一人の在野研究者の収集品から始まった建物
網走市立郷土博物館本館は、北海道網走市桂町にある昭和11年(1936年)竣工の木造博物館建築で、令和元年(2019年)12月5日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。
開館は昭和11年11月3日。当時の名は「北見郷土舘」といい、社団法人北見教育会が地方教育の振興と文化の発展を目的として建設した。漁業と農業、それに鉄道で成り立っていた人口数万の町が、専用の博物館建築を新築する。当時としてはかなり思い切った事業だった。
それを可能にしたのは、一人の理髪師である。
米村喜男衛(1892年〜1981年)は青森県南津軽郡藤崎町の生まれ。理髪店に勤めながら遺跡調査に加わるうち、大正2年(1913年)に訪れた網走で、網走川河口左岸の砂丘台地から縄文ともアイヌ文化とも異なる土器を拾う。彼はそのまま網走に移り住み、理髪店を営みながら発掘を続けた。大正7年(1918年)に「モヨロ」と名づけたこの遺跡は、数世紀にわたってオホーツク海沿岸に暮らし、やがて記録から消えた海の民の痕跡として、後に国の史跡に指定される。米村が集めた考古・民族資料およそ3,000点が、博物館の最初の収蔵品となった。米村は後に館長を務め、網走市名誉市民の称号を受けている。
昭和23年(1948年)4月、館の運営は網走市へ移った。以来、建物は同じ丘の上で使われ続けている。
登録の理由―造形の規範として
文化庁の国指定文化財等データベースは、本館の登録基準を「造形の規範となっているもの」としている。かたちそのものに価値を認める区分である。解説文は本館を道内最初期の郷土博物館と位置づけ、設計者として建築家・田上義也の名を挙げる。
田上義也(1899年〜1991年)については、訪れる前に少し知っておくと見え方が変わる。栃木県の生まれで、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテル設計のため東京に構えた事務所に入り、竣工まで在籍した。落成式の日付は大正12年9月1日、関東大震災の当日にあたる。田上は東京を離れて北海道へ渡り、翌年に札幌で設計事務所を開いた。以後およそ60年、深い雪と長い冬を前提とした住宅・教会・公共建築を道内に残している。札幌の交響楽団を創設して自ら初代指揮者を務めた人物でもある。
網走の仕事は、その長い活動のちょうど中ほどに入る。一次資料が記す構造は、木造2階建、金属板葺、建築面積197平方メートル、塔屋付。平面は左右対称で、中央部が南北に張り出す。外壁は鉄網コンクリート塗で仕上げ、胴部には左官仕上げによる幾何学模様のパネルを貼る。昭和60年(1985年)に改修が施された。
網走市は本館を単独ではなく、東側に接する昭和36年(1961年)の新館と組にして登録を申請した。一人の建築家の手の変化を一つの敷地で追える希少な例、という理由づけである。両者は同じ日に登録されており、片方だけを見て帰ると話が半分になる。
外観と内部―立ち止まりたい場所
市街から坂を上がると、建物は正面からこちらを迎える。構成を支えているのは対称性で、左右で窓の並びが揃い、中央部だけが前に出る。玄関の上には半円をきれいに切り取ったアーチ。開口の両脇には、タイルを貼った半円形の付け柱が立つ。塔屋には丸みのある赤い屋根が載り、これが下の通りからも見え、多くの人が最初にカメラを向ける部分になっている。
入る前に、壁面の胴部で足を止めたい。左官仕上げのパネルに刻まれた幾何学模様は、田上が1930年代を通じて好んで用いた語彙である。地域の建築ガイドは、この意匠や館内の小窓に入るステンドグラス、展示室の勾配天井を、ライトの事務所で吸収したものと結びつけて説明する。ただし個々のモチーフがライトに直接由来するかどうかまでは資料が確定しておらず、ガイド自身も「〜と思われる」という言い方をとっている。
1階はオホーツクの自然にあてられている。体高2メートル近いトドのはく製が部屋の中心にあり、その周囲にアザラシ、オットセイ、ヒグマ、エゾシカ、キタキツネが並ぶ。海鳥や魚類の標本も揃う。2階は主題が人間に移り、モヨロ貝塚の出土資料を核に、アイヌ文化資料、北前船交易にまつわる船絵馬、明治・大正期の公文書、開拓期の農具、そして昭和の生活用具が置かれる。最後の一群は、年配の来館者ほど足が止まる。
塔屋へ向かうらせん階段がある。館内でもっともゆっくり歩く価値のある部分だ。
実用情報は明快である。開館は火曜から日曜の9時から17時、11月から4月は16時まで。休館は月曜、国民の祝日、および12月29日から1月3日まで。入館料は大人120円、小中学生60円で、20名以上の団体は大人96円・小中学生48円となる。駐車場は5台分。JR網走駅からは徒歩でおよそ15分。
撮影については、令和8年(2026年)5月13日から市が文書によるガイドラインを適用している。個人の記録・思い出としての写真および動画の撮影は、禁止事項を守れば可能。それ以外の用途で使う場合は事前に博物館へ問い合わせが必要で、個人利用以外の動画撮影は認められていない。受付で一言確認するのが確実である。
Q&A
- 網走市立郷土博物館本館は中に入れますか。開館時間と入館料は?
- 入れます。現役の博物館として使われているため、通常の入館料で内部を見学できます。開館は火曜から日曜の9時から17時(11月から4月は16時まで)、休館日は月曜・国民の祝日・12月29日から1月3日。入館料は大人120円、小中学生60円、20名以上の団体は割引があります。
- 網走市立郷土博物館本館を設計したのは誰ですか?
- 建築家の田上義也(1899年〜1991年)です。帝国ホテル建設時にフランク・ロイド・ライトの東京事務所に在籍し、関東大震災の後に北海道へ渡って大正13年に札幌で開業しました。以後60年ほど道内で設計活動を続けた人物で、昭和11年竣工の本館は代表的な公共建築の一つに数えられます。文化庁の登録データにも設計者として名前が記載されています。
- 網走市立郷土博物館本館と新館はどう違うのですか?
- 本館は昭和11年(1936年)の建築で、左右対称の平面に塔屋を載せ、壁面に装飾を施します。新館は創設25周年を記念して昭和36年(1961年)に東側へ増築されたもので、矩形平面に片流れ屋根を架け、壁面の切込による彫塑的な表現を見せます。設計者はいずれも田上義也。二棟の違いが一つの敷地で読み取れることが、同時登録の理由になりました。
- 網走市立郷土博物館本館の館内で写真は撮れますか?
- 令和8年5月13日から適用されているガイドラインにより、個人での利用(思い出・記録)に限って写真・動画の撮影ができます。館内に掲示された禁止事項に従ってください。それ以外の利用については事前の問い合わせが必要で、個人利用以外の動画撮影は認められていません。到着時に受付で確認するのが確実です。
- 網走市立郷土博物館本館へのアクセスと、近くで併せて見られる施設は?
- 桂町の丘の上にあり、JR網走駅から徒歩約15分、駐車場は5台分です。分館のモヨロ貝塚館は市街北部の網走川河口近くにあり、本館の創設収蔵品の出どころとなったモヨロ貝塚の出土資料を展示しています。同じ日に両方を回ると、この博物館の成り立ちがつながって見えてきます。
基本情報
| 名称 | 網走市立郷土博物館本館(あばしりしりつきょうどはくぶつかんほんかん) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道網走市桂町一丁目1番3号 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準:造形の規範となっているもの |
| 指定年 | 令和元年(2019年)12月5日登録(登録番号 01-0156、第94回登録) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、金属板葺、塔屋付、建築面積197平方メートル |
| 所有者 | 網走市 |
| 公開状況 | 博物館として公開。火曜〜日曜9時〜17時(11月〜4月は16時まで)、月曜・国民の祝日・12月29日〜1月3日は休館。入館料は大人120円、小中学生60円 |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「網走市立郷土博物館本館」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013013
- 文化遺産オンライン「網走市立郷土博物館本館」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/443556
- 網走市「網走市立郷土博物館プロフィール」
- https://www.city.abashiri.hokkaido.jp/soshiki/31/2209.html
- 網走市「網走市立郷土博物館の施設情報」
- https://www.city.abashiri.hokkaido.jp/site/kyodo/1245.html
- 網走市「博物館所管施設での写真・動画の撮影について」
- https://www.city.abashiri.hokkaido.jp/soshiki/31/22113.html
- 北海道教育委員会「令和元年度 北海道教育委員会の教育行政に関する年報」(PDF)
- https://www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/fs/2/5/4/0/0/4/1/_/R01nenpou.pdf
最終更新日: 2026.08.27