春風館賴家住宅とは

春風館賴家住宅は、広島県竹原市竹原町(本町)にある儒医頼春風の屋敷で、安政2年(1855年)の主屋と長屋門、明治・大正期の裏座敷・納戸蔵・米蔵の5棟が、昭和63年(1988年)12月19日に国の重要文化財に指定された。読みは「しゅんぷうかんらいけじゅうたく」。竹原地区重要伝統的建造物群保存地区の中にある(文化庁)。

文化庁の記録では、主屋は桁行15.4メートル、梁間12.7メートル、一部二階の切妻造段違いで、長屋門は安政2年ごろ、裏座敷は明治31年(1898年)、米蔵は明治21年(1888年)、納戸蔵は大正6年(1917年)の建物である。竹原市によれば所有者は個人である。

頼山陽の叔父、頼春風の家

文化庁の解説によれば、竹原の頼家は頼山陽をはじめ、江戸時代後期に多くの儒学者を出した家柄で、春風館は山陽の叔父で安芸藩の儒医だった頼春風の居宅として建てられた。

竹原市によれば、春風(1753〜1825年)は大阪で医学と儒学を学んで帰郷し、医業のかたわら塩田経営や町の子弟の教育に力を注ぎ、寛政5年(1793年)の竹原書院の設立に尽力した。春風館は天明元年(1781年)に建てられたが安政元年(1854年)に焼失し、現在の建物は安政2年(1855年)に再建されたものである。

重要文化財としての価値

春風館賴家住宅は昭和63年(1988年)に重要文化財に指定された。文化庁は、道路に面して長屋門を建て、その奥に主屋を配した武家屋敷に似た構えをもち、主屋の背後に裏座敷・納戸蔵・米蔵などの附属屋を備え、座敷の前後に飛石や手水鉢を配した庭をつくるなど、規模の大きな上層の町家の特徴をよく示すと評価している。各建物の質もよい。

見どころ

春風館賴家住宅は通りに面した長屋門と、その奥の主屋による武家屋敷風の構えが特徴である(文化庁)。竹原市によれば、長屋門と玄関構えをもつこの建物は、茶人の不二庵の設計と伝えられている。

奥には祠堂として茶室をもち、数寄屋風の意匠に統一されている(竹原市)。西隣の復古館賴家住宅が道路に面して店舗を置く表屋造の商家の構えであるのと、好対照をなしている(文化庁)。

見学について

春風館賴家住宅は個人の所有で、公開についての公的な案内は見当たらなかった。外観は竹原の町並み保存地区の通りから見ることができる。所在地は竹原市本町3丁目7-24、問い合わせは竹原市教育委員会文化生涯学習課(電話0846-22-2328)。

Q&A

Q春風館賴家住宅はいつ建てられましたか?
A現在の主屋と長屋門は安政2年(1855年)の再建です。最初の建物は天明元年(1781年)に建てられ、安政元年に焼失しました(文化庁、竹原市)。
Q春風館は誰の家でしたか?
A頼山陽の叔父で安芸藩の儒医だった頼春風の居宅です(文化庁)。
Q春風館賴家住宅の構えの特徴は?
A道路に面して長屋門を建て、その奥に主屋を配する武家屋敷に似た構えです(文化庁)。
Q春風館賴家住宅では何棟が重要文化財ですか?
A主屋、長屋門、裏座敷、納戸蔵、米蔵の5棟です(文化庁)。
Q春風館賴家住宅が重要文化財に指定されたのはいつですか?
A昭和63年(1988年)12月19日です。

基本情報

名称春風館賴家住宅(しゅんぷうかんらいけじゅうたく)
所在地広島県竹原市本町3丁目7-24(竹原町3876番地)
指定区分重要文化財(建造物)
指定年昭和63年(1988年)12月19日指定
員数5棟(主屋、長屋門、裏座敷、納戸蔵、米蔵)
寸法主屋 桁行15.4メートル、梁間12.7メートル、一部二階、切妻造段違
所有者個人(竹原市)
公開状況公開に関する公的案内なし(外観は通りから)

参考文献

春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町)(国指定文化財等データベース)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/3112
春風館頼家住宅(竹原市)
https://www.city.takehara.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkashogaigakushuka/gyomuannai/9/1/6/2452.html

最終更新日: 2026.10.08

同エリアの文化財

いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。

  1. 春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町) 米蔵 0.00 km
  2. 春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町) 裏座敷 0.02 km
  3. 春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町) 納戸蔵 0.02 km
  4. 春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町) 主屋 0.03 km
  5. 春風館賴家住宅(広島県竹原市竹原町) 長屋門 0.04 km