利根川・渡良瀬川合流域の水場景観

群馬県の最東端、日本最大級の流域面積を誇る利根川と、その最大の支流である渡良瀬川とが合流するこの一帯には、関東のほかのどこにも見られない独特の低地景観が広がっています。土地の人々はここを古くから「水場(みずば)」と呼び、たびたびの洪水を「災害」ではなく「オオミズ」と呼んで、害と益の両面を受け入れながら暮らしを営んできました。その営みの中で生み出された水塚(みつか)、揚舟、川田、屋敷林、囲堤などの景観要素は、いまも板倉町の田畑や集落のなかに息づいています。平成23年(2011年)9月、この働き続ける文化的景観は国の重要文化的景観に選定され、関東地方では初となる選定を受けました。

水によって形づくられた土地

板倉町は群馬県の最南東端、「鶴舞う形」と称される群馬県のくちばしの先にあたる位置にあります。町の南には日本最大の流域面積を持つ利根川が流れ、北には利根川水系最大の支流である渡良瀬川が流れています。江戸時代中頃まではこの二つの大河の合流点が町の付近にあり、そのために形成された広大な低湿地がいまも町域の多くを占めています。縄文期の居住跡が確認されているように、人々はずっと以前からこの土地で暮らしてきましたが、本格的な集落の形成と開墾が進んだのは中世末期から近世にかけて。築堤や河川の瀬替えといった大規模な土木事業によって、ようやく安定した農地が広がっていきました。

かつての人々は、川の氾濫を「水害」とは呼びませんでした。土地に栄養を運び翌年の豊作をもたらす「オオミズ」として、害だけでなく益をもたらすものと受けとめてきたのです。水を敵としてねじ伏せるのではなく、水と共に暮らす――この発想こそが、水場景観全体の土台にある哲学といえるでしょう。

なぜ重要文化的景観に選定されたのか

文化財保護法に基づく重要文化的景観の制度は、人々の生活や生業と自然環境とが結びついて形づくられた、地域固有の風景を文化財として保護するためのものです。平成23年(2011年)9月、板倉町の「利根川・渡良瀬川合流域の水場景観」が選定された背景には、大河川の合流域における水と共生する生活・生業の文化を、これほど良好な保存状態で今に伝える地域は他に類を見ない、という評価がありました。選定区域は大字海老瀬、大字下五箇、大字板倉の一部にまたがり、現在もその範囲のなかで往時の景観構成要素が機能しつづけています。

この景観の比類なさは、特定の一要素だけにあるのではなく、それらが層をなして組み合わされているところにあります。中世末期から近世にかけて築かれた囲堤や沼除堤がいまも田畑のあいだを縫い、近世から近代にかけて整えられた水利システムが現役で稼働し、水田は古い地形の起伏に沿って広がり、屋敷地は水塚や屋敷林をともなって自然堤防の上に並んでいます。これら一つ一つが連なり、働き続ける一つの景観をかたちづくっていることが、国による高い評価につながりました。

景観の見どころ

水塚(みつか)――盛り土の上に建てられた避難所

水場景観のなかで最も象徴的な建築要素が水塚です。屋敷地の一画に高く土盛りをし、その上に蔵や避難用の建物を据えたもので、洪水が押し寄せたとき、家族はここに上って米や家財、そして自らの命を守ったといいます。いまも板倉町には漆喰塗りの土蔵や堅牢な木造建ての水塚が数多く残されており、世代を超えて積み重ねられてきた備えの知恵を物語っています。

揚舟(あげぶね)――軒先に吊るされた舟

古い農家の軒下を見上げると、底が平らな細長い舟が吊るされていることがあります。これが揚舟です。常に頭上に備えておき、いざ水が来たときにそのまま下ろして家族が乗り込み、避難できるよう工夫されたものです。揚舟は水と共に生きる暮らしを最も鮮やかに象徴する存在で、町ではこの揚舟に実際に乗船できる体験プログラムを整え、谷田川の流れに沿った周遊コースとして提供しています。

川田(かわだ)――低地ならではの揚げ田

川や沼に面した特に湿った場所では、川田と呼ばれる独特の農法が発達しました。湿地に溝状の堀を掘り、その掘削土を周囲に客土(揚げ土)として盛り上げて、水面より少し高い位置に水田を造成するというものです。掘られた堀は排水路と舟の通り道を兼ね、本来なら耕作不能な低湿地を立派な穀倉地帯へと変えてきました。

柳山(やなぎやま)――川辺の柳の群落

堤防や川沿いの湿った縁には、人々が植え育ててきた柳の群落、すなわち柳山が広がっています。成長の早い柳は薪や生活用具の材料として安定した供給源となり、密に張る根は河岸を浸食から守る役割を果たしてきました。控えめではあるものの、田畑と河川との境界を示す欠かせない景観の構成要素です。

屋敷林(やしきりん)――家を守る郷土樹の森

伝統的な屋敷地のほぼすべての北西の一隅には、エノキ、ムクノキ、タケなど、自然堤防の環境に適した郷土種が植え込まれた小さな森があります。冬の冷たい北西風を防ぐ防風林として機能するだけでなく、洪水時には水の勢いを和らげる水防林としても役割を果たしてきました。樹種の選択そのものが、この土地で何が育ち、何が役に立つかを長い経験から学び取った知恵の表れです。

囲堤(かこいづつみ)と沼除堤(ぬまよけづつみ)――歴史の堤

水田地帯のあちこちに、二種類の歴史的な土堤の痕跡が今も残っています。集落や田畑の周囲をぐるりと囲んで洪水の侵入を防いだ囲堤と、沼地からの水を抑えるために築かれた沼除堤です。コンクリートの構造物ではなく、草木に覆われた土の堤は、約400年前から働きつづけてきた生きた土木遺産といえるでしょう。

水場景観を訪ねる

もっとも便利なアクセスは、東武日光線の板倉東洋大前駅です。都心から約1時間で到着でき、駅から田園地帯、堤防、屋敷林をともなう集落までは自転車、タクシー、または路線バスで巡ることができます。町ではレンタサイクルを用意しており、平坦な地形を活かしてゆっくりサイクリングするのが、この景観をその本来の人間的なスケールで体感する最良の方法です。

水文化を体感するもっとも記憶に残る方法のひとつが、谷田川を巡る揚舟体験です。船頭が一本の竹ざおで操る伝統的な平底舟に乗り、柳や葦に縁取られた静かな水面を約2kmにわたって周遊します。平成13年(2001年)に教育的な体験事業として始まり、好評を受けて翌年から町の体験型観光のひとつとして本格的に事業化されました。事前予約が必要となります。

春から初夏(4月〜6月)は青々とした水田と藤の花、そして活発な生き物の姿が楽しめるシーズンです。秋には黄金色に実る稲と渡り鳥の姿が見られ、冬は冷たい空気が広い平野を澄み渡らせます。なお堤防や農道は現役の農業インフラであり、屋敷地は私有地ですので、訪問の際は静かに、節度をもって観察することが大切です。

周辺のみどころ

板倉町には、水場景観とあわせて訪れたい多彩な見どころがあります。

板倉雷電神社

水場景観の中心からほど近い場所に、関東一円に分布する雷電神社の総本宮として知られる板倉雷電神社があります。創建は推古天皇6年(598年)、聖徳太子によると伝えられる古社で、現在の壮麗な社殿は天保6年(1835年)の建立。境内の末社八幡宮稲荷神社は群馬県内に現存する最古の木造建築物として、国の重要文化財に指定されています。延宝2年(1674年)には館林藩主・徳川綱吉公の命により大改修が行われ、徳川三葉葵の紋章の使用が許されました。

渡良瀬遊水地

町の北側に広がる渡良瀬遊水地は、栃木・茨城・群馬・埼玉の4県にまたがる面積約3,300ヘクタールの日本最大級の遊水地です。洪水調節と都市用水の補給を担う一方、本州以南で最大規模のヨシ原を擁し、平成24年(2012年)にはラムサール条約湿地に登録されました。バードウォッチング、サイクリング、ウォータースポーツなど、四季を通して自然を楽しむことができます。

三県境

町の東部には、群馬県、栃木県、埼玉県の三県境を示す小さな目印があります。全国に40か所以上あるとされる三県境のなかで、平地に存在し、歩いて三歩で三県を巡れるのは唯一ここだけといわれており、ユニークな記念撮影スポットとして親しまれています。

川魚料理

水場の文化が育んだ食の伝統として、なまずを中心とする川魚料理があります。雷電神社の参道沿いには明治・大正の創業から百年を超えて営業を続けるなまず料理の名店が並び、なまずの天ぷらやたたき揚げ、うなぎ、こい、ふななどが看板料理として供されています。淡白で上品な味わいのなまず天ぷらは、この水郷地ならではの一品として、訪れる人々を惹きつけ続けています。

Q&A

Q「重要文化的景観」とは具体的にどのような制度ですか?
A人々の生活や生業と、その地域の風土とが結びついて形づくられた地域特有の風景のうち、特に重要なものを文化財保護法に基づいて文部科学大臣が選定する制度です。文化財の一領域として保護対象となります。利根川・渡良瀬川合流域の水場景観は、関東地方における第1号の選定として位置付けられています。
Q水塚や揚舟は、観光客でも実際に見ることができますか?
Aはい、多くの水塚や屋敷林、囲堤、伝統的な水田は公道や堤防上の道から見ることができます。揚舟も古い農家の軒下に吊るされたままのものを目にすることができます。ただし屋敷地は私有地ですので、観察は公道からとし、立ち入らないようご配慮ください。
Q東京からのアクセス方法を教えてください。
A浅草から東武スカイツリーラインまたは東武日光線で板倉東洋大前駅まで約1時間です。お車の場合は、東北自動車道の館林インターチェンジまたは佐野藤岡インターチェンジから約20分でアクセスできます。
Q揚舟体験は外国からの旅行者でも楽しめますか?
A揚舟体験はゆったりとした周遊型の乗船体験で、語学が不安な方でも問題なく楽しんでいただけます。操船はすべて船頭が行います。事前予約が必要ですので、宿泊先や旅行会社経由での手配をおすすめします。
Q訪れるのにおすすめの季節はいつですか?
A4月下旬から6月上旬は田植え後の水田が空を映し、雷電神社の例大祭も5月初旬に行われる賑やかな時期です。9月下旬から11月は稲穂が実り、空気が澄んで遠望が楽しめます。冬は植物が落葉するため、囲堤や沼除堤など普段は見えにくい土木遺産がはっきりと見える季節でもあります。

基本情報

名称 利根川・渡良瀬川合流域の水場景観
区分 重要文化的景観(国指定)
選定年月 平成23年(2011年)9月(関東地方第1号)
所在地 群馬県邑楽郡板倉町(大字海老瀬・大字下五箇・大字板倉の一部)
主な景観要素 水塚(避難用建物)、揚舟(避難用舟)、川田(揚げ田)、柳山(柳の群落)、囲堤・沼除堤(歴史的土堤)、屋敷林(防風林・水防林)
最寄り駅 東武日光線 板倉東洋大前駅(都心から約1時間)
観光に関する問い合わせ 板倉町産業振興課 商工観光係(電話:0276-82-1111)

参考文献

利根川・渡良瀬川合流域の水場景観 - 板倉町公式ホームページ
https://www.town.itakura.gunma.jp/cont/s021000/d021010/miryoku_mizubakeikan.htm
重要文化的景観 利根川・渡良瀬川合流域の水場景観 - 板倉町
https://www.town.itakura.gunma.jp/cont/s026000/d026010/20121212152754.html
利根川・渡良瀬川合流域の水場景観 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/225812
利根川・渡良瀬川合流域の水場景観 - 全国文化的景観地区連絡協議会
https://www.bunkeikyo.jp/landscape/landscape-254
雷電神社 - 板倉町公式ホームページ
https://www.town.itakura.gunma.jp/cont/s021000/d021010/raiden_kankou.htm
渡良瀬遊水地(ラムサール条約湿地) - 板倉町
https://www.town.itakura.gunma.jp/cont/s021000/map/443shisetsu.html
重要文化的景観 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%96%87%E5%8C%96%E7%9A%84%E6%99%AF%E8%A6%B3

最終更新日: 2026.04.29