富沢家住宅とは
富沢家住宅は、群馬県吾妻郡中之条町大道にある寛政4年(1792年)ごろ建築の茅葺の養蚕農家で、昭和45年(1970年)6月17日に国の重要文化財に指定された。読みは「とみざわけじゅうたく」。地元では「冨沢家住宅」とも表記される(文化庁、中之条町観光協会)。
文化庁の記録では、桁行24.1メートル、梁間12.9メートル、二階建、入母屋造、茅葺。所有者は中之条町である。
大道村の名主の家
中之条町観光協会によれば、富沢家のある大道は江戸時代に開かれた新田村で、当家はこの村の名主を務めた。建物は三国街道の脇往還沿いにあり、越後の米などの物資はこの家に荷を下ろしてから吾妻郡の各地へ運び出されたという。
屋根の正面を「かぶと造り」とした、大型の養蚕農家の代表的なものとされる(中之条町観光協会)。
重要文化財としての価値
富沢家住宅は昭和45年(1970年)に重要文化財に指定された。文化庁の解説は、板葺の養蚕農家である黒澤家住宅に対して、こちらは草葺の養蚕農家の代表であり、2階の採光のために前面の屋根を切り上げた外観が美しいと評価している。
見どころ
富沢家住宅は入母屋造・茅葺の二階建で、正面の屋根を切り上げて2階に光を取り込む(文化庁)。この切り上げた屋根が、養蚕のための2階をもつ農家の特徴的な外観をつくっている。
内部には広い土間があり、昔は数頭の馬が飼われていた(文化庁)。街道の物資を扱った名主の家らしい、大きな土間をもつ構えである。
見学について
中之条町観光協会によれば、富沢家住宅の営業時間は午前9時から午後5時。所在地は中之条町大道1274。休館日や入館料は中之条町観光協会の案内で確かめたい。
Q&A
- 富沢家住宅はいつ建てられましたか?
- 寛政4年(1792年)ごろです(文化庁)。
- 富沢家はどんな家でしたか?
- 大道村の名主を務めた家で、越後の米などの物資の中継地でした(中之条町観光協会)。
- 富沢家住宅の外観の特徴は?
- 入母屋造・茅葺で、2階の採光のために前面の屋根を切り上げています(文化庁)。
- 富沢家住宅は見学できますか?
- 午前9時から午後5時まで見学できます(中之条町観光協会)。
- 富沢家住宅が重要文化財に指定されたのはいつですか?
- 昭和45年(1970年)6月17日です。
基本情報
| 名称 | 富沢家住宅(とみざわけじゅうたく) |
|---|---|
| 所在地 | 群馬県吾妻郡中之条町大字大道1274番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 昭和45年(1970年)6月17日指定 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 桁行24.1メートル、梁間12.9メートル、二階建、入母屋造、茅葺 |
| 所有者 | 中之条町 |
| 公開状況 | 見学可(午前9時〜午後5時) |
参考文献
- 富沢家住宅(群馬県吾妻郡中之条町)(国指定文化財等データベース)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/423
- 冨沢家住宅(中之条町観光協会)
- https://nakanojo-kanko.jp/spots/%E5%86%A8%E6%B2%A2%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85/
最終更新日: 2026.10.07