片山家住宅長屋門とは

片山家住宅長屋門は、群馬県太田市新田溜池町にある明治6年(1873年)頃建築の長屋門で、平成16年(2004年)に登録有形文化財に登録された。

旧溜池村の名主を務めた片山家の屋敷の正面、南辺の中央に建つ。木造平屋建、瓦葺で、建築面積は109平方メートル。主屋と同じ頃に建てられ、屋敷の表構えとして主屋と一対をなしている。

長屋門は、門の両脇に部屋や物置を連ねた細長い建物で、門そのものが住まいや作業の場を兼ねる。片山家住宅長屋門はその内部に2か所の門口、物置、そして蚕を飼うための「カイコヤ」を収めており、養蚕農家の門らしい構成をもつ。

登録の理由と価値

片山家住宅長屋門は、平成16年(2004年)2月17日付の第40回登録で、登録番号10-0113を受けた。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の解説は、主屋の玄関に対応した門口の構成に特色があると述べる。門を入った先の主屋の入口と、門口の配置が一体として考えられている点が評価された。屋敷の正面に長く横たわる姿は、名主の家の構えを外に示す景観の要でもある。

構造と見どころ

桁行10間の門

片山家住宅長屋門は、桁行10間、梁間3間の切妻造、桟瓦葺の建物で、棟と平行な長い側を正面とする平入である。屋敷の南辺の中央を、この長い建物が占めている。

2つの門口とカイコヤ

門口は2か所に設けられている。東端に物置を置き、2つの門口のあいだにカイコヤを配する。西端の門口はふだん閉め切りとされる。

主屋の土間の入口へ続く通路は、ふだん使う東寄りの門口から延びていたと考えられる。一方、主屋には式台を備えた「ゲンカン」があり、太田市によれば特別な時にだけ使われた。ふだん閉ざされた西端の門口は、この改まった玄関と組になる来客用の門だった可能性がある。文化庁のいう「主屋玄関に対応した門口の構成」は、こうした日常と格式の使い分けを指すものとみられるが、資料に明記されているわけではない。

下見板と真壁の外観

外壁は、腰を押縁で押さえた下見板張とし、上部は柱を見せる真壁造とする。軒は、腕木で桁を外へ持ち出す出桁造で、軒先が深く張り出す。板張りの腰と白い壁、深い軒の組み合わせが、門の正面に落ち着いた表情を与えている。

見学について

片山家住宅長屋門は個人の住宅の一部で、門の内側や内部は公開されていない。2026年10月時点で見学会などの案内も確認できなかった。屋敷の南辺に建つため、正面の外観は敷地の外から見える可能性があるが、現地では確認していない。門をくぐって敷地に入ることは控え、住んでいる方の迷惑にならないよう配慮したい。

外観は、文化庁の国指定文化財等データベースに掲載されている写真で確かめられる。

Q&A

Q片山家住宅長屋門はいつ建てられましたか?
A明治6年(1873年)頃の建築とされ、主屋と同じ頃に建てられました。
Q片山家住宅長屋門は見学できますか?
A個人の住宅の一部で、内部や門の内側は公開されていません。2026年10月時点で見学の案内はなく、外観は文化庁データベースの写真で確かめられます。
Q片山家住宅長屋門の「カイコヤ」とは何ですか?
A2つの門口のあいだに設けられた部屋で、名前のとおり蚕を飼うための場所と考えられます。養蚕を営んだ片山家の暮らしを映す構成です。
Q片山家住宅長屋門の門口はいくつありますか?
A2か所あります。西端の門口はふだん閉め切りとされ、文化庁は主屋の玄関に対応した門口の構成を特色としています。
Q片山家住宅長屋門はなぜ登録有形文化財になったのですか?
A「国土の歴史的景観に寄与しているもの」という基準で、平成16年(2004年)に登録されました。屋敷の正面を構える建物として評価されています。

基本情報

名称片山家住宅長屋門
所在地群馬県太田市新田溜池町128-1
指定区分登録有形文化財(建造物)
指定年平成16年(2004年)2月17日登録
員数1棟
寸法木造平屋建、瓦葺、建築面積109平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし(個人の住宅)
公開状況非公開(個人の住宅。公開の案内なし)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「片山家住宅長屋門」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003815
文化遺産オンライン「片山家住宅長屋門」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/150425
太田市「片山家住宅主屋・長屋門・北の蔵・南の蔵・井戸屋・下の便所」
https://www.city.ota.gunma.jp/page/4518.html

最終更新日: 2026.10.08