旧網走監獄 教誨堂・庁舎 ― 北海道開拓史を物語る明治の木造監獄建築

北海道網走市の天都山中腹に、日本でも類を見ない野外博物館「博物館 網走監獄」があります。広大な敷地には、かつて網走刑務所で実際に使用されていた建造物が移築・保存されており、その中でも特に重要な存在として国の重要文化財に指定されているのが、教誨堂(きょうかいどう)と庁舎(ちょうしゃ)です。明治期の木造監獄建築の貴重な遺構として、また北海道開拓の歴史を語る生きた証として、訪れる人に深い感銘を与える二つの建物について、その魅力と価値をご紹介します。

旧網走監獄 教誨堂・庁舎とは

旧網走監獄の教誨堂と庁舎は、いずれも明治45年(1912年)に再建された木造の建造物です。網走監獄は明治23年に網走囚徒外役所として設置され、明治36年の監獄官制発布に伴い網走監獄となりました。明治42年の火災によって建物の大半を焼失したのち、司法省の設計に基づき、収容者自身の手によって再建されたのが現在残る建物群です。

その後、刑務所の改築計画を機に昭和56年以降、博物館 網走監獄へと順次移築・復原され、教誨堂・庁舎を含む主要建物は今日まで大切に保存されています。所有者は公益財団法人網走監獄保存財団であり、文化財として一般に公開されています。

教誨堂 ― 寺院のような外観、洋風の講堂

教誨堂は、収容者に対して精神的・倫理的・宗教的な指導を行うために設けられた施設です。一見すると寺院を思わせる和風の外観が印象的で、屋根に葺かれた瓦や鬼瓦は当時の収容者自身が焼いたものと伝えられています。

しかし内部に足を踏み入れると、その雰囲気は一変します。高い天井を持つ広い講堂は洋風のつくりで、天井中央には円形のレリーフによる中心飾りが今も美しく残っています。和洋折衷の建築美は、明治という時代の精神そのものを体現しているといえるでしょう。床に敷き詰められた板の上に座した収容者たちが、教誨師の話に静かに耳を傾けた光景が目に浮かぶ、厳粛で趣のある空間です。

庁舎 ― 「最果ての不夜城」と呼ばれた行政の中枢

庁舎は刑務所の管理部門の中枢を担っていた建物で、最高責任者である典獄(てんごく)の執務室をはじめ、会議室、総務課、戒護課、用度課、教育課、作業課などが配置されていました。木造平屋、寄棟屋根に6カ所の屋根窓(ドーマー窓)を備え、それぞれに半円アーチ型の窓がはめ込まれているのが特徴です。

外観は鮮やかな水色とグレーで彩られ、夜になって庁舎に灯がともると、網走の人々はこの建物を「最果ての不夜城」と呼んだと伝えられています。極寒の地に毅然と立つ西洋風の意匠の庁舎は、明治期の地方行政建築の中でも独特の魅力を放ち、訪れる人を惹きつけます。現在は内部にミュージアムショップや喫茶コーナーが設けられ、見学の合間に落ち着いた時間を過ごすことができます。

なぜ重要文化財に指定されたのか

旧網走監獄の教誨堂、庁舎、そして舎房及び中央見張所の3件は、平成28年(2016年)2月9日付で国の重要文化財に指定されました。指定理由として、これらが監獄における主要施設であり、明治期の木造監獄建築の数少ない遺例として歴史的価値が高いことが挙げられています。

とりわけ舎房及び中央見張所は、木造の放射状舎房が完全な形で残る唯一の例であり、当時の標準的な獄舎の特徴を備えている点で極めて重要です。教誨堂と庁舎は、この舎房とともに当時の監獄の全体構成を今に伝える不可欠の存在であり、明治の行刑建築を理解するうえで欠かせない遺産といえます。

また、これらの建造物が北海道産の木材を多用していること、そして北海道開拓の歴史と深く結びついている点も、文化財としての価値を高めています。明治初期、北海道に設けられた集治監に全国から囚徒が送られ、彼らの労役によって中央道路が開削されるなど、開拓事業の基礎が築かれていきました。網走監獄はその象徴的な場であり、建物そのものが時代の証人となっているのです。

見どころと楽しみ方

教誨堂で味わう静謐なひととき

教誨堂を訪れる際は、ぜひ天井の中心飾りに目を向けてみてください。漆喰によるレリーフが施された円形装飾は、明治の職人技の繊細さと美しさを今に伝えています。窓から差し込む柔らかな光、木の温もりに包まれた空間は、刑務所の建物でありながら、不思議な静けさと厳粛さに満ちています。

庁舎の意匠と細部に注目

庁舎では、半円アーチの屋根窓、上げ下げ窓、高い天井など、当時の意匠の細部にも注目したいところです。建物の入口を入ると、開拓と重要文化財をテーマにした展示コーナーが設けられており、博物館全体を巡る前にチェックしておくと理解が深まります。会議室を活かした喫茶コーナーで、明治期の建物に身を置きながら一服するのもおすすめです。

敷地全体を巡る

博物館 網走監獄には、教誨堂・庁舎のほかにも、五翼放射状平屋舎房、鏡橋、二見ヶ岡刑務支所、煉瓦造独居房、哨舎、裏門など、見ごたえのある建造物が立ち並びます。東京ドーム約3.5個分の広大な敷地をゆったりと巡りながら、明治・大正期の刑務所の姿を体感することができます。

周辺情報

博物館 網走監獄が位置する天都山は、国の名勝に指定された景勝地で、網走国定公園のエリア内にあります。山頂展望台からは網走湖、能取湖、オホーツク海まで見渡すことができ、四季折々の絶景を楽しめます。

近隣には、北方諸民族の文化を紹介する北海道立北方民族博物館や、流氷を体感できるオホーツク流氷館があり、いずれも徒歩や車で短時間で行き来できます。冬季には網走港から流氷観光砕氷船「おーろら」が出航し、世界自然遺産・知床も含めて広域観光の拠点として人気があります。なお、現在の網走刑務所は博物館から約3kmほど離れた場所にあり、現役の施設として稼働しています。

Q&A

Q教誨堂と庁舎は当時の建物そのものなのですか。
Aはい。明治45年(1912年)に再建されたオリジナルの建造物です。教誨堂は昭和56年に、庁舎は昭和63年に博物館敷地内に移築・復原され、現在の場所で大切に保存されています。
Q建物を建てたのは誰ですか。
A設計は司法省が担当し、施工は当時の収容者自身の手によって行われました。屋根に使われている瓦や鬼瓦も収容者が焼いたもので、明治期の収容者たちの技術と労働の記録としても貴重です。
Q建物の中に入ることはできますか。
Aはい、いずれも博物館の通常入場で内部を見学できます。教誨堂では洋風の講堂空間と天井装飾を、庁舎では当時の事務室や開拓関連の展示を楽しむことができます。
Q見学の所要時間はどのくらいですか。
A敷地全体を一通り見学するには、おおよそ2〜3時間が目安です。教誨堂・庁舎を含む主要建造物だけでも見ごたえがありますので、余裕をもって訪れることをおすすめします。冬季は防寒対策が必須です。
Qなぜ網走に監獄が置かれたのですか。
A明治政府による北海道開拓政策の一環として、囚徒の労役を活用するため、明治23年に網走囚徒外役所が設置されたのが始まりです。中央道路の開削をはじめ、北海道の道路網や農地の開拓に大きな役割を果たしました。

基本情報

名称 旧網走監獄 教誨堂・庁舎
指定区分 重要文化財(平成28年2月9日指定)
建築年 明治45年(1912年)再建
設計 司法省
施工 網走監獄収容者
構造(教誨堂) 木造、建築面積404.87㎡、桟瓦葺
構造(庁舎) 木造平屋、建築面積499.99㎡、鉄板葺
所在地 北海道網走市呼人一番地
所有者 公益財団法人網走監獄保存財団
アクセス JR網走駅からバスで約7分/女満別空港から車で約15分

参考文献

文化遺産オンライン(文化庁)― 旧網走監獄 教誨堂
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/292750
文化遺産オンライン(文化庁)― 旧網走監獄 庁舎
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/243788
博物館 網走監獄 公式サイト
https://www.kangoku.jp/
博物館 網走監獄 ― 庁舎の展示ページ
https://www.kangoku.jp/exhibits/administration-building
HOKKAIDO LOVE! ― 博物館網走監獄
https://www.visit-hokkaido.jp/spot/detail_10046.html

最終更新日: 2026.05.06

同エリアの文化財

いずれも同じエリアの徒歩圏内にあるので、あわせての見学がおすすめです。

  1. 旧網走監獄 庁舎 0.07 km
  2. 旧網走監獄 教誨堂 0.13 km