石を積んで建てられた市営住宅

旧芦屋市営宮塚町住宅は、兵庫県芦屋市宮塚町にある昭和28年(1953年)竣工の石造2階建の旧市営住宅で、令和2年(2020年)8月17日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。設計は芦屋市建設部建築課が担当した。通称は旧宮塚町住宅。

芦屋中央通を南へ下ると、左手にクリーム色を帯びた直方体が現れる。周囲は新しい鉄筋コンクリートのマンションが並ぶ一角で、そのなかにこの建物だけが異質な質感を持って立つ。形そのものに凝ったところはない。目を引くのは素材である。

戦後復興期に各地で建てられた公営住宅は、その大半が鉄筋コンクリート造か木造だった。石造の集合住宅は例を見ず、運営者の説明によれば全国で唯一の事例とされる。全国を悉皆調査した結果ではなく、類例が確認できないという意味での「唯一」であるため、確定した事実ではなく強い蓋然性として受け止めておきたい。

なぜ石だったのか

文化庁の解説は壁の構成を簡潔に記す。外壁は凝灰岩とコンクリートブロックを交互に積み重ねたものである。使われた石は日華石。石川県小松市で採れる凝灰岩で、加工しやすく、灰色というよりクリーム色に近い色味を持つ。芦屋市の学芸員は、加工のしやすさが選定理由だったのではないかと述べている。近づくと石の表面には引っかいたような細かい模様があり、一つとして同じ表情の面がない。

ただし、そもそもなぜ石造にしたのかは判然としない。登録にあたって芦屋市がまとめた資料では、昭和20年代のセメント不足と、都市を不燃化せよという当時の政策的な要請が重なった状況が背景として示される。そこで石材の目地に鉄筋を通し、石積みでありながら鉄筋コンクリートに近い挙動を得るという新しい手法が提案されたのではないか、という推測である。市の資料自体が推定の形で書いており、決定の経緯を記した文書は見つかっていない。日本語の解説類も、この点は謎のままだと率直に認めている。

登録が評価したのは、この一点である。適用された登録基準は「再現することが容易でないもの」。登録番号は28-0742、第96回の登録にあたる。

52FC型という間取り

珍しい外壁の内側にあるのは、ごく標準的な設計である。文化庁の記録は、間取りが公営住宅標準設計52FC型を基本とし、台所と居室二室からなると記している。

この標準設計という言葉は、役所の型番以上の意味を持つ。よく知られる51C型は、昭和26年に東京大学の吉武泰水研究室が提案したもので、約35平方メートルのなかに就寝室二室と食事のできる空間を収めた。食事と就寝を同じ部屋で行う暮らしをやめること、親と子の就寝空間を分けること。この二つを狭い面積で同時に成立させる工夫から、台所兼食事室、すなわちダイニングキッチンが生まれた。いま不動産広告に並ぶ2DKや3LDKという表記の出発点である。宮塚町住宅の間取りは、その一年後の系列に連なる。

つまりこの建物には、二つの歴史が同居している。庶民の暮らし方を全国規模で設計しようとした国の計画と、何で建てるかをめぐる芦屋の現場の工夫と。建築面積は177平方メートル、2階に分かれて全8戸が入る。

いまの使われ方と訪ね方

芦屋市は平成29年(2017年)に市営住宅としての用途を終えた。取り壊すのではなく、耐震改修と内装のリノベーションを施し、竣工時の外観を保ったまま、令和元年(2019年)に賃貸の店舗・工房として再開している。事業を担当したのは市の男女共同参画推進課で、芦屋で起業する女性を後押しする施策の一環として進められた。建築保存の担当部署としては珍しい経緯である。

8つの区画には作り手のアトリエや物販、喫茶が入る。これまでにガラス工房、革製品や靴の工房、芦屋で長く続く紅茶店のティーサルーンなどが営業してきた。令和元年以降に入れ替わりもあるため、現在の顔ぶれと営業時間は公式サイトで確かめてほしい。買い物や飲食を目的としない来訪者も歓迎されており、建物を眺めるためだけに立ち寄る人も少なくない。

北側の隣接地は、かつて市営住宅が建っていた跡地である。令和2年から「CITY FARM」というシェア型の農園になった。近隣の住民が土中に埋まっていたコンクリート片を手作業で取り除いて畑にしたもので、庭では小さなマルシェや催しが開かれることもある。

JR芦屋駅から南へ徒歩約10分。建物全体としての入場料や開館時間はなく、受付もない。各店舗がそれぞれの時間で営業しており、多くは日中、定休日は店ごとに異なる。外観は公道からいつでも見られ、歩道からの撮影に支障はない。北へ徒歩15分ほどの大桝町には、同じ登録有形文化財の旧芦屋郵便局電話事務室が残る。

Q&A

Q旧芦屋市営宮塚町住宅は見学できますか。入場料は必要ですか。
A入場料はなく、見学の受付窓口もありません。建物には8つの店舗・工房が独立して入居しているため、内部に入るには各店の営業時間内に訪ねることになります。多くの人の目当てである石積みの外壁は、公道からいつでも見学できます。
Q旧芦屋市営宮塚町住宅はなぜ石造なのですか。
A決定の経緯を記した文書は確認されていません。芦屋市の資料は、昭和20年代のセメント不足と建物の不燃化要請が重なるなかで、石材の目地に鉄筋を挿入する新しい石造の手法が提案されたのではないかと推測しています。日本語の解説類も、理由は解明されていないと明記しています。
Q旧芦屋市営宮塚町住宅に使われている日華石とはどんな石ですか。
A石川県小松市で産出する凝灰岩です。軟らかく加工しやすいうえ、灰色ではなくクリーム色に近い色合いを持ちます。外壁ではこの日華石とコンクリートブロックを交互に積み重ねており、石の表面には引っかいたような仕上げが施されているため、近づくと細かな凹凸が見えます。
Q旧芦屋市営宮塚町住宅への行き方を教えてください。
AJR芦屋駅から芦屋中央通を南へ徒歩約10分、進行方向の左手に建物が見えてきます。周囲は戸建てとマンション、小さな飲食店が混在する住宅地で、低層で横に広がる石造の姿は周囲の建物と質感が違うため見つけやすいはずです。
Q旧芦屋市営宮塚町住宅にはいまも住民が暮らしているのですか。
A住んでいません。約60年にわたる居住利用を経て、芦屋市は平成29年に市営住宅としての用途を終えました。平成30年から令和元年にかけての改修で8戸は賃貸の工房・店舗に転用されています。内装は入居者がそれぞれ手を入れたため、区画ごとに室内の様子は大きく異なります。

基本情報

名称旧芦屋市営宮塚町住宅(きゅうあしやしえいみやづかちょうじゅうたく)
所在地兵庫県芦屋市宮塚町89-1
指定区分登録有形文化財(建造物) 登録番号 28-0742
指定年令和2年(2020年)8月17日登録
員数1棟(全8戸)
寸法石造2階建、建築面積177平方メートル。昭和28年(1953年)建築、平成30年改修
所有者芦屋市
公開状況外観は公道から常時見学可(無料)。内部は入居する各店舗・工房の営業時間内に利用可能

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース ― 旧芦屋市営宮塚町住宅
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00013426
文化遺産オンライン(文化庁)― 旧芦屋市営宮塚町住宅
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/404791
芦屋市 ― 旧芦屋市営宮塚町住宅(市内の指定・登録文化財)
https://www.city.ashiya.lg.jp/gakushuu/bunkazai/miyazukatyoujutaku.html
芦屋市 ― 旧宮塚町住宅活用事業
https://www.city.ashiya.lg.jp/danjo/kyumiyazukachoujyutaku.html
旧宮塚町住宅 公式サイト
https://www.kyumiyazuka.jp/

最終更新日: 2026.08.26