但馬の静かな山懐に佇む古社

兵庫県北部、かつて但馬国と呼ばれた地の山あいに、六百年以上の歳月を静かに積み重ねてきた古い神社があります。朝来市和田山町枚田に鎮座する赤淵神社(あかぶちじんじゃ)です。内高山の麓に佇むその本殿は、昭和45年(1970年)に国の重要文化財に指定された、室町時代初期の貴重な建造物。雲海に浮かぶ竹田城跡など但馬を代表する名所を訪れる旅人のなかでも、わずか数キロ先にこれほどの歴史的遺構が眠っていることに気づく人は多くありません。訪れる人の足音を、杉木立のざわめきと小鳥の声がそっと迎えてくれる、穏やかな静寂の社です。

海龍王とアワビの伝承

赤淵神社の起源は、はるか古代にまでさかのぼります。社伝によれば、継体天皇25年(507年)の創建とされますが、歴史的には舒明天皇の御代(629〜641年)に、嫡孫の日下部宿禰(くさかべのすくね、表米宿禰命とも)が但馬国造に任じられた際、始祖である赤淵足尼神(あかぶちすくねのかみ)を内高山に祀ったことを起源とする説が有力です。

この神社にまつわる最も有名な伝承は、大化元年(645年)の出来事です。表米宿禰命が、丹後の白糸の浜に来襲した新羅(しらぎ)の賊を討伐した際、嵐によって船が沈没しかけました。そのとき海中から無数のアワビが浮かび上がって船体を支え、一行は無事に勝利を収めたと伝えられます。表米宿禰命はこれを海神の加護と悟り、アワビを丁寧に衣で包んで鎧箱に納め、持ち帰って赤淵神社に祀ったといいます。この伝承から、日下部氏の子孫のなかには、現在もアワビを食べない風習を守る家がある、とも伝えられています。

祭神は、海神である大海龍王神(だいかいりゅうおうのかみ)、祖先神の赤淵足尼神、そして表米宿禰神の三柱。内陸の山深い地にあって、海神と深く結びついた独自の祭祀の記憶を今に伝えています。

室町時代初期の貴重な遺構

現在の本殿は、室町時代初期から中期にかけての永徳〜応永年間(1381〜1427年頃)に建立されたと考えられています。建築様式は三間社流造(さんけんしゃながれづくり)で、屋根はこけら葺(こけらぶき)。薄く割った檜の板を重ねて葺く伝統的な技法で仕上げられています。

桁行約4.8メートル、梁間約3.1メートルと規模自体は大きくありませんが、その細部には高い技量が宿っています。正面庇部分は昭和初期に改造されたものの、母屋には組物、蟇股(かえるまた)、木鼻(きばな)といった創建当初の部材がよく残されており、妻飾りの意匠も整ったものが見られます。元和8年(1622年)、正保5年(1648年)、寛文5年(1665年)、元禄7年(1694年)、元文5年(1740年)、宝暦10年(1760年)、天明5年(1785年)と、社殿は幾度もの修復を重ねながら守られてきました。平成3年(1991年)には文化庁の補助により、本殿と履屋(おおいや)の大規模な修復工事が実施されています。

重要文化財に指定された理由

赤淵神社本殿は、昭和45年(1970年)6月17日、国の重要文化財に指定されました。その価値は、兵庫県内に残る三間社流造本殿のなかでも特に古い部類に属する点にあります。但馬地方には、かつて多くの中世社殿が存在したと考えられますが、創建当初の姿をとどめて現存する例は多くありません。創建時の構造材を良好に保ち、組物や蟇股、木鼻の彫刻などに室町期特有の洗練された造形を伝えるこの本殿は、中世日本の神社建築の発展を研究するうえで、欠くことのできない貴重な遺構となっています。

訪れる人への見どころ

鳥居をくぐると、古い杉に囲まれた石段が続きます。石段を上ると、楼門・随神門・勅使門という三つの門が順に並ぶ、地方の神社としては格式の高い構成に出会います。楼門は宝暦2年(1752年)の造営で、朝来市指定文化財。勅使門は元禄7年(1694年)に八木城主・八木勘十郎宗織によって再建された歴史を持ちます。

本殿は覆屋のなかに護られており、貴重な木造社殿を風雨から守る工夫が施されています。覆屋越しに優美な屋根の曲線や組物の細工を望むことができ、室町時代の匠の技を間近に感じ取ることができるでしょう。境内には、春秋の祭礼の名残を伝える土俵も設けられています。境内に響くのは、木々のざわめきと遠くの鳥のさえずりばかり。深い静けさのなかに、千数百年の時の重みが凝縮しているかのような場所です。

周辺観光情報

赤淵神社の周辺、朝来市和田山エリアには、日本有数の歴史・風景の名所が集中しています。最も有名なのは、南へ車で約20分の位置にある竹田城跡。秋の早朝に雲海に浮かぶ幻想的な姿から「天空の城」「日本のマチュピチュ」とも呼ばれ、円山川を見下ろす尾根上に広がる壮大な石垣は、西日本屈指の絶景として多くの旅人を惹きつけています。

より近隣では、同じく日下部氏ゆかりの祖神を祀る表米神社(ひょうまいじんじゃ)があり、竹田城跡への登山道の起点のひとつにもなっています。南の生野地区には、往時の銀山町の面影を残す生野銀山跡があり、坑道内を見学することができます。自然を楽しむなら、西日本随一の釣り場として知られる生野ダム(銀山湖)や、竹田城跡を一望する立雲峡が定番のスポット。和田山地区は特産の岩津ねぎでも知られ、近年は地元食材を活かしたクラフトビール「あさごエール」も人気を集めています。

Q&A

Q本殿は直接拝観できますか?
A本殿は覆屋(履屋)に納められて保存されているため、建物内部の公開は基本的に行われていません。境内は自由に入ることができ、覆屋越しに屋根や組物の細部を外から拝することができます。
Qどのようにアクセスすればよいですか?
AJR山陰本線・和田山駅から南西へ約3km。お車の場合は、北近畿豊岡自動車道・和田山ICからすぐの距離にあり、鳥居付近に小さな駐車場があります。
Q拝観料はかかりますか?
A拝観料は不要で、境内は自由に参拝できます。常駐の社務所はありませんので、静かな雰囲気と地域の方々の信仰の場であることを大切にしながらお参りください。
Q訪れるのに最適な季節は?
A新緑の春と、特に11月中旬頃の紅葉シーズンがおすすめです。秋の早朝であれば、竹田城跡の雲海と合わせて訪れるプランも人気があります。
Q本殿の建築様式にはどのような特徴がありますか?
A三間社流造は、正面三間の社殿の前面屋根を大きく前方へ延ばして向拝とする神社建築様式です。赤淵神社本殿は、兵庫県内に残る三間社流造のなかでも特に古い部類に属し、組物・蟇股・木鼻など室町時代の部材を良好に残している点が大きな特色です。

基本情報

名称 赤淵神社本殿(あかぶちじんじゃほんでん)
所在地 兵庫県朝来市和田山町枚田
建立年代 室町時代初期〜中期(1381〜1427年頃)
建築様式 三間社流造、こけら葺
規模 桁行約4.8m、梁間約3.1m、1棟
祭神 大海龍王神、赤淵足尼神、表米宿禰神
文化財指定 国指定重要文化財(1970年6月17日指定)
所有者 赤淵神社
最寄駅 JR山陰本線・和田山駅から南西へ約3km
拝観 境内自由・無料

参考文献

赤淵神社本殿 – 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/db/heritages/detail/186576
国指定文化財等データベース – 文化庁
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2429
赤淵神社 – 朝来市教育委員会(朝来市公式ホームページ)
https://www.city.asago.hyogo.jp/site/kyoiku/1972.html
赤淵神社 – Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/赤淵神社
赤淵神社 – ザ・たじま 但馬事典
https://the-tajima.com/spot/54/
竹田城跡のあるまち – あさごツーリズムビューロー
https://asago-kanko.com/

最終更新日: 2026.04.22