聖天堂1棟 ― 2012年に国宝
歓喜院は、埼玉県熊谷市妻沼にある寺院で、その聖天堂が1984年(昭和59年)12月28日に重要文化財となり、2012年(平成24年)7月9日に国宝に指定された。員数は1棟、所有は歓喜院である。
重要文化財から国宝まで28年が経っている。青井阿蘇神社の75年、木造五智如来坐像の109年よりは短い。
聖天堂は奥殿、中殿、拝殿からなる権現造の形式で、総銅板葺とされる。三つの部分が一つの棟として数えられている。
一つの境内に、三つの区分が並んでいる
歓喜院の境内には、指定の区分が違う建造物が並ぶ。
聖天堂は国宝である。貴惣門は重要文化財で、国宝指定年月日の欄は空である。水屋、仁王門、天満社、閼伽井堂、籠堂、鐘楼、五社大明神、三宝荒神社、平和の塔は登録有形文化財で、2017年(平成29年)5月2日の登録とされる。
青井阿蘇神社では、社殿5棟が国宝、禊橋が登録有形文化財という二段だった。歓喜院は三段になる。
国宝、重要文化財、登録有形文化財が、一つの寺の境内に揃っている。同じ場所にありながら、保護の仕組みが三通りに分かれている。
登録有形文化財の水屋には面積3.4平方メートルとある。阿蘇の文化的景観の65.3ヘクタールに続いて、建造物でも面積が記される例になる。
同じ日に重要文化財となった二棟が、分かれた
聖天堂と貴惣門は、同じ1984年12月28日に重要文化財となっている。
ところが2012年、聖天堂だけが国宝へ進んだ。貴惣門の国宝指定年月日の欄は空のままである。
28年のあいだに、二棟の扱いが分かれた。曜変天目茶碗の二碗は重要文化財の日が33年離れながら、同じ日に国宝となった。本件は逆で、同じ日に重要文化財となりながら、一方だけが進んでいる。
貴惣門の記録は、聖天堂が国宝に指定されていることに触れる。中心をなす聖天堂は…国宝に指定されている、とある。
位置も距離で示される。貴惣門は聖天堂の東方約200メートルの位置に東面して建ち、とある。奈良県藤ノ木古墳出土品が法隆寺の西約350メートルと記されていたのと同じ書き方である。
貴惣門は、妻側に破風を3つ重ねた類例の少ない特異な形式に特徴がある、と評価される。
造営の始まりが、二つの記録で違う
聖天堂がいつ造られ始めたかについて、記述が食い違う。
聖天堂の記録は、享保5年(1720年)に歓喜院院主海算が再建を発願、民衆の寄進を募り、地元の大工林兵庫正清によって建設されたものである、とする。
貴惣門の記録は、中心をなす聖天堂は、享保20年(1735年)から宝暦10年(1760年)にかけ造営された、とする。
1720年と1735年で15年の開きがある。前者は発願の年、後者は造営の年である。同じ建物について、始まりをどこに置くかが違う。
終わりは一致する。聖天堂の記録も、延享元年(1744年)に奥殿と中殿の一部が完成し、宝暦10年(1760年)までに中殿と拝殿が完成した、とする。
短刀〈銘吉光〉では、寸法の数値が二つの記録で0.1センチメートル違った。本件は年の起点が違う。どちらも誤りではなく、何を数え始めとするかの違いである。
参拝
所在は埼玉県熊谷市妻沼で、所有は歓喜院である。境内に建つ建物であり、外観は参拝の際に見ることができる。
評価も記される。とくに奥殿は多彩な彫刻技法が駆使され、さらに色漆塗や金箔押などによる極彩色を施してきらびやかに飾る、とある。
建てられた経緯についても、拝殿正面を開放として参詣の便をはかるなど庶民信仰の隆盛を物語る建物である、とされる。
結びは、このような建物が庶民信仰によって実現したことは、宗教建築における装飾文化の普及の過程を示しており、我が国の文化史上、高い価値を有している、である。民衆の寄進で建てられたことが、評価の理由に含まれている。
内部の拝観については寺の定めによる。訪問前に確認したい。
Q&A
- 歓喜院はいつ国宝に指定されましたか。
- 聖天堂が2012年(平成24年)7月9日に国宝へ指定されました。1984年(昭和59年)12月28日の重要文化財から28年が経っています。員数は1棟、所有は歓喜院です。
- 境内に他の文化財もあるのですか。
- あります。貴惣門は重要文化財、水屋、仁王門、天満社、閼伽井堂、籠堂、鐘楼、五社大明神、三宝荒神社、平和の塔は2017年登録の登録有形文化財です。国宝、重要文化財、登録有形文化財が一つの境内に揃っています。
- 貴惣門はなぜ国宝ではないのですか。
- 文化庁は理由を記していません。聖天堂と貴惣門は同じ1984年12月28日に重要文化財となりましたが、2012年に聖天堂だけが国宝へ進み、貴惣門の国宝指定年月日の欄は空のままです。
- いつ造られたのですか。
- 記録によって始まりが違います。聖天堂の記録は享保5年(1720年)の発願とし、貴惣門の記録は享保20年(1735年)からの造営とします。完成は宝暦10年(1760年)までで一致しています。
- 何が評価されているのですか。
- 文化庁は「このような建物が庶民信仰によって実現したことは、宗教建築における装飾文化の普及の過程を示しており、我が国の文化史上、高い価値を有している」と記します。民衆の寄進で建てられたことが評価に含まれています。
基本情報
| 名称 | 歓喜院(かんぎいん)/国宝は聖天堂 |
|---|---|
| 所在地 | 埼玉県熊谷市妻沼 |
| 指定区分 | 国宝(建造物)/同じ境内に重要文化財の貴惣門と、登録有形文化財の水屋・仁王門ほかがある |
| 指定年 | 1984年(昭和59年)12月28日 重要文化財/2012年(平成24年)7月9日 国宝 |
| 員数 | 1棟(聖天堂) |
| 寸法 | 聖天堂は奥殿・中殿・拝殿からなる権現造で総銅板葺。奥殿は桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造。拝殿は桁行五間、梁間三間、一重、入母屋造。時代は江戸中期 |
| 所有者 | 歓喜院 |
| 公開状況 | 境内に建つ建物で、外観は参拝の際に見ることができる。内部の拝観は寺の定めによる |
参考文献
- 文化遺産オンライン 歓喜院 聖天堂(国宝)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/188303
- 文化遺産オンライン 歓喜院 貴惣門(重要文化財)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191573
- 文化遺産オンライン 歓喜院水屋(登録有形文化財)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/274742
- 熊谷市 妻沼聖天山
- https://www.city.kumagaya.lg.jp/kanko/midokoro/menumasyoudenzan/index.html
最終更新日: 2026.09.05
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