片山家住宅とは

片山家住宅は、群馬県太田市新田溜池町にある旧溜池村の名主の家の屋敷で、明治6年(1873年)頃に建てられた主屋と長屋門を中心とする6棟が、平成16年(2004年)に登録有形文化財に登録された。

太田市の紹介によれば、片山家は江戸時代に溜池村の名主を務めた家である。明治13年(1880年)に溜池村・上中村・権右衛門村・大村の4か村が連合した際には、片山與一郎が戸長に選ばれ、片山家に戸長役場が置かれた。村の取りまとめ役の家が、明治の新しい行政の窓口も引き受けたことになる。

登録されているのは、主屋、長屋門、北の蔵、南の蔵、下の便所、井戸屋の6棟である。南の長屋門をくぐって主屋へ向かう通路、その脇の井戸屋、主屋の東の便所、裏手に並ぶ2棟の蔵と、屋敷を構成する建物がひとそろい残っている。文化庁は、下の便所と井戸屋についても「上層農家の屋敷構え」を知る手がかりとして評価している。母屋だけでなく付属の小さな建物まで含めて、明治から大正にかけての有力な農家の暮らしの全体像をたどれる点が、片山家住宅の大きな特徴である。

年代の重なり

片山家住宅の6棟を文化庁データベースの年代で並べると、建物はおおむね三つの時期に分かれる。

  • 主屋・長屋門:明治6年(1873年)頃
  • 北の蔵・南の蔵:明治18年(1885年)頃
  • 下の便所・井戸屋:大正初期(大正元年=1912年から間もない頃)

まず住まいの主屋と、屋敷の表構えとなる長屋門が同じ頃に整えられた。その十数年後、主屋の裏手に道具蔵の北の蔵と衣裳蔵の南の蔵が加わる。戸長役場が置かれたのは、ちょうど主屋の完成と蔵の建築のあいだの時期にあたる。

下の便所と井戸屋はさらに下って大正初期の建築である。どちらも基礎に藪塚石を用いており、同じ時期に屋敷まわりの設備がまとめて整えられた可能性がある。なお、太田市の紹介ではこの2棟を「明治時代末~大正時代」の建築と推定しており、文化庁の「大正初期」とは幅の取り方が少し異なる。

屋敷の配置

片山家住宅の建物の位置は、文化庁の解説にかなり具体的に書かれている。それをもとに、南の入口から屋敷を歩く順に整理する。

敷地の南辺中央:長屋門

屋敷の正面にあたる南辺の中央に、桁行10間の長屋門が建つ。門口は2か所あり、東寄りの門口から主屋の土間の入口へ通路がのびる。西端の門口はふだん閉め切りとされている。

通路の東:井戸屋

長屋門の門口から主屋の土間入口へ向かう通路の中ほど、その東側に井戸屋がある。門を入って主屋へ歩く途中、右手に見える位置である。

敷地のほぼ中央:主屋

主屋は屋敷地のほぼ中央に南を向いて建つ。東側を土間などの作業の場である下手とし、正面には格式ある式台玄関を構える。

主屋の東:下の便所

下の便所は主屋の東方に、西を向いて建つ。主屋の下手の側に置かれている。

敷地の北西:北の蔵と南の蔵

北の蔵は屋敷地の北西端に東西棟で建ち、南の蔵はその南、主屋から見て西北の方向に南北棟で建つ。文化庁は、この2棟を主屋の裏庭空間をつくる建物と位置づけている。

南の表は長屋門と式台玄関による来客の動線、東は土間・井戸・便所といった日々の作業の動線、北西の裏手は家財をしまう蔵の空間と、屋敷のなかで役割がはっきり分かれている。この読みは解説に記された配置から組み立てたもので、片山家の資料で裏づけられたものではない。

養蚕の家としての片山家住宅

文化庁は片山家住宅主屋を「上層養蚕農家」のよい例としている。主屋の屋根の中央には、桁行6間にわたって小さな屋根を一段持ち上げたケブダシがある。養蚕農家では、2階で蚕を飼う際の換気のために、こうした越屋根を設けることが多かった。

蚕の気配は主屋だけではない。長屋門の2か所の門口のあいだには「カイコヤ」と呼ばれる部屋が設けられている。門の建物にまで蚕のための場所をとっていることから、養蚕がこの家の暮らしと経営のなかで大きな比重を占めていたことがうかがえる。

登録の内容

片山家住宅の6棟は、平成16年(2004年)2月17日付の第40回登録で登録有形文化財(建造物)となり、同年3月4日に告示された。登録番号は10-0112から10-0117までの連番である。登録基準は、主屋が「造形の規範となっているもの」、ほかの5棟が「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

  • 主屋(10-0112):木造2階建、瓦葺、建築面積304平方メートル
  • 長屋門(10-0113):木造平屋建、瓦葺、建築面積109平方メートル
  • 北の蔵(10-0114):土蔵造2階建、瓦葺、建築面積41平方メートル
  • 南の蔵(10-0115):土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23平方メートル
  • 下の便所(10-0116):土蔵造平屋建、瓦葺、建築面積4.4平方メートル
  • 井戸屋(10-0117):木造平屋建、瓦葺、建築面積3.9平方メートル

主屋だけが「造形の規範」として登録されているのは、上層の養蚕農家の住まいとして形が整っていることが評価されたためである。ほかの5棟は、主屋とともに屋敷の景観をつくる建物として登録された。

なお、太田市のページは登録年月日を平成15年(2003年)1月29日としているが、文化庁の国指定文化財等データベースと文化遺産オンラインはいずれも平成16年(2004年)2月17日としている。本サイトでは文化庁データベースの日付に従った。

見学とアクセス

片山家住宅は個人の住宅で、2026年10月時点で一般公開や見学会の案内は確認できなかった。敷地や建物の内部には立ち入れない。外から眺める場合も敷地には入らず、住んでいる方の迷惑にならないよう配慮したい。文化財としての問い合わせ先は、太田市教育部文化財課(電話0276-20-7090)である。

6棟の外観は、文化庁の国指定文化財等データベースの各棟のページに載る写真で確かめられる。

新田溜池町は、平成17年(2005年)3月に太田市と合併した旧新田町の地域にある。鉄道駅からは離れており、JR両毛線の国定駅から南東へ直線でおよそ4.5キロメートル、東武桐生線の藪塚駅から南西へおよそ5.1キロメートルの位置にある。いずれも地図上の位置から求めた目安で、公式のアクセス案内は出ていない。

名称について

片山家住宅の読みは「かたやまけじゅうたく」、所在地の新田溜池町は「にったためいけちょう」と読む。文化庁のデータベースでは、6棟がそれぞれ「片山家住宅主屋」「片山家住宅井戸屋」のように、屋敷名に棟名を続けた名称で登録されている。岡山県高梁市成羽町にある「旧片山家住宅」は、名前は似ているが別の家の別の文化財である。

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003814
文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅長屋門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003815
文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅北の蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003816
文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅南の蔵」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003817
文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅下の便所」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003818
文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅井戸屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003819
文化遺産オンライン「片山家住宅主屋」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/116694
太田市「片山家住宅主屋・長屋門・北の蔵・南の蔵・井戸屋・下の便所」
https://www.city.ota.gunma.jp/page/4518.html
太田市景観計画 第1章「景観の現況と課題」
https://www.city.ota.gunma.jp/uploaded/attachment/9988.pdf

最終更新日: 2026.10.08

基本情報

名称片山家住宅
所在地群馬県太田市新田溜池町128-1
指定登録有形文化財 6件
座標36.32694, 139.27435