一乗寺五輪塔 ― 元亨元年十月十七日、石に刻まれた日付
一乗寺に残るものの多くは、推定で年代を決めている。大工は組物の輪郭を読み、歴史家は数百年後に書かれた寺の記録を読む。だが境内入口の石段近くに立つこの石塔は、そのどれも要らない。誰かが日付を彫り込んだからだ。元亨元年十月十七日。西暦なら1321年の秋にあたる。
石は言葉を守る。文化庁のデータベースが構造の欄に刻銘を並記し、加西市が「在銘では市内で最も古い」と記すのは、そのためである。
総高155センチ、材は流紋岩。大きくはなく、見落としやすい。石段は視線を国宝の三重塔へと引き上げていくが、この塔は入口の石段の右手奥、木立の窪みで静かに待っている。
五つの石、五つの元素
五輪塔は装飾の形ではない。図式である。
積まれた五つの石は、密教が万物の構成要素とする五大を表す。最下段の方形が地、その上の球形が水、屋根形が火、半月形が風、頂の宝珠形が空。下から上へ、密度のあるものから形なきものへと移っていく。この積み石の下に遺骨が納められるとき、その人は五つの要素へ還されている。
この塔は、五つの輪それぞれの四方に梵字の種子を彫る。「四方五大」と呼ばれる構成だ。悉曇文字の一字が一つの元素、一尊の仏を表す。中世の日本では、その文字自体が聖なるものとして扱われた。現地の誰も梵語を言語として読めなくとも、彫る価値があったのである。塔をひと回りすれば、どの方角でも同じ宇宙観が繰り返される。
年紀の銘は地輪の東面、最下段の方形の石にある。加西市は塔の各部と銘の保存状態を良好と報告する。六百年を屋外で過ごした石造物としては、これはささやかな事実ではない。
ここに建てられた塔ではない
この五輪塔は移されたものだ。もとは円光谷の墓地にあった。円光谷は、一乗寺の本坊である地蔵院の西、学園院跡のさらに西方の谷筋にあたる。
谷のなかには今も平坦面と石組みの水路跡が残る。加西市の資料が、そこに坊があったと考える根拠がこれだ。事実が一つ加わるだけで、対象の見え方が変わる。この塔は寺の門前を飾るために建てられたのではない。谷筋で営まれていた僧坊の墓地に、共同体の建物と死者に囲まれて立っていた。その共同体はいま、山肌に消えている。
年代も、この山にとって興味深い時期を指す。5年前の正和5年(1316年)には、境内入口に石造笠塔婆(兵庫県指定文化財)が建てられた。当時の一乗寺は天台の寺でありながら山内に有力な真言律宗の律院を併設しており、後醍醐天皇の腹心となる僧・文観房弘真は、正応3年(1290年)に少年としてこの地で得度したと伝わる。20代後半に播磨へ戻り開拓事業に尽力したともいい、笠塔婆は彼の監修によるものと見る研究者もいる。この五輪塔が同じ石塔造立の流れに属するかどうかを裏づける文書はない。二次資料には権律師の名を刻銘に読むものもあるが、国のデータベースはそこまで記載していない。データベースが保証するのは、日付である。
探し方
五輪塔は境内の最下部、入口の石段の右手奥にある。つまり、登らずにたどり着ける。石段が注意を奪ってしまう前に、入るときに寄っておくのがいい。あるいは下りてきて、脚が立ち止まる口実を探しているときに。
入口付近には正和5年の石造笠塔婆も立つ。5年の間に彫られた二つの石造物が、どちらも今なお読める状態で残っている。並べて見る価値がある。
重要文化財の指定は昭和28年(1953年)8月29日、指定番号01243。丘の上の社殿より40年遅い。建造物に比べ、石造物が国の制度に入るのは後のことだった。
Q&A
- 五輪塔は何のためのものですか。
- 多くは墓標、あるいは供養塔として建てられます。死者のため、また生者の作善として造立されました。五つの石は密教の説く五大を表しますから、形そのものが、身体は何でできていて何に還るのかという教理の表明にもなっています。
- 正確にはどこにありますか。
- 境内入口、石段の下の右手奥、木立のなかです。境内の最下部にあたるため、石段を登る必要はありません。
- 銘は今も読めるのですか。
- 加西市は塔と銘の保存状態を良好としています。風化した刻字を読むのは専門的な技術で、低い角度の光があると輪郭を追いやすくなりますが、年紀は国のデータベースに記録されているため、その場で判読する必要はありません。
- 1321年なのに「鎌倉」時代とされるのはなぜですか。
- 鎌倉時代は1333年まで続きますので、1321年はその末期にあたります。国のデータベースは時代を鎌倉後期、西暦を1321年としています。なお地元資料には元亨元年を1322年と換算するものもありますが、通行の換算は1321年で、データベースもこれに従っています。
- 他に見るべき石造物はありますか。
- 境内入口には正和5年(1316年)の石造笠塔婆(県指定)、奥の院への参道右手には鎌倉時代末期の石造宝塔2基(県指定)、開山堂のさらに上方「賽の河原」には石造九重塔(市指定)があります。
基本情報
| 名称 | 一乗寺五輪塔(いちじょうじごりんとう)/加西市表記:一乗寺石造五輪塔 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県加西市坂本町 一乗寺境内 |
| 所有者 | 一乗寺 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/昭和28年(1953年)8月29日指定/指定番号 01243 |
| 種別 | 近世以前/その他 |
| 員数 | 1基 |
| 時代・年代 | 鎌倉後期/元亨元年(1321年) |
| 構造及び形式 | 石造五輪塔。元亨元年十月十七日の刻銘がある |
| 材質・総高 | 石造(流紋岩)/総高155cm(加西市による) |
| 旧所在地 | 円光谷(学園院跡西方の谷筋)の墓地。現在地へ移された |
| 交通 | JR姫路駅から神姫バス「社」行きで「法華山一乗寺」下車(約35〜50分)。山陽自動車道・加古川北ICから車で約10分。境内入口の石段右手奥。 |
| 拝観 | 拝観時間8:00〜17:00、拝観料500円。最新情報は寺へご確認ください。 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース「一乗寺五輪塔」(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/2392
- 国指定文化財 一乗寺五輪塔(加西市)
- https://www.city.kasai.hyogo.jp/soshiki/34/1709.html
- 国指定文化財一覧表(加西市)
- https://www.city.kasai.hyogo.jp/soshiki/34/1703.html
- 法華山一乗寺(かさい観光ナビ)
- https://kanko-kasai.com/spot/culture/itijoji/
- 第二十六番 一乗寺(西国三十三所札所会)
- https://saikoku33.gr.jp/place/26
最終更新日: 2026.07.16