海そのものが天然記念物になった場所
日本の国指定天然記念物の一覧をたどると、その大半は樹木であり、岩であり、鳥の繁殖地である。地上の何かを指して「ここを守る」とした例ばかりの中で、海面そのものを指定対象とした例はきわめて珍しい。スナメリクジラ廻游海面はその数少ない一つで、広島県竹原市高崎町の沖合、無人島・阿波島の南端にある白鼻岩を中心とした半径1500メートル、円形の海域がまるごと天然記念物に指定されている。
指定の告示は昭和5年(1930年)11月19日。すでに90年以上が経つ。指定基準は「自然環境における特有の動物又は動物群聚」。守られているのは海ではなく、その海に毎年やってくる小さな鯨類――スナメリの群れである。
スナメリという生きもの
スナメリはクジラ目ネズミイルカ科スナメリ属に属する小型のハクジラで、体長はおよそ1.5〜1.8メートル、体重は50〜60キログラム。世界に約100種いるクジラ類のなかで、もっとも小さい部類に入る。頭部は丸みを帯び、イルカに特徴的な嘴状の突起がない。最大の特徴は背びれを持たないこと――その代わりに、背中の中央から尾の付け根にかけて低い隆起が一条走っている。体色は銀灰色から黒灰色で、皮膚は滑らかでつやがある。
分布域はペルシャ湾から日本沿岸まで広く、日本では伊勢湾、有明海、仙台湾、そして瀬戸内海に局所的な個体群が知られる。瀬戸内海の個体群は他の海域の個体群とは交流がないとされ、独自の生態を持っている。
瀬戸内海西部の漁村では、スナメリを「ゼゴン」「ゼゴンドウ」と呼ぶ習わしがある。竹原周辺もこの呼び名の文化圏で、土地の古老たちにとっての「ゼゴン」は学術用語のスナメリよりよほど身近な存在だった。
なぜ「海面」が指定されたのか
指定された海域の特異性は、ただスナメリが見られることではなく、ある時期に集団でやって来ることにあった。例年1月下旬、阿波島近海に数頭が姿を現わしはじめる。3月下旬の彼岸前後に最高潮を迎え、当時の記録では50頭を超える群泳が観察された。繁殖を終えた5月ごろから次第に内海に分散し、夏から秋にかけて南方へと去る。
昭和初期の旅行案内書は、この海域について「一定の季節にあって誰もが鯨群の生活状態を観察し得るに便利な地点」と記している。これは決して大げさな表現ではない。普通、野生のクジラ類の群れ行動を陸の近くで観察できる場所は世界的にも限られる。阿波島南端の海面は、それが毎年予測可能な時期に、しかも肉眼の届く距離で起きていた。指定はその「現象」そのものを守るためのものだった。
地上の動植物ではなく、海域を線引きして指定するという発想は、戦前としてはかなり踏み込んだ判断である。アビ渡来群游海面(呉市)など、同時期に指定された数少ない海域指定の一つとして、文化財保護史のうえでも独特の位置を占めている。
スナメリ網代――鯨を目印に魚を釣る
瀬戸内海には、スナメリの行動を利用した「スナメリ網代」と呼ばれる伝統漁法があった。スナメリの主な餌は、砂地に潜って暮らすイカナゴ。スナメリの群れが浅瀬を泳ぎ抜けると、驚いたイカナゴが砂底から飛び出す。すると今度は、そのイカナゴを捕食するタイやスズキなどの大型魚が海底から浮き上がってくる。漁師はその混乱を海面の動きから読み取り、釣り糸を落として大型魚をかけた。
スナメリは捕獲の対象ではなく、いわば「漁の相棒」だった。指定範囲の中心である白鼻岩には、豊漁を祈願する小祠が建てられている。スナメリは神の使いに近い存在として遇されていたのである。
この漁法はすでに失われた。餌となるイカナゴの激減により、スナメリ自身が姿を消してしまったからだ。竹原市の記録によれば、指定当時に30〜50頭が群泳していた海域で、現在見られるのは5〜6頭ほどとされる。漁法を支えていた生態系のつながりが、ほぼ丸ごと断たれた。
訪ねるときに知っておきたいこと
正直に書いておく必要がある。阿波島は無人島で、すべて民有地、定期航路は通っていない。指定海域そのものに観光船で入ることもできない。そして肝心のスナメリも、かつてのような群泳はもう望めない。最盛期の3月下旬であっても、出会えるかどうかは運次第と言ってよい。
訪問者が実際に立ち会えるのは、本土側に設けられた「スナメリ碑」である。国道185号、高崎洞門を抜けてバンブー公園の入口を少し過ぎたあたりの路傍に、小さな盛り上がりがある。その上に石柱と解説板が立つ。海側を向くと、目の前の海峡の向こうに阿波島の南斜面が広がり、その先端、視界のすぐ外れに白鼻岩が隠れている。二つを結ぶ海面――いま視界に広がっている水面――が、天然記念物に指定された範囲である。
3月の穏やかな朝、双眼鏡を構えて根気よく待つと、ごく稀に黒い背が水を切るのが見える。背びれがない代わりの低い隆起が一瞬だけ顔を出し、また沈む。劇的な光景ではない。指定の理由がいまも、わずかながら生きていることを確かめる、それだけの静かな観察である。
周辺で立ち寄りたいところ
このスナメリ碑単独で観光地として成立する場所ではないが、竹原・忠海周辺には行先が多い。忠海港からフェリーで約15分の大久野島は、野生化した飼いウサギで国内外に知られる小島である。瀬戸内海国立公園に含まれる一方、戦時中の毒ガス製造拠点だったという重い歴史を島内の毒ガス資料館が今に伝えている。
竹原市街地には「安芸の小京都」と称される町並み保存地区が広がり、江戸後期、塩田で栄えた時代の商家が連なる。忠海の背後には黒滝山という鋭い岩峰がそびえ、鎖場をたどって山頂に立てば、足下に瀬戸内の多島美が一望できる。スナメリの海はその風景の一部であり、いま見られる海と、かつて鯨群が回遊していた海とのあいだに横たわる距離を、否応なく考えさせる場所でもある。
Q&A
- 陸からスナメリを見ることはできますか
- 理論上は可能ですが、確率は高くありません。1月下旬から3月下旬、特に彼岸前後の穏やかな日が最良の機会です。双眼鏡を持参し、長時間粘る覚悟が必要です。空振りに終わる訪問者も多いことをご承知ください。
- 阿波島へ渡る船はありますか
- 定期航路はありません。阿波島は無人島で、全島が民有地です。指定海域に観光船を入れる運航もありません。生息環境を乱さないことが指定の趣旨ですので、現状の「立ち入れない海」がそのまま保護の形となっています。
- スナメリ碑はどこにありますか
- 国道185号、高崎洞門を抜けてバンブー公園入口を少し過ぎた海側の小高い場所にあります。広い駐車場や歩道は整備されていないため、訪問の際は通行車両に十分ご注意ください。
- なぜスナメリは減ってしまったのですか
- 主な原因は餌のイカナゴなど小型魚の激減です。瀬戸内海の海底環境や水質の変化、漁業圧などが複合的に影響したと考えられています。船舶の往来、混獲、沿岸開発も追い打ちをかけました。
- 宮島近海で見かけるスナメリと同じ種類ですか
- 種としては同じです。宮島へ向かうフェリーから単独や数頭のスナメリを目撃する例があります。阿波島の指定はあくまで特定の繁殖来遊集団を対象としたもので、種そのものは瀬戸内海全域に薄く分布しています。
基本データ
| 名称 | スナメリクジラ廻游海面(すなめりくじらかいゆうかいめん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定 天然記念物 |
| 指定年月日 | 昭和5年(1930年)11月19日 |
| 指定基準 | (三)自然環境における特有の動物又は動物群聚 |
| 指定範囲 | 阿波島南端・白鼻岩を中心とする半径1500メートル内の海面 |
| 所在地 | 広島県竹原市高崎町 |
| 対象種 | スナメリ(クジラ目 ネズミイルカ科 スナメリ属、Neophocaena phocaenoides / N. asiaeorientalis) |
| 回遊期 | 1月下旬来遊、3月下旬最高潮、5月頃離散、夏季以降は南方へ |
| 陸上観察地点 | 国道185号沿い「スナメリ碑」(竹原市高崎町、バンブー公園付近) |
| アクセス | JR呉線忠海駅から車で約15分/阿波島への定期便なし |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「スナメリクジラ廻游海面」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/2321
- 文化遺産オンライン「スナメリクジラ廻游海面」
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/206283
- 竹原市「スナメリクジラ廻游海面」
- https://www.city.takehara.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkashogaigakushuka/gyomuannai/9/1/7/2454.html
- 環境省せとうちネット「スナメリ」
- https://www.env.go.jp/water/heisa/heisa_net/setouchiNet/seto/g1/g1chapter1/ikimono/sunameri.html
- 広島県立忠海高等学校 自然史博物館「スナメリ」
- https://www.tadanoumi-h.hiroshima-c.ed.jp/introduction_museum/mu_zeg.html
最終更新日: 2026.05.16