白井屋:三国街道脇往還に佇む明治の旅人宿

群馬県吾妻郡中之条町の町なかに、ひときわ趣のある木造建築が静かに佇んでいます。白井屋は、明治25年(1892)頃に旅人宿として開業した建物で、2001年(平成13年)に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。2階のせがい造りが印象的なこの建物は、かつて三国街道の脇往還沿いで旅人をもてなした宿屋の姿を今に伝える貴重な遺構です。正面に掲げられた「旅人宿」の看板が、往時の街道文化の面影を鮮やかに物語っています。

白井屋の歴史

白井屋が開業したのは、明治25年(1892)頃のことです。この時期、中之条の町には官公庁舎が建ちはじめ、地域の行政・商業の中心地として発展を遂げつつありました。白井屋は、三国街道の脇往還に通じる新道に東面して建てられ、この地を行き交う旅人たちの宿として営業を開始したと伝えられています。

三国街道は、江戸時代に中山道の高崎宿から分かれ、三国峠を越えて越後国の寺泊宿へ至る重要な脇往還でした。長岡藩などの参勤交代や佐渡奉行の通行に利用されたほか、越後産の米を関東各地へ運ぶ物流の大動脈としても機能していました。中之条は、この街道網の中で四万温泉や沢渡温泉への分岐点に位置し、古くから旅人の往来が盛んな土地でした。

鉄道の発達とともに街道沿いの旅籠は次第に姿を消していきましたが、白井屋は明治期の建築をほぼそのまま残す形で今日まで伝わっています。群馬県内においても、明治期の旅籠遺構は極めて少なくなっており、白井屋の存在は地域の近代史を語る上で欠かせないものとなっています。

文化財としての価値

白井屋は、平成13年(2001年)8月28日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録有形文化財制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正によって導入された制度で、近代以降の建造物を中心に、社会的評価を受ける前に失われる危機にある多様な文化財建造物を幅広く保護することを目的としています。

白井屋は「規模の規範となっているもの」としての登録基準を満たし、登録されました。明治期の旅籠建築としての形態を良好に保ち、せがい造りの2階構造、6畳の客室5室の配置、そして街道に面した建物の佇まいが、当時の宿屋建築の典型的な姿を伝えている点が高く評価されています。地域における近代の交通・宿泊施設の在り方を知る上でも、貴重な歴史的資料となっています。

建築の見どころ

白井屋は、木造2階建て、切妻造、鉄板葺きの建物です。建築面積は111平方メートルで、間口(桁行)7間(約12.7メートル)、奥行(梁行)4間(約7.3メートル)の規模を持ちます。通りに面した平入りの構成で、入口は建物の長辺側に設けられています。

最大の見どころは、2階のせがい造りです。1階の梁桁を外壁から突き出させ、その上に2階の床を載せる伝統的な工法で、2階が1階よりも前方にせり出した独特の外観を生み出しています。このせり出し部分の全面に木製の手摺が巡らされ、その内側には障子窓が当時のまま残されています。通りから見上げると、手摺と障子が一連のリズムを作り出し、端正でありながら温かみのある表情を見せてくれます。

2階には6畳の客室が5室配置されており、旅人が一夜の宿を求めた往時の姿を偲ばせます。正面に掲げられた「旅人宿」の看板は、この建物が街道の宿として果たしてきた役割を今も静かに語りかけています。

せがい造りとは

白井屋の外観を特徴づける「せがい造り」は、日本の伝統的な木造建築に見られる工法の一つです。「せがい」の語源は「船外(せんがい)」に由来するとされ、和船の甲板を広げるために船体の外側に板を張り出した工法を、建築に応用したものと考えられています。

建築におけるせがい造りでは、柱の上部から腕木(うでぎ)と呼ばれる構造材を外壁の外側に突き出し、その先端に出桁(だしげた)を載せて軒や床を支えます。これにより、深い軒の出や2階のオーバーハングを実現でき、風雨から外壁を守る実用的な効果と、建物に堂々とした風格を与える意匠的な効果を兼ね備えています。

せがい造りは格式の高い建築の証とされ、神社建築や商家、旅籠建築などに用いられてきました。東日本の町家建築に比較的多く見られる一方、西日本ではなまこ壁などの異なる外壁保護の手法が発達しました。群馬県では、街道沿いの宿場町や商業地にせがい造りの建築がいくつか残っていますが、その数は年々減少しており、白井屋のように良好な状態で保存されている例は大変貴重です。

訪問のご案内

白井屋は、JR吾妻線・中之条駅から徒歩圏内の町なかに位置しています。通りに面した建物の外観を、公道から自由にご覧いただけます。せがい造りの2階、手摺と障子の並び、そして「旅人宿」の看板など、主要な見どころはすべて外部から鑑賞可能です。個人所有の建物ですので、建物内部の見学はできません。見学の際は所有者の方のご迷惑とならないよう、マナーを守ってお楽しみください。

中之条駅周辺には、昭和の面影を残すレトロな商店街や個性的な飲食店が点在しており、白井屋の見学と合わせた町歩きもおすすめです。駅前の伊勢町エリアには、老舗のそば店やパン屋、味噌・醤油の醸造所などがあり、地域の暮らしの息づかいを感じることができます。

周辺の見どころ

  • 四万温泉:中之条駅からバスで約30分。「胃腸の名湯」として知られる歴史ある温泉地。元禄4年(1691年)建築の積善館本館は日本最古の湯宿建築として有名です。
  • 中之条町歴史と民俗の博物館「ミュゼ」:明治18年(1885年)築の洋風建築を活用した博物館。吾妻地域の歴史と文化を展示しています。
  • 中之条町ふるさと交流センター「つむじ」:地元の工芸品やアート作品が集まる交流施設。カフェや足湯も楽しめます。
  • 中之条ビエンナーレ:2年に一度開催される国際現代アート祭。町内の歴史的建造物や自然の中にアート作品が展示されます。
  • 沢渡温泉:「美肌の湯」として評判の静かな温泉地。中之条駅からバスでアクセスできます。
  • 嵩山(たけやま):三十三番観世音が点在する霊山。ハイキングコースが整備され、山頂からの眺望も見事です。

Q&A

Q白井屋の内部を見学することはできますか?
A白井屋は個人所有の建物であり、一般公開は行われていません。ただし、せがい造りの2階、手摺、障子窓、「旅人宿」の看板など、建築の主要な見どころは公道から十分に鑑賞することができます。
Q東京から中之条へのアクセス方法を教えてください。
A東京駅からJR上越新幹線で高崎駅まで約50分、高崎駅からJR吾妻線に乗り換えて中之条駅まで約50〜55分です。上野駅からは特急「草津・四万号」で中之条駅まで約2時間の直通便もあります。また、新宿や東京駅からの高速バスも運行しています。
Q中之条を訪れるのに最適な季節はいつですか?
A四季を通じて楽しめます。春(4〜5月)は桜、秋(10〜11月)は紅葉が見事です。夏は高原ハイキングやアートイベント、冬は温泉を満喫するのに最適です。ビエンナーレ開催年の秋は特に多くの来訪者で賑わいます。
Q白井屋と前橋市の「白井屋ホテル」は関係がありますか?
Aいいえ、両者は異なる施設です。前橋市の白井屋ホテルは江戸時代創業の旅館跡地に建てられた現代のアートホテルであり、中之条町の白井屋は明治25年頃に開業した旅人宿の遺構で、国の登録有形文化財に登録されています。名前は同じですが、歴史的な関係はありません。

基本情報

名称 白井屋(しろいや)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成13年(2001年)8月28日
時代 明治(明治25年 / 1892年頃)
構造 木造2階建、切妻造、鉄板葺
建築面積 111㎡
規模 間口(桁行)7間、奥行(梁行)4間
建築的特徴 せがい造り(2階張り出し)、6畳客室5室
所在地 群馬県吾妻郡中之条町大字中之条1798
交通 JR吾妻線 中之条駅より徒歩

参考文献

白井屋 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/115094
白井屋 — 全国遺跡報告総覧
https://sitereports.nabunken.go.jp/en/cultural-property/481407
白井屋(中之条町) — ぐんたび
https://www.guntabi.com/nakanojyou/sirakiya.html
国及び県指定文化財一覧 — 中之条町公式サイト
https://www.town.nakanojo.gunma.jp/soshiki/15/1167.html
登録有形文化財(建造物) — 文化庁
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/yukei_kenzobutsu/toroku_yukei.html
中之条町 — 日本ロマンチック街道
https://www.jrs-roman.org/kanko/nakanojo

最終更新日: 2026.03.24