階段のない蔵 ― 通りに面した下見板の表情

山陽鶴酒造黒松三号蔵は、広島県東広島市西条岡町にある大正期の酒蔵建築で、平成28年(2016年)8月1日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

建築面積は78平方メートル。黒松三棟のなかでは飛び抜けて小さく、一号蔵のおよそ三分の一にあたる。平面は桁行五間、梁間四間で、一間を約1.82メートルとすればおよそ9メートル×7メートル。黒松二号蔵の東側に建つが、その軸は隣接する二棟からわずかに振れている。一度気づけば通りからでもはっきり見て取れるずれで、意匠上の狙いというより、敷地の形と街路の走り方に従った結果だろう。

二階床は全面に張られている。ただし階段がない。上階へ上がるには隣の二号蔵を通り、二階の高さで移る。垂直動線を持たない建物というのは設計の抜けではなく、この一棟が単独で完結する前提を持たなかったことの表明である。三棟はひとつの作業装置であり、三号蔵はその末端だった。

壁の仕上げは内外で切り替わる。外壁は下見板張。内壁は漆喰塗の真壁とし、柱を塗り込めずに見せている。雨に対しては犠牲になってもよい板の膜を、収める品物に対しては清潔で火にもいくらか強い面を。それぞれ別の理屈が働いている。

街路に向いた一面が決め手になった

文化庁は本建物を登録番号34-0205、「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録した。平成28年8月1日告示の第84回登録である。公式の解説が最も重く扱っているのは、街路に面した下見板張りの一面と、それが保っている往時の街並みの姿だ。

この一棟は、登録制度が何を評価しているのかを理解するのに適した事例である。建築単体として切り離して採点するなら、階段もない78平方メートルの土蔵が高い点を取るのは難しい。しかし街の一部として測れば、確かな仕事をしている。通行人の視線が届く位置に建ち、その板張りの面が、岡町の性格を読み取れる状態に保つ数少ない断片のひとつになっている。

この種の建物を掬い上げるために、登録有形文化財の制度は用意された。平成8年(1996年)の文化財保護法改正で導入され、外観の大きな変更について届出を求めるという軽い規制と引き換えに、幅広い対象をカバーする。国宝・重要文化財の指定は逆で、対象はごく限られ、規制は厳しい。三号蔵のような働く小建築は旧来の枠組みでは対象になり得ず、実際に多くの同種の建物が新制度の成立前に姿を消した。

背景を置くと価値はさらに明確になる。西条が灘・伏見と並び称される地位を得たのは古代からの継承ではなく、明治後期から大正にかけて築かれたものだ。三浦仙三郎の軟水醸造法が明治31年(1898年)に世に出、明治27年(1894年)には山陽鉄道が町を通った。蔵元は大正期を通じて駅の方向へ醸造能力を広げていく。約1キロの酒蔵通りでは今も七つの蔵元が操業を続けており、平成29年(2017年)には日本イコモス国内委員会が「西条の酒造施設群」を日本の20世紀遺産20選に選定した。三号蔵はその小さな一片にすぎない。だが街並みは、そうした小さな一片が集まってできている。

三棟のうち、いちばんよく見える一棟

黒松三棟はいずれも非公開である。山陽鶴酒造は稼働中の酒蔵であり、内部見学は行っていない。ただし三号蔵には訪問者にとっての利点がある。街路に正対して建つため、公道から最もきちんと眺められる一棟なのだ。

行き方は難しくない。山陽鶴酒造は東広島市西条岡町6番9号、JR山陽本線西条駅から徒歩5〜7分。車なら山陽自動車道西条インターチェンジから8〜10分ほどである。同社サイトは事務所を平日9時から17時、直売所を13時から17時(日祝休)としているが、他の情報源はやや異なる直売所の時間を掲載しており、醸造期には変動もある。訪問前の確認をおすすめする。公道からの外観撮影に制限はない。敷地内からの撮影については事務所に尋ねてほしい。

道に立ったら、板張りに一分ほど時間を使ってみてほしい。横板が一枚ずつ下の板を覆って重なり、日の当たる面は灰白く枯れ、当たらない面は黒く沈む。その繰り返しは開口部で途切れ、建物の振れた軸が街路の通りと出会うところで面をわずかに変える。次に軒を見上げ、視線を二号蔵へ移して、二階どうしの接続がどのあたりにあるかを推し量ってみるとよい。三棟の繋がり方が腑に落ちると、並んだ蔵は一台の機械に見えてくる。

立ち入れるのは直売所である。ここでしか買えない蔵限定の酒が並ぶ。隣接する「割烹しんすけ」は蔵を改装した空間で、日本酒に合わせた料理を出している。10月の酒まつりは駅周辺一帯が会場となり、七蔵すべてが加わる。4月の蔵開きでは新酒が振る舞われ、山陽鶴酒造は例年その先陣にあたることが多い。名称について補足すると、銘柄「黒松山陽鶴」は旧山陽道の松並木に鶴をあしらったものだと同社は説明している。

Q&A

Q山陽鶴酒造黒松三号蔵は公開されていますか?
A内部は非公開です。稼働中の民間酒蔵の一部であり、見学ツアーもありません。ただし街路に正対して建つため、黒松三棟のなかでは公道から最もよく眺められ、撮影もしやすい一棟です。
Q山陽鶴酒造黒松三号蔵に階段がないのはなぜですか?
A単独で使う前提の建物ではなかったためです。二階床は全面に張られていますが、そこへは隣の二号蔵から二階の高さで出入りします。三棟は一体の作業単位として運用されていました。
Q山陽鶴酒造黒松三号蔵の規模と構造を教えてください。
A建築面積78平方メートルで、黒松三棟のうち最小です。平面は桁行五間、梁間四間、およそ9メートル×7メートル。土蔵造二階建、瓦葺で、外壁は下見板張、内壁は漆喰塗の真壁としています。
Q山陽鶴酒造黒松三号蔵を外から見るとき、どこに注目すればよいですか?
A街路に面した下見板張りの一面です。文化庁の解説も、この面が地区の古い佇まいを保っている点を評価しています。あわせて、隣の二号蔵に対して軸がわずかに振れている様子にも目を向けてみてください。
Q山陽鶴酒造黒松三号蔵の周辺には何がありますか?
A同じ敷地に直売所があり、蔵限定酒を扱っています。隣接する「割烹しんすけ」は蔵を改装した飲食店です。ここから東へ約1キロが西条酒蔵通りで、ほかに六つの蔵元、赤煉瓦の煙突、なまこ壁の蔵構えが続きます。徒歩40分ほどの行程です。

基本情報

名称山陽鶴酒造黒松三号蔵(さんようつるしゅぞうくろまつさんごうぐら)
所在地広島県東広島市西条岡町795-8他
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 34-0205/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」
指定年平成28年(2016年)8月1日登録(第84回登録)
員数1棟
寸法建築面積78平方メートル/土蔵造2階建、瓦葺/桁行五間・梁間四間、外壁下見板張・内壁漆喰塗真壁
所有者山陽鶴酒造株式会社
公開状況内部非公開。街路に面した外観は公道から見学可。直売所は一般営業(時期により時間変動あり、事前確認推奨)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)山陽鶴酒造黒松三号蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011212
国指定文化財等データベース(文化庁)山陽鶴酒造黒松二号蔵
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00011211
山陽鶴酒造株式会社 公式サイト
https://sanyotsuru.jp/
東広島おでかけ観光サイト「ヒガシル」山陽鶴酒造
https://higashihiroshima-kanko.jp/spot/sanyotsuru/
ディスカバー東広島 西条酒蔵通り
https://e-sake.jp/article/article-294/
酒まつり公式サイト
https://sakematsuri.com/

最終更新日: 2026.07.29