七畳半ほどの建物に残された、建立の記録
正行寺鐘楼は、北海道厚岸郡厚岸町梅香にある明治41年(1908年)建立の木造鐘楼で、平成21年(2009年)8月7日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。面積はわずか7.5平方メートル。畳にして四畳半をやや上回る程度の、方一間の吹放ち鐘楼です。
これほど小さな建物でありながら、正行寺には建設の経過を書きとめた「記録帳」が伝わっています。それによれば、明治41年10月上旬、当時の総代であった上田勘兵衛が鐘楼の寄附を申し出ました。大工は四、五名。昼夜の別なく作業をこなし、同じ月のうちに落成しています。
裏づけは建物自身にもあります。鐘楼の虹梁の内側には「維時明治四拾壹年拾月吉日鐘楼建築竣成・願主上田勘兵衛」と刻まれている。文書と刻銘が一致する建造物は、規模の大小にかかわらず貴重です。誰が、いつ、なぜ建てたのかが確定できる建物は、実はそれほど多くありません。
四方転びの柱と、三斗組の軒
吹放ちとは、壁を設けず柱だけで屋根を支える形式のことです。梵鐘を吊るすためには音が抜けなければならず、鐘楼はしばしばこの形をとります。正行寺鐘楼は入母屋造。屋根の重量を、四本の方柱だけで受けています。
その四本が、少しずつ内側に傾いています。四方転びと呼ばれる技法で、脚を開いた脚立のように柱を据えることで、横からの力に対して構造が粘る。柱は唐戸面取といって、角に細かな面をとってあります。
柱を締める四段の貫
柱を固めているのは、足固貫、内法貫、頭貫、台輪の四段。足元、中程、頭、そして頭のさらに上と、高さを変えて水平材を通し、四本の柱を一つの籠のように編み上げています。壁がなくても倒れない理由がここにあります。
軒を見上げる
柱の上には三斗組。中備には蟇股(かえるまた)が入ります。蟇股は本来、上からの荷重を受けるための部材ですが、輪郭が装飾的に扱われることも多く、その形を眺めるだけで時代の気分が伝わってきます。垂木は一軒疎垂木。天井は格天井を張っています。壁のない小さな建物に、これだけの手が入っている。
屋根が三度変わり、鐘は二度替わった
今の屋根は銅板葺ですが、建立当初はイチイ材の柾葺きでした。厚岸町の資料によれば、大正12年(1923年)と平成20年(2008年)の二度にわたって改修され、現在の姿になっています。北海道の気候のもとで木の屋根を維持することの難しさが、そのまま履歴に刻まれているといえます。
梵鐘にも来歴があります。建立当初の鐘は、明治41年3月下旬に越中(現在の富山県)高岡市から運ばれてきたもの。高岡は江戸期以来の鋳物の町です。しかしこの鐘は第二次世界大戦中に金属供出で失われ、現在つり下がっているのは昭和32年(1957年)に製作されたものです。建物は残り、中身は入れ替わった。鐘楼という建物の来歴としては、決して珍しい話ではありません。
登録の理由も、この文脈のなかにあります。正行寺鐘楼の登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。すぐ南東に建つ正行寺本堂は、寛政11年(1799年)に新潟県で建てられた満長寺本堂を購入して移築したもので、平成4年(1992年)に国の重要文化財に指定されています。本堂が厚岸に運ばれ組み直された明治期と、鐘楼が建った明治41年はほぼ重なる。厚岸町は、明治期に整えられた伽藍の景観を伝える建物として鐘楼を位置づけています。登録番号は01-0103です。
訪ねるときに
正行寺は真宗大谷派の寺院で、明治12年(1879年)に札幌別院在勤の朝日恵明が厚岸に派遣され、厚岸説教所を開いたことに始まります。明治16年に正行寺の寺号を許されました。鐘楼は、北面する本堂の北西に、南北棟で建っています。位置関係を頭に入れておくと、境内に入ってすぐ見つかります。
アクセスは、JR花咲線の厚岸駅からバスで桜通り下車、徒歩3分。車なら厚岸駅から約3キロです。厚岸は牡蠣で知られる港町ですから、道の駅や牡蠣島弁天神社とあわせて半日ほど見ておくとよいでしょう。
境内は寺院の私有地です。鐘楼は屋外に建っているため外観は境内から眺められますが、撮影や立ち入りの範囲については寺院の指示に従ってください。本堂は重要文化財であり、内部の拝観については別途、事前の問い合わせが必要です。
Q&A
- 正行寺鐘楼は見学できますか。拝観料はかかりますか。
- 鐘楼は境内の屋外に建つため、外観は境内から眺められます。ただし境内は寺院の私有地であり、拝観の可否や料金の有無は寺院の判断によります。訪問前に問い合わせてください。
- 正行寺鐘楼へのアクセスは。厚岸駅からどのくらいですか。
- JR花咲線の厚岸駅からバスに乗り、桜通りで下車して徒歩3分です。車の場合は厚岸駅からおよそ3キロ。所在地は厚岸町梅香1丁目です。
- 正行寺鐘楼の梵鐘は、建立当初のものですか。
- いいえ。建立当初の梵鐘は明治41年3月下旬に越中高岡(現在の富山県高岡市)から運ばれたものでしたが、第二次世界大戦中に金属供出で失われました。現在の梵鐘は昭和32年(1957年)に製作されたものです。
- 正行寺鐘楼と、重要文化財の正行寺本堂はどう関係しているのですか。
- 鐘楼は本堂の北西に建っています。本堂は寛政11年(1799年)に新潟県で建てられた満長寺本堂を購入して厚岸に移築したもので、平成4年に国の重要文化財に指定されました。本堂の移築時期と鐘楼の建立時期がともに明治期にあたることから、鐘楼は当時の伽藍景観を伝える建物として登録されています。
- 正行寺鐘楼の建築で、どこを見ればよいですか。
- 四本の方柱がわずかに内傾する四方転びの据え方、柱を四段の貫と台輪で締めた構成、そして軒下の三斗組と中備の蟇股です。見上げれば格天井も確認できます。屋根は建立当初のイチイ材の柾葺きから改修を経て、現在は銅板葺です。
基本データ
| 名称 | 正行寺鐘楼(しょうぎょうじしょうろう) |
|---|---|
| 所在地 | 北海道厚岸郡厚岸町梅香1-19他 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準「国土の歴史的景観に寄与しているもの」/登録番号 01-0103 |
| 指定年 | 平成21年(2009年)8月7日登録(告示は同年8月25日) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 方一間の吹放ち鐘楼、入母屋造、銅板葺/面積7.5平方メートル |
| 所有者 | 宗教法人正行寺 |
| 公開状況 | 境内の屋外に所在。境内は寺院の私有地のため、見学は寺院の指示に従う |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 正行寺鐘楼
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00007711
- 厚岸町 — 厚岸町の文化財「正行寺鐘楼」
- https://www.akkeshi-town.jp/syoukai/rekishi_bunka/culture/shouro/
- 厚岸町 — 厚岸町の文化財「正行寺本堂」
- https://www.akkeshi-town.jp/syoukai/rekishi_bunka/culture/shogyoji/
最終更新日: 2026.08.27