ウサクマイ遺跡群 — 北海道千歳の聖なる鮭の川がはぐくんだ7000年の人類史
北海道南部、千歳川と湧水の名水で知られる内別川(ナイベツ川)が出会う森の台地に、日本でも類を見ない考古学的景観が静かにたたずんでいます。「ウサクマイ遺跡群」は、約7000年前の縄文時代早期から近世のアイヌ文化期に至るまで、人々の暮らしの跡を切れ目なく残す稀有な遺跡群です。1979年(昭和54年)に国の史跡に指定されたこの146ヘクタールの保護地区は、千歳市蘭越(らんこし)に広がっており、訪れる人は古代の竪穴住居跡のくぼみが地表に刻まれた森の中を歩くという、まさに時間を旅するような体験ができます。
七千年の人類史が層をなす「野外博物館」
ウサクマイ遺跡群は、千歳市街から西へ約5キロメートル、千歳川と内別川に挟まれて東西に細長く伸びるウサクマイ台地と、その裾部の川岸に集中して分布する22の遺跡から構成されています。この遺跡群の真の価値は、その「連続性」にあります。考古学的調査によって、縄文時代早期2か所、前期2か所、中期4か所、後期2か所、晩期2か所、続縄文時代5か所、擦文(さつもん)時代11か所の遺跡が確認されており、さらに近世の炭窯も多数発見されています。これは、人類史の長い時間軸が、ひとつの場所に重層的に刻み込まれていることを意味します。
これほど長く人々がこの地を選び続けた理由は、川辺に立てばすぐに分かります。全長わずか2.5キロメートルの内別川は、60か所以上の湧水によって育まれ、環境省の「名水百選」にも選定された清流です。そして秋になれば、何千年も変わらず鮭が遡上してきます。古代の人々にとって、ここは清らかな水と豊かな食料、そして安定した暮らしを約束する特別な場所だったのです。
発見と国指定への道のり
この豊かな考古学的世界を最初に世に知らしめたのは、昆虫学者でもあり考古学者でもあった河野広道(こうの ひろみち)でした。昭和初期、河野は川辺に集落跡が存在することを確認し、この発見が後の本格調査の出発点となります。以後、計7次にわたる発掘・確認調査が積み重ねられ、その膨大な学術的成果に基づき、1979年(昭和54年)5月23日、国の史跡として正式に指定されました。
なぜ国の史跡に指定されたのか
本遺跡群が国の史跡として高く評価された理由は、大きく三つあります。第一に、縄文早期からアイヌ文化期に至るまでの長期にわたる文化変遷を一か所で追跡できる極めて稀な遺跡群であること。第二に、個々の遺跡から国家的価値を持つ重要な遺物が出土していること。そして第三に、特定の遺跡では地質的条件によって有機質遺物が非常に良好に保存されており、通常は失われてしまう先史環境に関する情報が得られる可能性があることです。
とりわけウサクマイA遺跡からは、28基の墓壙が発見されており、副葬品として蕨手刀(わらびでとう)、刀子(とうす)、擦文土器、北大式土器、土師器(はじき)などが出土しています。これらは擦文時代(おおむね7世紀から13世紀ごろ)に北海道と本州・東北地方との間で物資・文化の交流が活発に行われていたことを物語る具体的な証拠です。さらに、本州から渡来した皇朝十二銭の一つ「富壽神寳(ふじゅしんぽう)」も発見されており、本土との長距離交流の存在を裏付けています。
魅力と見どころ
ウサクマイC遺跡見学コース
22の遺跡のうち、現在一般に公開されているのは「ウサクマイC遺跡」のみですが、これがまさに圧巻です。擦文時代(約1100〜1300年前)の竪穴住居跡が、地表に79か所もの明瞭なくぼみとなって残されており、見学コースに沿って歩きながらそのひとつひとつを確認することができます。各住居跡には小さな表示板が、入口には解説板が設置されていて、これほどの規模の集落跡を一度に体感できる場所は全国でも限られます。
ウサクマイAとJ遺跡の宝
ウサクマイA遺跡そのものは一般公開されていませんが、出土した副葬品の一部や関連資料は千歳市埋蔵文化財センターで研究・展示されています。また、ウサクマイJ遺跡の一部には落葉や落枝からなる泥炭層が形成されており、縄文時代前期の土器とともに動植物遺体が良好な状態で残されています。今後の調査で木器など有機質の遺物が新たに発見される可能性も期待されています。さらに本遺跡群全体からは、縄文時代末期に作られた男性土偶や、8世紀ごろオホーツク海沿岸地域で栄えたオホーツク文化式の土器なども出土しており、北方海域とのつながりも示唆されています。
地名「ウサクマイ」が語ること
「ウサクマイ(烏柵舞)」という地名そのものが、この地の歴史を雄弁に語ります。アイヌ語の「オ・サッ・クマ・ナイ(o-sat-kuma-nay)」、すなわち「川尻・乾かす・棚・川」に由来し、秋にこの川辺に張り巡らされた鮭を干すための棚を意味しています。アイヌの人々は「ウライ(uray)」と呼ばれる梁(やな)を仕掛けて、産卵を終えた脂分の少ない鮭(ホッチャレ)を大量に捕獲し、それを干して長期保存していました。地名のなかに、一年の生活サイクルがまるごと封じ込められているのです。
アクセスと周辺情報
行き方
JR千歳駅または新千歳空港から、中央バス支笏湖線に乗車し、「烏柵舞橋(うさくまいばし)」または「孵化場入口(ふかじょういりぐち)」のいずれかで下車、徒歩約15分でウサクマイC遺跡見学コースの入口に到着します。お車の場合は、千歳市街地から道道16号支笏湖公園線を支笏湖方面へ約5キロメートル走り、千歳川を渡る直前の交差点を右折、サイクリングロードに沿って1.3キロメートル進み、再度千歳川を渡るとすぐに見学コース入口です。
安全に関する重要なご案内
遺跡周辺ではヒグマの目撃情報が頻繁に寄せられています。見学の際は熊鈴を携行し、単独行動は避け、千歳市の最新のヒグマ情報を必ず事前に確認してください。早朝・夕暮れ・視界の悪い時間帯の入山はお控えください。また、夏季には夏草が生い茂り遊歩道が分かりづらくなるため、長袖・長ズボンの着用と水分補給などの準備をおすすめします。
周辺の見どころ
ウサクマイ遺跡群の周辺には、訪問と組み合わせて楽しめる魅力的なスポットが数多くあります。日本屈指の透明度を誇るカルデラ湖「支笏湖」は車でわずかに足を伸ばせば到達でき、夏季には遊覧船やカヌーが楽しめます。「さけの里ふれあい広場」や「サケのふるさと千歳水族館」では、千歳川を遡上する鮭の姿を間近で観察でき、何千年もこの地の暮らしを支えてきた鮭文化を実感できます。「名水ふれあい公園(蘭越浄水場)」では名水百選に選ばれた内別川の湧水景観を楽しめ、千歳市埋蔵文化財センターではウサクマイ遺跡群の遺物展示や調査資料に触れることができます。
Q&A
- 遺跡から出土した実物の遺物は見学できますか?
- 遺跡現地には遺物の常設展示はございません。ウサクマイA遺跡から出土した副葬品やJ遺跡の土器などの重要遺物は、千歳市埋蔵文化財センターおよび関連研究機関で保管・研究されています。C遺跡の見学コースと同センターを併せて訪れることをおすすめいたします。
- 見学にはどのくらい時間が必要ですか?
- ウサクマイC遺跡の見学コース自体は、ペースや個々の住居跡をじっくり眺める時間によりますが、おおよそ30分〜1時間ほどでお楽しみいただけます。市街地からの往復と入口の解説板での見学を含めると、合計で2時間ほどを目安にしてください。
- 入場料はかかりますか?
- いいえ、見学コースは無料で年間を通じて開放されています。ただし冬季は積雪により散策が困難または不可能となります。トイレや自動販売機などの設備は入口にございませんので、事前にご準備のうえお越しください。
- いつ訪れるのが最適ですか?
- 晩春(5〜6月)と秋(9〜10月)が一般的に最も快適な時期です。春には新緑が美しく、秋には千歳川の鮭の遡上時期と重なります。盛夏は下草が繁茂しやすく、冬季はスノーシューなど本格的な装備が必要です。訪問前に必ず千歳市の最新ヒグマ情報をご確認ください。
- なぜ一か所にこれほど多くの時代の遺跡が重なっているのですか?
- 湧水による清らかな水、豊富な鮭の遡上、森林資源へのアクセスの良さ、そして川辺の安定した台地という地形条件が、人々の定住に絶好の環境を提供し続けたためです。良好な条件が長く維持される場所には、世代を超えて人が戻ってくる——ウサクマイでは、それが約7000年にわたって続いたのです。
基本情報
| 名称 | ウサクマイ遺跡群(うさくまいいせきぐん) |
|---|---|
| 指定区分 | 国指定史跡 |
| 指定年月日 | 1979年(昭和54年)5月23日 |
| 所在地 | 北海道千歳市蘭越 |
| 保護面積 | 約146ヘクタール |
| 遺跡数 | 22の遺跡群および近世の炭窯多数 |
| 対象時代 | 縄文時代早期〜晩期、続縄文時代、擦文時代、アイヌ文化期 |
| 公開状況 | ウサクマイC遺跡見学コース(無料・通年開放、冬季は積雪により制限あり) |
| アクセス | JR千歳駅または新千歳空港から中央バス支笏湖線「烏柵舞橋」または「孵化場入口」下車、徒歩約15分 |
| お問い合わせ | 千歳市教育委員会教育部埋蔵文化財センター(TEL: 0123-24-4210) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース ウサクマイ遺跡群(文化遺産オンライン)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/160438
- ウサクマイ遺跡群|北海道千歳市公式ウェブサイト
- https://www.city.chitose.lg.jp/c40/1002692/1002693/1002694/1004877.html
- ウサクマイ遺跡群 - Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/ウサクマイ遺跡群
- ウサクマイ遺跡群とは - コトバンク(国指定史跡ガイド)
- https://kotobank.jp/word/ウサクマイ遺跡群-1443324
- ウサクマイC遺跡見学コース | 北海道Style
- https://hokkaido-travel.com/spot/visiting/ho0914/
- ウサクマイ遺跡群の森自然観察教育林|北海道森林管理局
- https://www.rinya.maff.go.jp/hokkaido/policy/system/rekumori/sizenkansatu/usakumai_isekigunnomori/index.html
最終更新日: 2026.05.10