帯広に残る丸屋根の園舎
旧双葉幼稚園園舎は、北海道帯広市東四条南一〇丁目にある大正11年(1922年)竣工の木造園舎で、平成29年(2017年)7月31日に国の重要文化財に指定された。十勝管内の建造物としては初めての指定である。
平面の説明は一行で済む。正方形の園舎の中央に八角形の遊戯室を置き、その四方に保育室を接続する。ただし遊戯室には天井らしい天井がない。八角形の壁の上部をぐるりと高窓が巡り、その上にドーム屋根が載る。光は上から、そして八方から同時に入ってくる。真ん中に立つと足元の影がほとんど消える。
木造、鉄板葺、建築面積302.16平方メートル。数字だけを見れば小さな建物だ。
市民はこの建物を91年間、赤い丸屋根の幼稚園と呼んできた。
指定の理由となった二つの評価軸
平成29年の指定にあたって挙げられた基準は二つ。意匠的に優秀なものであること、歴史的価値の高いものであることの二点である。
意匠の評価は平面計画に直結している。近代日本の幼稚園園舎はいくつかの標準的な平面型に落ち着いていったが、そのひとつが遊戯室を中心に据えて保育室を周囲に配する形だった。大正期に建てられたこの型の園舎は、現在ほとんど残っていない。しかもこの園舎は、その考え方を外観にまで徹底させている。半球のドーム、その下の八角形の胴、さらに下の正方形の躯体、屋根に切り込む三角形の破風。園児が名前を言える形だけで組み立てられている。おそらくそれが狙いだったのだろう。
文化庁の記録は、この平面を当時の保育者・臼田梅の考案によるものとするが、その書きぶりは「〜とされる」であり、文書で裏づけられた事実としてではなく伝承として扱われている。臼田は仙台の女学校に付属する保母養成部で学び、学院長のランソン女史と親交を結んだ。積み木状の幾何学教具「恩物」を軸とするフレーベルの幼児教育論が日本の保育界に広まっていた時期にあたる。この園舎は、その考え方を木造で書き起こした一種の主張として読める。
指定の対象範囲
指定は1棟。建築面積302.16平方メートルの内訳は、ドーム遊戯室を含む本体が約267.77平方メートル、昭和30年(1955年)に増設された玄関が約34.40平方メートルとされる。玄関の増設は、昭和27年(1952年)の十勝沖地震を受けて避難経路を確保するためのものだった。本体より新しく、見ればそれと分かるが、園舎が現役だった歳月の一部として指定範囲に含まれている。
伝道から始まった百年
この幼稚園の出発点は教会だった。明治28年(1895年)、大井浅吉が日本聖公会の伝道師として帯広に赴任し、翌年には帯広聖公会が始まって日曜礼拝と日曜学校が開かれる。明治44年(1911年)、その別館を使って帯広初の幼稚園が開園し、双葉園と名づけられた。専任の保母となったのが浅吉の義妹・臼田梅である。
毎年40〜50名ほどの園児を迎えるうちに別館は手狭になった。新園舎は大正11年に落成し、翌大正12年4月から保育が始まっている。
その後に何が起きたかは、建物に残された物からたどれる。昭和2年(1927年)、日米親善人形使節として贈られた青い目の人形ベティ・ジェーン・ローズがこの園に届き、今もここにある。昭和20年(1945年)には陸軍衛生材料庫として接収された。翌21年、北海道庁から「双葉幼稚園」として設立認可を受けて再開する。園長は大井浅吉、昭和2年からは臼田梅、昭和33年からは臼田時子と、三代が直系で引き継いだ。
平成22年(2010年)、帯広で初の登録有形文化財となる。平成23年に開園100周年を祝い、平成25年(2013年)、第100回の卒業式を終えて閉園した。以後、旧職員や関係者が建物に蓄積されていた設計図、寄附帳、保育日誌といった資料の整理にあたる。重要文化財としての価値を主張できたのは、この百年分の紙束が残っていたからだといってよい。
見学の実際 ― 開くのは夏の週末だけ
現在の管理はNPO法人「双葉の露」が担っている。名は園歌の一節から採られた。通年公開ではなく、季節を区切って開かれる。2026年は5月2日(土)に開園し、10月31日(土)が最終日。開園は土日祝日のみ、10時から15時まで。帯広の冬は完全に閉ざされるので、1月に訪ねても柵の外から眺めることになる。
入園料は定額ではない。施設の維持管理、破損箇所の補修、樹木の伐採を含む環境整備への協力として、一口300円以上の任意の協力金が案内されている。観光情報サイトには大人300円の入園料と記載されているものもあるが、管理団体自身の掲示は協力金という表現をとっている。小銭を用意して、玄関の掲示に従えばよい。
中に入れば、目的はやはり遊戯室である。窓には建築当初のガラスが部分的に残り、光の揺らぎ方でそれと分かる。保育室には恩物、保育日誌、運動会の記録、写真といった資料が並ぶ。ただし整理に時間がかかっており、まだ公開されていないものもあるという。建物の裏手には木立に囲まれた園庭がある。
遊戯室の音の響きが評価され、小規模なコンサート会場としても使われてきた。会期中はリサイタルや室内楽、展示会が入る。ロックバンド・スピッツがこの園舎で演奏した映像が放映されて話題になり、それまでこの建物を知らなかった層の来訪も増えた。訪問日に貸切の催しが入っていることもあるため、事前に法人のイベント情報を確認しておきたい。
アクセス
JR帯広駅から北東へ約1.3キロメートル、徒歩でおよそ16分。車なら6分ほど。駅前バスターミナルから十勝バスに乗れば、7〜8分で東4条9丁目に着く。市街地は平坦な格子状の街路なので、暖候期に運用されるレンタサイクルとも相性がよい。
撮影の可否は公表されていない。外観はともかく、室内や展示資料を撮る前には当日の係の方に一声かけるのが無難である。
Q&A
- 旧双葉幼稚園園舎は見学できますか。公開はいつですか。
- 公開期間中は内部を見学できます。2026年は5月2日から10月31日まで、土日祝日のみ10時〜15時の開園です。冬期は閉園します。日程は年によって前後するため、NPO法人「双葉の露」の公式サイトで確認してから訪ねてください。
- 旧双葉幼稚園園舎の入園料はいくらですか。
- 定額の入園料は設定されていません。管理団体は施設維持への協力として一口300円以上の任意の協力金を案内しており、何口でも可としています。観光サイトには大人300円と記載されている例もあるので、その程度は用意しておくとよいでしょう。
- 帯広駅から旧双葉幼稚園園舎へはどう行きますか。
- JR帯広駅から北東へ約1.3キロメートル、徒歩約16分です。車では約6分。駅前バスターミナルから十勝バスに乗り、7〜8分の東4条9丁目下車という経路もあります。
- 旧双葉幼稚園園舎の遊戯室はどこが特別なのですか。
- 八角形の平面をもち、天井を張らずにドームまで吹き抜けている点です。八角形の壁の上部を高窓が一周し、四方から光が入ります。四つの面には保育室が接続します。この遊戯室中心の平面は近代幼稚園の基本計画のひとつですが、大正期の実例はほとんど残っていません。
- 旧双葉幼稚園園舎には建物のほかに何が展示されていますか。
- 昭和2年に日米親善人形使節として贈られた青い目の人形ベティ・ジェーン・ローズのほか、フレーベルの教育教具である恩物、保育日誌、運動会の記録、写真など百年分の資料が並びます。整理が続いており、未公開の資料もあります。
基本データ
| 名称 | 旧双葉幼稚園園舎(ふたばようちえんえんしゃ) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道帯広市東四条南一〇丁目9番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物) |
| 指定年 | 平成29年(2017年)7月31日 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造、鉄板葺、建築面積302.16平方メートル |
| 所有者 | 日本聖公会北海道教区 |
| 公開状況 | 5月上旬〜10月末の土日祝日、10時〜15時。NPO法人「双葉の露」が管理。入園は一口300円以上の任意協力金 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)旧双葉幼稚園園舎
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/00004990
- 文化遺産オンライン 旧双葉幼稚園園舎
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/222744
- 帯広市 帯広市の国指定文化財 旧双葉幼稚園園舎
- https://www.city.obihiro.hokkaido.jp/bunka/rekishi/bunkazai/1011019/1005208.html
- NPO法人「双葉の露」(管理団体)
- https://futabanotuyu.com/
- 帯広観光コンベンション協会 旧双葉幼稚園
- https://obikan.jp/post_spot/19741/
最終更新日: 2026.08.27