福山藩主が再建した社殿――備後一宮 吉備津神社本殿

広島県福山市新市町にある吉備津神社の本殿は、正面の幅が約18.5メートルにおよぶ。神社建築としては桁外れに大きい。これを再建させたのは、福山城を築いた初代福山藩主の水野勝成である。完成は慶安元年(1648年)。国はこの本殿を昭和40年(1965年)5月29日に重要文化財へ指定した。

はじめに紛らわしい点を整理しておきたい。同じ「吉備津神社」でも、二重屋根の独特な社殿で国宝に名高い岡山市の神社とは別の社である。こちらは旧備後国の一宮で、地元では「いっきゅうさん」と呼ばれてきた。福山市と府中市の境に近い丘陵に鎮座し、一帯はかつて備後の政治の中心だった場所にあたる。

祭神は大吉備津彦命。古代に吉備の地を開いたと語られる神で、開運招福、厄除け、交通安全、長寿の神として信仰を集めてきた。

中世にさかのぼる社殿を、江戸初期に再建

創建は大同元年(806年)、現在の岡山にある備中吉備津神社から勧請されたと伝わる。社殿はその後、火災と再建を幾度か重ねた。いま建つ本殿は慶安元年(1648年)のもので、福山藩初代藩主の立場にあった水野勝成が手がけた。

再建の年代は推測ではない。古文書『一宮重興記』に勝成の名が記され、勾欄の擬宝珠に刻まれた銘も同じ年を示す。さらに2021年の屋根葺替工事の際、部材の一つから「慶安元年」と読める墨書が見つかり、建立年が確定した。

この屋根工事は、およそ半世紀ぶりとなる本殿の大規模修理(令和元年〜令和4年)の一環だった。檜皮葺の屋根を葺き替え、柱や壁を当初の朱色に塗り直し、内陣に施されていた多彩な漆もよみがえった。令和4年(2022年)4月の遷座祭で神体が新しい社殿に戻り、いまは勝成が建てた当時に近い姿を見ることができる。

指定の理由と、際立つ特徴

指定の根拠はふたつある。江戸建築として意匠がよく整っている点と、中世に起源をもつ社殿形式を保っている点である。勾欄や文書から建立年がはっきりしているため、同種の建物の年代を測るうえでの基準としても重んじられている。

規模は大きい。桁行七間(約18.48メートル)、梁間四間(約9.7メートル)の一重で、屋根は平入りの入母屋造。正面には三間の向拝が張り出す。正面の屋根に角度の深い千鳥破風が立ち上がり、向拝の軒には緩く反った唐破風がかかる。屋根全体を檜皮で葺く。

平面は備後から安芸にかけての神社に見られる「余間造り」をとる。彫刻には桃山の豪華さが残り、なかでも梁間に置かれた蟇股(かえるまた)にその気風がうかがえる。屋根に千木も鰹木も載らないのも、見落とせない特色だ。

内部に目を向けると、構えはむしろ仏堂に近い。奥へ進むにつれて床が段になって高くなり、まず内陣へ、さらに高欄をめぐらせた神座(内々陣)へと上がっていく。神座は正面を板唐戸、三方を板壁で仕切る。折上小組格天井、高欄、透かし彫りの格狭間がそろい、昇殿して内部で参拝や祭事を行える点も神社としては珍しい。正面には「虎睡山」の扁額が掲げられ、神と仏が分かちがたく結ばれていた時代の名残となっている。

訪れたときに見ておきたいもの

まず目に入るのは、塗り直された色だ。檜皮葺の銀褐色に、深い朱色が映える。軒下を見上げれば、古い彫刻の作風を残す蟇股が並ぶ。

参道には、ほかの神社にない造りがある。同じ一本の参道の上下に、随神門が二つ建つ。全国でもここだけの配置だ。土地にはこんな話が伝わる。神無月に神々が出雲へ集まる際、吉備津彦は自社の大祭のために出雲へ向かわず、出雲から使者が迎えに来た。ところが手厚くもてなされた使者は居心地よく、そのまま随神として留まってしまった――それで門が二つになったのだという。

社殿のそばには楽所が二棟ある。雅楽を奏でるための建物で、一方は中国式、もう一方は朝鮮式の曲を、同時にではなく交互に演奏したという。一棟でも残る神社が少ないなか、対になって伝わっているのは貴重だ。

本殿前の拝殿は本殿と同じ時期に建てられ、四方が開いた独立の建物として立つ。屋根は当初の檜皮葺の上に銅板をかぶせたもので、現在はいけばな展などの会場に使われている。脇の石垣にも注目したい。南側には月・日・日の出の形が組み込まれ、北側には桃太郎の物語の場面が散りばめられている。

県道をはさんだ向かいには、神社の御手洗池である御池が広がる。神社の御手洗池としては国内最大で、池に架かる総石造りの太鼓橋は、その種のものとして国内最長だという。かつて池には三つの浮島があり、うち一つには三重塔が建っていた。境内には慶安元年の花崗岩製の鳥居と、勝成が慶安2年(1649年)に寄進した高さ2.9メートルの六角燈籠も残る。木造の狛犬一対も、それ自体が重要文化財に指定されている。

祭り、境内、そして行き方

最も変わった行事は、2月3日の節分祭だ。神事と豆まきのあと、神池そばの広場でたき火を囲み、地元の保存会による「ほら吹き神事」が始まる。鎌倉時代に始まると伝わる行事で、参加者は一年がかりでホラ話を練り、参拝者を笑わせる。先着には手打ちそばがふるまわれる。

年に一度の大祭は11月下旬、23日前後の3〜4日間に開かれる。中世に市が立った祭りを起源とし、備後一円の人々が収穫物を持ち寄って物々交換した名残をいまに引く。期間中は露店が並び、武道や郷土芸能の奉納でにぎわう。6月30日には夏越の大祓のため、茅の輪が設けられる。

境内摂社の櫻山神社は、鎌倉末期の元弘の乱で後醍醐天皇に呼応してこの地で挙兵したとされる櫻山茲俊をまつる。古い城跡を含む境内一帯は、国の史跡に指定されている。

社はJR福塩線の新市駅から徒歩約20分。約200台分の無料駐車場がある。拝観は無料で境内は開放されており、福山や城下町・府中をめぐる一日に無理なく組み込める。

Q&A

Q岡山の有名な吉備津神社と同じですか。
A別の神社です。岡山市の吉備津神社は1425年建立で、二重屋根の「吉備津造」による本殿が国宝に指定されています。福山市のこちらは旧備後国の一宮で、本殿は慶安元年(1648年)に再建された重要文化財です。
Q本殿の中に入れますか。
A本殿は昇殿して内部で参拝や祭事を行える造りになっており、これは神社としては珍しい点です。通常の参拝では外観を拝し、前方の拝殿からお参りします。内部の拝観は機会によりますので、希望される場合は社務所にお尋ねください。
Qどうやって行けばよいですか。
AJR福塩線の新市駅から徒歩約20分です。車の場合は約200台分の無料駐車場が利用できます。
Q拝観料はかかりますか。いつ参拝できますか。
A拝観料は不要で、境内は終日開放されています。本殿は2022年に大規模修理を終えたばかりで、塗り直された朱色と葺き替えられた屋根を今見ることができます。
Qどの祭りに合わせて訪れるのがよいですか。
A二つが目立ちます。たき火とそばで知られる2月3日の節分祭・ほら吹き神事と、露店や郷土芸能でにぎわう11月下旬の大祭(3〜4日間)です。

基本情報

名称吉備津神社本殿(備後一宮)
所在地〒729-3104 広島県福山市新市町宮内400
指定区分重要文化財(建造物) 昭和40年(1965年)5月29日指定
建立年慶安元年(1648年) 初代福山藩主・水野勝成による再建
構造一重、平入入母屋造、桁行七間(約18.48m)梁間四間(約9.7m)、向拝三間、正面千鳥破風付・軒唐破風付、檜皮葺
員数1棟
祭神大吉備津彦命
所有者吉備津神社
アクセスJR福塩線・新市駅から徒歩約20分/無料駐車場 約200台
拝観無料・境内終日開放

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):吉備津神社本殿
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3193
備後一宮 吉備津神社 公式サイト:本殿
https://bingokibitujinja.com/s-honden/
備後一宮 吉備津神社 公式サイト:祭典・行事
https://bingokibitujinja.com/event/
新市町観光協会:備後一宮 吉備津神社
https://www.k-shinichi.com/spot?id=6
山陽新聞:本殿改修完了の報道
https://www.sanyonews.jp/article/1255187

最終更新日: 2026.06.03