大山祇神社宝篋印塔とは
大山祇神社宝篋印塔は、愛媛県今治市大三島町宮浦にある鎌倉時代後期の花崗岩製石塔三基で、昭和27年(1952年)11月22日に重要文化財に指定された。文化庁の国指定文化財等データベースは年代を1275年から1332年の間に置き、構造を「石造宝篋印塔」と記す。台帳のうえでは(1)(2)(3)の三件に分かれ、それぞれ1基、合わせて三基が一件の指定を構成する。
宝篋印塔は、宝篋印陀羅尼という経文を納めるための塔として始まり、のちに供養塔や墓塔として各地に建てられた石塔の一種である。笠の四隅に隅飾と呼ぶ突起が立ち上がるのが外見上の目印で、下から基礎、塔身、笠、相輪と積み上がる。大山祇神社宝篋印塔はこの構成を三基そろって残しており、境内に横に並んで立つ。
大三島は瀬戸内海のほぼ中央、愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶしまなみ海道の途中に位置する。石を運ぶにも人が渡るにも、この海は隔てるものではなく道だった。三基の石塔は、その航路の要にあたる島の神社に置かれている。
重要文化財としての価値
愛媛県教育委員会の解説によれば、三基のうち中央のものがもっとも大きく、総高は394センチメートル余りに達する。基礎の下と上二段に蓮弁を備え、合わせて三段にした造りで、相輪の上部にある請花は逆さに垂れ下がる特異な形をとる。左右の二基はやや小形で、左端のものが三基のなかでもっとも簡素な造りとされる。大きさも装飾の密度も違いながら、いずれも均整がよく取れており、様式と技法は鎌倉時代の特色をそろえて備えている。同じ場所に、造りの異なる同時代の石塔が三基そろって残っていること自体が、この指定の核にある。
もう一つの手がかりが銘文である。文化庁の日本遺産ポータルサイトに掲載された今治市文化振興課の解説は、鎌倉末期のこの大きな宝篋印塔に、尾道の大工「念心」の名を刻んだ銘があると記す。尾道は瀬戸内海を挟んだ対岸、本州側の港町である。石工の名が海を越えて刻まれていることは、芸予諸島を挟んだ南北で職人が行き来していた証拠として読まれてきた。大山祇神社宝篋印塔は、日本遺産「“日本最大の海賊”の本拠地:芸予諸島」の構成文化財にも含まれている。
造立の由来については、時宗の開祖である一遍上人にゆかりがあると伝えられる。ただしこれは伝承として語られてきたもので、三基それぞれの造立事情を裏づける同時代の記録は確認されていない。
三基を見比べる
見どころは、三基が並んで立っているという条件そのものにある。ひとつだけ立つ石塔なら、それが大きいのか小さいのか、簡素なのか丁寧なのかを判断する物差しがない。ここでは中央、右、左を順に見ていくだけで、鎌倉時代後期の石工が何をどこまで変えたのかが見えてくる。
中央の塔で確かめたいのは蓮弁の段数である。基礎の下に一段、上に二段、合わせて三段が積まれる。手を伸ばして触れられる高さに彫刻が残っているので、花崗岩の粒の粗さと、鑿の跡の残り方が近くで分かる。
次に見上げて相輪の先を追う。通常であれば請花は上向きに開くが、大山祇神社宝篋印塔の中央塔ではこれが逆さに垂れる。愛媛県の解説がわざわざ「特異」と書いている部分で、写真では気づきにくく、実際に立って見上げたときに初めて分かる。
左端の塔は装飾が少ない。彫りが浅く、輪郭が単純で、そのぶん石そのものの量感が前に出る。三基のうちどれが好みかを決めながら歩くと、七百年前の選択がそのまま残っていることに気づく。銘文を探すのもよいが、石の表面は摩滅が進んでおり、肉眼で文字を追うのは容易ではない。
見学の方法
三基は屋外の境内にあり、柵の内側に囲われた宝物ではない。参拝と同じ条件で自由に見ることができ、大山祇神社宝篋印塔を見るための料金はかからない。神社の案内では開門は日の出頃から午後5時までなので、この時間帯に合わせて訪れる。石の表情は光の角度で変わるため、隅飾の影が伸びる朝と夕方は見え方が違う。
撮影について、神社の公式サイトに境内での撮影を禁じる記載は見当たらない(2026年9月4日確認)。祭典や祈祷の最中は控え、隣接する宝物館の内部については現地の案内に従うこと。石塔に登ったり手をかけたりしないのは言うまでもない。
公共交通では、今治駅前からせとうちバスの特急または瀬戸内海交通の急行に乗り、約65分の「大山祇神社」下車。本州側からはしまなみライナーで大三島バスストップへ行き、瀬戸内海交通の宮浦港行きに乗り継いで約12分。車の場合は大三島インターチェンジから約10分。神社に専用駐車場はなく、最寄りは無料の藤公園市営駐車場(50台)である。
境内には宝物館があり、この神社に奉納されてきた甲冑や刀剣がまとめて展示されている。開館は午前8時30分から午後5時(入館は午後4時30分まで)で無休、料金は大人1,000円、大学・高校生800円、中学・小学生400円。石塔と社殿、宝物館を合わせて1時間から1時間半を見込むとよい。
よくある質問
- 大山祇神社宝篋印塔は見学できますか。時間と料金は?
- 屋外の境内に立っており、自由に見学できます。料金はかかりません。開門は日の出頃から午後5時までなので、その時間帯に訪れてください。
- 大山祇神社宝篋印塔は何基あり、いつのものですか?
- 三基あります。文化庁の国指定文化財等データベースは年代を鎌倉時代後期、西暦1275年から1332年の間としています。指定は昭和27年(1952年)11月22日で、三基まとめて一件の重要文化財です。
- 大山祇神社宝篋印塔の大きさはどのくらいですか?
- 中央の塔がもっとも大きく、愛媛県教育委員会の解説では総高394センチメートル余りとされています。左右の二基はこれよりやや小形です。
- 大山祇神社宝篋印塔に銘文はありますか?
- 文化庁の日本遺産ポータルサイトに載る今治市文化振興課の解説によれば、尾道の大工「念心」の名を刻んだ銘があります。ただし石の表面は摩滅が進んでおり、その場で肉眼で読み取るのは難しいと考えてください。
- 大山祇神社宝篋印塔へのアクセス方法と最寄りのバス停は?
- 最寄りのバス停は「大山祇神社」です。今治駅前からせとうちバス特急または瀬戸内海交通急行で約65分。本州側からはしまなみライナーで大三島バスストップへ行き、瀬戸内海交通の宮浦港行きに乗り継いで約12分です。車では大三島インターチェンジから約10分で、駐車は無料の藤公園市営駐車場(50台)を利用します。
基本データ
| 名称 | 大山祇神社宝篋印塔 |
|---|---|
| 所在地 | 愛媛県今治市大三島町宮浦3327 |
| 指定区分 | 重要文化財 |
| 指定年 | 昭和27年(1952年)11月22日 |
| 員数 | 3基 |
| 寸法 | 中央の塔が総高394センチメートル余り、左右の二基はやや小形。花崗岩製 |
| 所有者 | 大山祇神社 |
| 公開状況 | 公開。屋外の境内に立ち、日の出頃から午後5時まで自由に見学可、料金なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース 大山祇神社宝篋印塔(1)(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3389
- 国指定文化財等データベース 大山祇神社宝篋印塔(2)(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3390
- 国指定文化財等データベース 大山祇神社宝篋印塔(3)(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3391
- 文化遺産オンライン 大山祇神社宝篋印塔(1)(文化庁)
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187536
- えひめの文化財(たから) 大山祇神社宝篋印塔(愛媛県教育委員会文化財保護課)
- https://www.pref.ehime.jp/ehimenotakara/74.html
- 日本遺産ポータルサイト 大山祇神社の文化財(文化庁/文責 今治市文化振興課)
- https://japan-heritage.bunka.go.jp/ja/culturalproperties/result/2496/
- 大三島地域の文化財(今治市文化振興課)
- https://www.city.imabari.ehime.jp/bunka/bunkazai/bunkazai/omisima.html
- ご参拝・ご祈祷のご案内(大山祇神社公式サイト)
- https://oomishimagu.jp/worship/worship01/
- 大山祇神社宝物館(今治市観光情報)
- https://www.city.imabari.ehime.jp/kanko/spot/?a=228
最終更新日: 2026.09.03
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