八畳二室と、一室だけの洋館

稲岡家住宅離れは、兵庫県加西市三口町813-2にある昭和初期の接客用建物で、平成17年(2005年)7月12日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。

離れという建物の性格を、まず押さえておきたい。母屋から離して建てながら、同じ家に属する。客を通す座敷であったり、隠居の住まいであったり、日々の雑事から切り離しておきたい部屋であったりする。稲岡家の離れは客を迎えるために建てられ、その目的にふさわしい手間がかけられている。

建つのは主屋の西で、壁を接するほど近い。棟の向きは主屋と同じく東西。桁行六間半、梁行三間というから、およそ11.8メートル×5.5メートルの規模になる。屋根は入母屋造の桟瓦葺。主屋と異なりこちらは正真正銘の木造二階建で、建築面積は96平方メートルと記録されている。

内部の構成は思いきりよく単純だ。八畳の座敷が二室、その四周を縁と廊下が取り巻く。詰め込んだところがない。座敷に座れば背後に通路の余裕があり、光は四方から入る。人の行き来は廊下が引き受けるから、畳の上を横切られることもない。

背面に置かれた一室洋館

文化庁の解説文がこの離れの特徴として名指しするのは、背面東方、主屋との取り合い部に配された洋室である。稲岡家はそこに一室だけの洋館を据え、それを独立した小建築として扱った。

屋根は半切妻造。切妻の頂部を斜めに切り落とした形で、英語圏でジャーキンヘッドと呼ばれる屋根にあたる。葺材は敷地の他の建物に使う桟瓦ではなく、フランス瓦。明治後期から国内でも製造されたマルセイユ型の平瓦で、当時これを載せることは外来の様式を示す明快な記号だった。

外壁はドイツ壁。モルタルを投げつけ、あるいは叩きつけて粗い凹凸を残す仕上げで、こてで平滑に均す和風の壁とは肌合いがまるで違う。妻面にはその上から木材を打ち、ハーフティンバー、つまり北ヨーロッパの木骨組を露出させた壁のように見せている。構造を担っているわけではない。播州の在郷で入手できる材料を使って描いた、ヨーロッパの家の絵といってよい。

だからこそ、この一角はゆっくり見る値打ちがある。背面へ回れば、数歩のうちに桟瓦がフランス瓦に変わり、平滑な漆喰が粗いモルタルに変わり、素地の木が装飾の格子に変わる。ひとつの家、ひとつの時代に、良い部屋とは何かをめぐる二つの答えが並び、その継ぎ目が隠されずに残されている。

登録の経緯

登録基準は「造形の規範となっているもの」。第46回の登録で取り上げられ、登録番号は28-0193である。主屋の28-0192のすぐ次に置かれ、登録年月日も平成17年7月12日で同じ、告示も同年8月2日で揃う。二棟はひとつの屋敷を構成するものとして評価された。

年代について、文化庁は「昭和初期」、兵庫県教育委員会の一覧は「昭和戦前期」と記す。いずれも竣工年を特定していないため、おおよその時期と受け取るべきだろう。はっきりしているのは主屋との世代差で、明治末期の主屋に対し、離れは二十年から三十年ほど後の建築にあたる。家に余裕が生まれ、見せるための部屋を建てようという気運が起きた時期である。

登録有形文化財の制度は平成8年(1996年)に発足した。近代の建物を、届け出制という比較的ゆるやかな枠組みで守る仕組みで、住み続けられている家のほうが、保存のために空にされた家よりも長く残るという判断に立っている。この離れは、まさしくその想定に合う建物だ。

見学にあたって

離れは個人の所有で、一般には公開されていない。兵庫県教育委員会の一覧も所有者を「個人」と記す。見学会・公開日・拝観料のいずれも設定されておらず、内部に立ち入ることはできない。洋室を室内から見ることもかなわない。

見学は公道からに限られる。離れは主屋の西、やや奥まった位置にあり、洋館部分は背面東方に置かれているため、道路からの視線は通りにくい。全景を望むというより、部分的に垣間見る程度と考えておくのがよい。角度を稼ごうとして敷地に入ったり塀から身を乗り出したりするのは避けたい。公道からの撮影は差し支えないが、そこから先は住む人への当たり前の配慮の問題である。

加西市へは北条鉄道で入る。粟生駅から北へ向かい、最寄りは法華口駅。三口町までは徒歩20分ほど、タクシーで5分前後である。大正4年(1915年)建設の駅舎自体が平成26年(2014年)に登録有形文化財となっており、いまはパン工房が入っているので、出発点として悪くない。姫路駅から社方面へ向かう神姫バスも周辺を通り、車では山陽自動車道の加古川北インターチェンジが最寄りとなる。

西へ5キロほど行けば、西国三十三所第26番札所の法華山一乗寺がある。承安元年(1171年)の三重塔は国宝、寛永5年(1628年)再建の本堂は重要文化財で、拝観料は500円。加西は現在も酒どころで、市内の酒蔵では冬の仕込み期を中心に、事前予約のうえで蔵の見学を受け付けている。

Q&A

Q稲岡家住宅離れは見学できますか。公開日や拝観料はありますか。
A見学はできません。個人所有で、公開日・見学会・拝観料のいずれも設定されておらず、内部への立ち入りも不可です。登録有形文化財になっても公開義務は生じません。公道から外観の一部を望むにとどまります。
Q稲岡家住宅離れに付属する洋室とは、どのような建物ですか。
A背面東方、主屋との取り合い部に置かれた一室だけの洋館です。屋根は半切妻造でフランス瓦葺、外壁は粗いモルタル仕上げのドイツ壁、妻面には木材を打ってハーフティンバー風に見せています。文化庁はこの洋館をこの建物の特徴として挙げています。
Q稲岡家住宅離れはいつ建てられ、主屋とはどのような関係にありますか。
A昭和初期の建築で、明治末期の主屋より二十年から三十年ほど後になります。主屋の西に接して建ち、棟の向きも東西で揃います。両者は平成17年7月12日に同時に登録され、番号も28-0192、28-0193と連番です。
Q稲岡家住宅離れの「フランス瓦」「ドイツ壁」とは何ですか。
Aフランス瓦は明治後期から国内でも作られたマルセイユ型の平瓦で、洋風を示す材料として用いられました。ドイツ壁はモルタルを叩きつけ、粗い凹凸をあえて残す仕上げです。いずれも敷地内では洋館部分にのみ使われています。
Q稲岡家住宅離れへの行き方と、周辺で立ち寄れる場所を教えてください。
A北条鉄道の法華口駅から徒歩20分ほど、タクシーなら5分前後です。姫路駅発の神姫バス社方面も周辺を通り、車では加古川北インターチェンジが最寄り。駅舎は大正4年築の登録有形文化財、西へ5キロの法華山一乗寺には国宝三重塔があります。

基本データ

名称稲岡家住宅離れ(いなおかけじゅうたくはなれ)
所在地兵庫県加西市三口町813-2
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 28-0193/第46回登録/登録基準「造形の規範となっているもの」
指定年登録 平成17年(2005年)7月12日/告示 同年8月2日
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積96㎡/桁行六間半・梁行三間
所有者個人
公開状況非公開。公道からの外観見学のみ(視線は通りにくい)

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「稲岡家住宅離れ」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004810
文化遺産オンライン「稲岡家住宅離れ」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/189540
兵庫県教育委員会「国登録文化財(建造物)一覧」
https://www.hyogo-c.ed.jp/~shabun-bo/gyouseisituhp/top/31kunitouroku.pdf
文化庁 国指定文化財等データベース「稲岡家住宅主屋」
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004809
加西市「国宝 一乗寺三重塔」
https://www.city.kasai.hyogo.jp/soshiki/34/1685.html

最終更新日: 2026.08.26