後藤織物給水塔とは

後藤織物給水塔は、群馬県桐生市東1丁目にある昭和8年(1933年)頃の鉄筋コンクリート造の給水塔で、染色に使う水をためるタンクとして建てられ、平成18年(2006年)3月27日に登録有形文化財となった。井戸屋形の北西、工場の南西の隅に接して立つ。

一辺3メートルの平面に鉄筋コンクリート造の4本の柱を立てて架構をつくり、その上に直径2メートル、深さ1メートルの鉄筋コンクリート造の貯水槽を載せる。全体の高さは5.7メートルである。

文化庁の解説は、後藤織物給水塔を工場の近代化の一面を示す施設と位置づけている。なお、文化庁のデータベースでは11件のうちこの給水塔だけ所有者の欄が空欄になっている。

登録の理由と価値

後藤織物給水塔の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。後藤織物の建物群のなかで、鉄筋コンクリート造はこの塔だけである。木造の工場と住まいの中に、昭和初期の新しい構造がひとつ立っていることが、敷地の近代化を分かりやすく見せている。

井戸屋形と組み合わせて読むと意味がはっきりする。桐生市の水道は昭和7年(1932年)に開設され、この地区にも引かれていた。それでも染色には多量の水を使うため、井戸水を汲み上げてためる給水塔を設けたと桐生市は考えている。汲み上げの動力は、工場のモーターからプーリーを介して取ったという。井戸・給水塔・工場の動力が一つにつながった設備だった。

桐生市の資料には、かつてもう1基の給水塔が並んで建っていたとも記されている。現存するのは1基だけだが、水の需要が一時は塔2基分に及んでいたことをうかがわせる話である。

見どころ

後藤織物給水塔は、工場の南西の隅に寄り添うように立つ。4本の四角柱が貯水槽を持ち上げる姿は単純だが、木造の工場の壁を背にすると、コンクリートの量感がはっきりと際立つ。

上部の貯水槽は直径2メートルの円筒形で、四角い柱の架構の上に丸い槽が載る。四角と円の組み合わせは、構造と用途をそのまま形にしたものである。

寸法の記載には資料間で違いがある。文化庁は高さ5.7メートルとし、桐生市の資料は台の高さを約2メートル、柱間を約3メートルとしている。桐生市の建物一覧では、5.7平方メートルという面積で示されている。見学の際は、塔の脚元から水槽までの高さを自分の目で確かめてみるとよい。

見学方法

後藤織物給水塔は工場の南西の隅にあり、予約制の見学で主屋の背後から井戸屋形の先へ進むと見えてくる。構造物に登ったり触れたりせず、足元から見上げて観察したい。撮影の可否は予約時に確認しておくとよい。

敷地への行き方と予約の方法は、後藤織物のページにまとめてある。

Q&A

Q後藤織物給水塔は何のために建てられましたか。
A染色に使う水をためるためです。井戸から汲み上げた水を上部の貯水槽にためました。
Q後藤織物給水塔の大きさはどのくらいですか。
A文化庁の記録では一辺3メートル、高さ5.7メートルで、上部に直径2メートル、深さ1メートルの貯水槽を載せています。
Q後藤織物給水塔の水はどうやって汲み上げたのですか。
A桐生市の資料によれば、工場のモーターからプーリーを介して動力を取り、汲み上げていたといいます。
Q後藤織物給水塔はいつ建てられましたか。
A昭和8年(1933年)頃です。桐生市の水道が開設された昭和7年(1932年)の翌年ごろにあたります。
Q後藤織物給水塔はほかにもありましたか。
A桐生市の資料によれば、かつてもう1基の給水塔が並んで建っていたと伝わります。現存するのは1基だけです。

基本データ

名称後藤織物給水塔(ごとうおりものきゅうすいとう)
所在地群馬県桐生市東1丁目730
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 10-0166
指定年平成18年(2006年)3月27日登録
員数1基
寸法鉄筋コンクリート造、高さ5.7メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(所有者欄が空欄)
公開状況予約制の見学で公開(平日)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁) 後藤織物給水塔
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00005417
後藤織物(桐生市ホームページ)
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1007533.html
後藤織物 門・主屋・奥座敷・井戸屋形・給水塔(桐生市、PDF)
https://www.city.kiryu.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/007/533/01goto-pdf.pdf

最終更新日: 2026.09.24