金善ビル:織都・桐生が生んだ大正モダンの鉄筋コンクリート建築

群馬県桐生市の中心街、本町通りに面して静かに佇む金善ビルは、大正10年(1921年)頃に建築された群馬県内最古級の鉄筋コンクリート造建築物です。かつて日本有数の織物産地として栄えた桐生の繁栄を物語る近代建築であり、平成18年(2006年)3月27日に国の登録有形文化財に指定されました。セセッション風の装飾と白タイルが美しいこのビルは、地方都市における初期の鉄筋コンクリート造オフィスビルの貴重な遺構として、訪れる人々に大正時代の桐生の活気を伝えています。

金善ビルの歴史

「金善」の名は、桐生で織物業を営んだ金居善太郎の屋号に由来します。金善ビルは、善太郎の長男であり二代目当主の金居常八郎によって、大正10年(1921年)頃に建築されました。当時、鉄筋コンクリート造の建物は大都市でも珍しく、地方都市である桐生にこのような先進的な建築が登場したことは、織物産業がもたらした経済力と、新しい技術への積極的な姿勢を示すものでした。

戦前は金善織物株式会社の事務所として使用されていましたが、戦時中の産業統合により金善織物は廃業となりました。建築当初は地上5階建てでしたが、5階部分は老朽化のため取り壊され、現在は地上4階建ての姿となっています。

登録有形文化財としての価値

金善ビルは、地方都市に現存する初期鉄筋コンクリート造事務所ビルの好例として、その建築史的価値が高く評価されています。間口8.2メートル、奥行9.1メートルの敷地に建つこのビルは、鉄筋コンクリート造地下1階・地上4階建てで、陸屋根の屋上に塔屋を備えています。

1階は「たち」(階高)を高く取り、外壁を石張り風に仕上げることで重厚感を演出しています。2階から4階にかけては白いタイルが張られ、玄関上方にはセセッション風の装飾が施されています。セセッション様式とは、19世紀末にオーストリア・ウィーンで始まった新芸術運動で、幾何学的な直線と平面を多用する特徴を持ちます。大正時代の日本建築にも大きな影響を与えたこの様式が、桐生の商業ビルに取り入れられていることは、当時のこの街の文化的感度の高さを物語っています。

また、階段部分が木造であることも注目すべき点です。鉄筋コンクリートと木造が併存する構造は、日本における鉄筋コンクリート造建築の過渡的な形態を示す貴重な資料でもあります。

見どころ・魅力

金善ビルの魅力は、その外観のコントラストにあります。重厚な石張り風の1階部分と、軽やかな白タイルの上層階の対比は、大正期の商業建築に共通するデザイン手法であり、見る者に強い印象を与えます。玄関上部のセセッション風装飾は、ヨーロッパの前衛的な美意識を地方都市の建築に取り入れた証であり、近づいてじっくり観察する価値があります。

建物内部では、4階から屋上へと続く螺旋階段が特に注目されています。機能性と優美さを兼ね備えたこの螺旋階段は、建物全体の設計に込められた繊細な配慮を感じさせます。延床面積は約432.08平方メートルで、地下1階を含むその規模は、当時の地方都市の商業ビルとしては極めて野心的なものでした。

現在、1階部分は織物関係の店舗として活用されており、桐生の織物文化との結びつきが今も続いています。

織都・桐生の歴史的背景

金善ビルの価値をより深く理解するためには、桐生という街の歴史を知ることが大切です。桐生は1,300年以上にわたる絹織物の産地であり、奈良時代の714年には朝廷に絹織物を献上した記録が残っています。江戸時代には徳川家康が関ヶ原の合戦に際して桐生の絹を軍旗として使用したとも伝えられ、「西の西陣、東の桐生」と並び称されるほどの名声を誇りました。

大正から昭和初期にかけて、桐生は「織都」(しょくと)の別称で呼ばれる日本屈指の繊維産業都市となりました。この繁栄が、金善ビルのような先進的な建築を可能にしたのです。現在、桐生市内には130件以上の国登録有形文化財があり、金善ビルが建つ本町通り周辺は「桐生新町重要伝統的建造物群保存地区」として2012年に選定されています。江戸時代の町屋、明治期の煉瓦倉庫、大正期のモダン建築、そして特徴的なノコギリ屋根の織物工場が混在する街並みは、歩くだけで桐生の歴史を体感できる貴重な空間です。

周辺情報

金善ビルの周辺には、桐生の歴史と文化を楽しめるスポットが数多くあります。

  • 桐生織物記念館:昭和9年(1934年)建築の登録有形文化財で、1,300年にわたる桐生織の歴史を展示しています。1階では織物製品の販売、2階では資料展示や手織り体験が楽しめます。
  • 有鄰館:江戸時代に醸造業に使われていた11棟の蔵群で、現在はコンサートや展示会などの文化イベントスペースとして活用されています。
  • 桐生天満宮:本町通りの起点となる歴史ある神社。本殿の見事な彫刻は必見です。毎月第一土曜日には骨董市が開催されます。
  • ノコギリ屋根工場群:桐生の織物産業を象徴する独特の屋根形状を持つ工場が、地区内の随所に残っています。
  • わたらせ渓谷鐵道:桐生駅から出発する風光明媚なローカル線で、渡良瀬川沿いの美しい渓谷を走り、足尾銅山や日光方面へと向かいます。

毎月第一土曜日には骨董市や各種イベントが開催され、桐生の街が特に賑わいます。桐生おりひめ倶楽部では3,500円で着物のレンタル・着付けが利用でき、着物姿で歴史的な街並みを散策するのもおすすめです。土日祝日には無料の電動バス「MAYU」が重伝建地区を巡回しており、散策の足として便利です。

Q&A

Q金善ビルの内部は見学できますか?
A1階は織物関連の店舗として営業しています。外観はいつでも自由にご覧いただけますが、上層階への見学は制限がある場合があります。最新の見学情報については、桐生市教育委員会文化財保護課または地元の観光案内所にお問い合わせください。
Q東京から金善ビルへのアクセスは?
A東京方面からは、JR湘南新宿ラインまたは宇都宮線で小山駅へ、そこからJR両毛線に乗り換えて桐生駅で下車します。所要時間は約2時間です。桐生駅から金善ビルまでは本町通りを北へ徒歩約20分です。土日祝日には無料の電動バス「MAYU」も運行しています。
Q外国語対応のガイドサービスはありますか?
A桐生市観光協会の「織都桐生」ガイド会では、英語・中国語・スペイン語・ポルトガル語・フランス語・ドイツ語でのガイドツアーを提供しています。事前予約が必要です。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A桐生は一年を通して楽しめますが、春(3月下旬~4月中旬)は桜、秋(11月中旬)は紅葉が美しい季節です。毎月第一土曜日は桐生天満宮の骨董市が開催され、特に賑わいます。8月上旬の桐生八木節まつりも見どころです。

基本情報

名称 金善ビル(かなぜんびる)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成18年(2006年)3月27日
建築年代 大正10年(1921年)頃
構造 鉄筋コンクリート造、地下1階・地上4階建、塔屋付、建築面積約94㎡、延床面積約432.08㎡
建築主 金居常八郎(金善織物 二代目)
旧用途 金善織物株式会社事務所
所在地 群馬県桐生市本町5丁目345
アクセス JR両毛線 桐生駅より徒歩約20分。土日祝日は無料バス「MAYU」利用可。

参考文献

金善ビル — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/118487
金善ビル|桐生市ホームページ
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/bunkazai/1010700/kunitouroku/1010101.html
金善ビル — Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%96%84%E3%83%93%E3%83%AB
桐生新町重要伝統的建造物群保存地区|桐生市ホームページ
https://www.city.kiryu.lg.jp/kankou/spot/denken/index.html
桐生織物記念館公式ウェブサイト
https://kiryuorimonokinenkan.com/
佐々木正純 編著『きりゅう百景』(2008年)66-67頁「35 金善ビル」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%96%84%E3%83%93%E3%83%AB

最終更新日: 2026.03.23