近江から札幌へ運ばれた江戸前期の茶室

八窓庵(旧舎那院忘筌)は、北海道札幌市中央区の中島公園内にある江戸時代前期の茶室で、昭和11年(1936年)9月18日に指定され、現在は国の重要文化財として保護されている。北海道で唯一の国指定茶室であり、茶室忘筌席とも呼ばれる。

建てられた場所はここではない。もとは近江国、小堀遠州の居城であった小室城(現在の滋賀県長浜市)の敷地内にあった。江戸初期の建築と庭園の趣味を大きく方向づけた大名茶人・小堀政一(遠州)の作と伝わり、いわゆる遠州三茶室のひとつに数えられる。正確な建築年は不詳で、国指定文化財等データベースは年代を1615年から1660年の間と記録するにとどまる。

北へ移るまでに三世紀を要した。茶室は長浜八幡宮の俊蔵院へ移り、次いで川崎村の円教寺を経て、長浜町の舎那院に移築された。指定名称に「旧舎那院忘筌」とあるのはこのためである。大正8年(1919年)に札幌の実業家・持田謹也が譲り受けて解体し、部材を北海道まで運搬した。大正14年(1925年)、現在の中央区北4条西12丁目にあった自邸内で組み立てられ、このとき四畳半の三分庵と水屋が増設された。増設分は指定の対象外である。

指定の経緯と、この茶室の特異なところ

八窓庵は昭和11年(1936年)9月18日、国宝保存法により旧国宝に指定された。昭和25年(1950年)に文化財保護法が施行されて重要文化財となり、札幌市はこの日付を昭和25年8月29日と記録している。文化庁のデータベースは指定年月日として1936年を掲げるため、どちらの法律を基準にするかで信頼できる資料の間に二つの年が並ぶことになる。

間取りは二畳台目。本畳2枚に点前座の台目畳が付く、草庵の茶室としても小さな部屋で、一重の切妻造、屋根は現在銅板で葺かれている。名の由来は開口部の数にある。連子窓が3つ、壁の下地の竹小舞をそのまま見せる下地窓が4つ、下から突き上げて開ける突上窓が1つ。合わせて八窓となる。茶室は光を絞るのが通例だから、この広さで八つというのは意図的に定石を外した設計といえる。

材料も見どころが多い。壁は土壁で、京都付近で産出する聚楽土が用いられている。客座の天井は蒲の葉を筵のように編んだもの。炉前に立つ中柱は赤松の皮付き丸太で、遠州が自ら釿(ちょうな)をかけて仕上げたものと伝わる。茶室正面には「忘筌」の扁額が掲げられ、遠州自筆と見られている。忘筌とは茶筅を持つ手を忘れるほどという意で、作者の満足の表れと言われる。

倒壊と復旧、そして現在の見学方法

平成17年(2005年)3月、冬期に積雪荷重から建物を守るため毎年仮設されていたプレハブの上屋が倒壊した。下敷きとなった八窓庵と水屋は全壊、三分庵は半壊した。構造材も造作材もことごとく折れ、割れた。

それでも指定は解除されなかった。修理では補強したうえで旧材をできる限り再用する方針がとられた。土壁は木舞をできる限り再用し、壁土は保管されていた元の土を練り直して不足分だけ新たに足している。最も難しかったのが中柱で、2か所で破断して3本になっていた。内部にヒノキ材の補強材を入れ、アクリルエマルジョンによる減圧含浸で強化したうえで再び立てられた。修復作業が終わったのは平成20年(2008年)10月である。解体調査の際には屋根裏の小屋束東面から棟札2枚(明治35年・大正14年)が見つかり、持田が部材を札幌へ運び組み立てた経緯が裏づけられた。

その前史も触れておきたい。昭和25年(1950年)に住宅とともに実業家・長沢栄一の所有となった八窓庵は、昭和46年(1971年)9月に札幌市へ寄贈され中島公園に移された。このとき建物は解体されず、深夜にトラックで市内を運ばれている。周囲に露地が作庭されたのは昭和62年(1987年)のことである。

内部は公開されていない。見学は中島公園の日本庭園から外観を眺める形になるが、その環境こそが眼目でもある。日本庭園は昭和38年(1963年)に開園し、全国の名灯籠の形をなぞった石灯籠12基が置かれている。庭園は冬期に閉園し、例年4月下旬から11月上旬までの開園、時間はおおむね午前9時から午後5時、入園は無料。開閉園日はその年の雪の状況で動くため、春先や晩秋に訪れるなら中島公園管理事務所に確認しておくと確実である。

地下鉄南北線の中島公園駅から徒歩約5分。外観の撮影に制限は設けられていない。同じ公園内には明治13年(1880年)に開拓使が建てた重要文化財の豊平館もあり、一度の来園で約250年の隔たりを持つ二棟の国指定建造物を見ることができる。

Q&A

Q八窓庵の内部は見学できますか?
A内部は原則として公開されていません。見学は外観のみとなります。周囲の露地や日本庭園とあわせて、建物の姿を庭から眺める形になります。
Q八窓庵はいつ見学できますか。入園料は必要ですか?
A中島公園内の日本庭園の開園に合わせての見学となります。庭園は冬期閉園で、例年4月下旬から11月上旬まで、おおむね午前9時から午後5時に開園し、入園は無料です。開閉園日は雪の状況で毎年前後するため、季節の変わり目は中島公園管理事務所への確認をおすすめします。
Q八窓庵という名前はどこから来ていますか?
A室内に八つの開口部があることに由来します。内訳は連子窓3、下地窓4、突上窓1。茶室は本来窓を少なく取るものですから、二畳台目という狭い空間に八窓というのは異例です。
Q現在建っている八窓庵は当初の建物ですか?
A復元ではなく、修理された当初材による建物です。平成17年(2005年)3月に冬囲いのプレハブ上屋が倒壊して全壊しましたが、指定は解除されず、平成20年(2008年)の修復では補強可能な旧材を可能な限り再用しました。3本に折れた赤松の中柱もヒノキ材で補強のうえ再び立てられています。
Q滋賀県の茶室がなぜ札幌にあるのですか?
A長浜周辺の寺社を転々としたのち、大正8年(1919年)に札幌の実業家・持田謹也が譲り受けて解体し、部材を北海道へ運びました。大正14年に自邸内で組み立てられ、昭和46年(1971年)に札幌市へ寄贈されて中島公園に移されています。
Q八窓庵へのアクセスを教えてください。
A地下鉄南北線の中島公園駅から徒歩約5分、公園内の日本庭園にあります。同じ公園内には重要文化財の豊平館もあり、あわせて歩いて回れます。

基本データ

名称八窓庵(旧舎那院忘筌)(はっそうあん(きゅうしゃないんぼうせん))
所在地北海道札幌市中央区南一一条西四丁目 中島公園内
指定区分重要文化財(近世以前/住宅)
指定年昭和11年(1936年)9月18日(国指定文化財等データベース)/札幌市は文化財保護法施行に伴う昭和25年(1950年)8月29日と記録
員数1棟(後補の三分庵・水屋は指定対象外)
寸法二畳台目茶室、一重、切妻造、銅板葺/江戸前期(1615年~1660年)
所有者札幌市
公開状況外観のみ見学可(内部非公開)。中島公園日本庭園内。庭園は例年4月下旬~11月上旬、おおむね9:00~17:00、入園無料。冬期閉園

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)/八窓庵(旧舎那院忘筌)
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/1
文化遺産オンライン/八窓庵(旧舎那院忘筌)
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/145201
中島公園 公式サイト/園内名所
https://www.sapporo-park.or.jp/nakajima/?page_id=7945
札幌市/札幌の文化財
https://www.city.sapporo.jp/shimin/bunkazai/pdf/index.html

最終更新日: 2026.08.27