築の文法に従っており、庭の物置ほどの大きさの建物に、それが端正に収められている。

関心はこの対比にある。これほど小さければ簡素に済ませることもできたはずだが、大工は面を取った柱を立て、その上に正しく組物を載せ、木鼻まで静かに彫り出した。鳥居、太鼓橋、蕃塀をも生んだ昭和初期の一連の造営に属し、ここにも、急がず寸法を測る同じ手があらわれている。

見どころ

作法どおり、先へ進む前にここで足を止め、その間に見上げてみたい。柱の面取りは、四隅に沿って光を拾う。柱の上には大斗肘木を探す。方形の斗が短い肘木を受ける、その組物は、はるかに大きな社寺の建物を飾る斗栱の最小の単位である。

妻のなかをのぞけば、瓶の形をした大瓶束が虹梁から立ち上がり、軒の下には一列の疎垂木が走る。どれも大きくはない。そこに意味がある。手水舎は、境内の語彙のすべてを縮図として教えてくれる。やがて参拝者は、太鼓橋、鳥居、その先の彫物を刻んだ蕃塀で、同じ考えを実寸で目にすることになる。

Q&A

Q手水舎とは何ですか。
A神社の入口近くにある、屋根のかかった水盤です。参拝の前に手と口をすすいで身を清める場所で、全身を洗うものではなく、簡素な清めの所作を行います。
Q使い方を教えてください。
A柄杓を右手に取り左手を洗い、持ち替えて右手を洗い、再び右手に持って左の手のひらに水を受け口をすすぎます。最後に柄を立てて水を流し、柄杓を清めます。
Qいつ建てられたのですか。
A昭和の初め、おおむね1920年代後半から1930年代にかけてです。2007年(平成19年)10月に登録有形文化財となりました。
Qなぜこれほど小さな建物が登録されたのですか。
A価値は造りの確かさにあります。床面積は約7平方メートルにすぎませんが、面取りした柱、各柱上の組物、丁寧に彫った木鼻まで、いずれも正しい伝統の形で仕上げられています。
Q境内のどこにありますか。
A境内の西側、社務所のすぐ北にあります。拝殿へ向かって境内を進むうちに、容易に見つけられます。

基本情報

名称上の島神明神社手水舎(かみのしましんめいじんじゃちょうずや)
所在地岐阜県各務原市川島松倉町2232-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
登録年月日2007年(平成19年)10月2日登録(同年10月22日告示)/第56回/登録番号21-0141
時代昭和前期(昭和初期)
構造・規模1棟。木造、瓦葺、面積約7平方メートル。桁行1間、梁間1間、切妻造桟瓦葺。
所有者宗教法人神明神社
公開状況公開されている境内の西側、社務所の北に位置する。

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00006482
文化遺産オンライン(文化庁)
https://online.bunka.go.jp/
各務原市観光協会
https://kakamigahara-kankou.jp/

最終更新日: 2026.06.25