柏原藩陣屋跡とは:大名陣屋として原位置に残り、明治に小学校へ転用された藩邸

柏原藩陣屋跡(かいばらはんじんやあと)は、兵庫県丹波市柏原町柏原にある、柏原藩2万石の居館と政庁だった陣屋の跡で、昭和46年(1971年)1月6日に国の史跡に指定された。

丹波市によると、指定地は旧陣屋の敷地のうち藩邸と長屋門を含む一角で、面積は4,248.61平方メートルである。

文化庁によると、柏原藩は慶長3年(1598年)に織田信長の弟の信包が封ぜられ、一時天領となったのち、元禄8年(1695年)に大和の松山から織田信休が移封され、その子孫が明治維新まで藩主を務めた。

柏原藩陣屋跡の歴史

文化庁によると、藩邸は正徳4年(1714年)にはじめて造営されたが、文政元年(1818年)に焼失した。その後再建され、明治5年(1872年)の学制発布により、翌年豊岡県から払い下げられて崇広小学校の校舎となった。

丹波市によると、崇広小学校の名は、安政5年(1858年)に藩主信民が開いた藩校の崇広館に由来する。現存する建物は、玄関・式台と、これに続く書院の上の間・次の間、御使者の間・次の間とこれを取り巻く入側などである。表御門にあたる長屋門は焼失を免れ、正徳の造営当初の遺構を伝えるとみられる。

柏原藩陣屋跡の見どころ

文化庁は、大名陣屋として原位置に残るものはほかにないのできわめて貴重であり、明治の小学校の校舎に転用されて続いてきたことは、日本の学制の発達を知るうえでも数少ない事例であるとしている。

丹波市によると、平成15年度(2003年度)から行ってきた史跡整備工事は平成23年度(2011年度)に完了した。

柏原藩陣屋跡の見学方法

丹波市によると、隣接する丹波市立柏原歴史民俗資料館の入館券を購入すれば、表御殿の内部も見学できる。資料館の開館時間は午前10時から午後5時(入館は午後4時30分まで)で、休館日は月曜日(祝日の場合は翌日)と12月29日から1月3日、入館料は大人210円である。

丹波市によると、JR福知山線の柏原駅から徒歩8分である。問い合わせは柏原歴史民俗資料館(0795-73-0177)へ。

Q&A

Q柏原藩陣屋跡はいつ史跡に指定されましたか?
A昭和46年(1971年)1月6日に指定されました。
Q柏原藩陣屋跡に残る建物は?
A玄関・式台、書院の上の間・次の間、御使者の間などと、表御門にあたる長屋門です。
Q藩邸はなぜ小学校になったのですか?
A明治5年(1872年)の学制発布により、翌年払い下げられて崇広小学校の校舎となりました。
Q柏原藩陣屋跡の価値は?
A大名陣屋として原位置に残るほかにない例で、学制の発達を知るうえでも貴重です。
Q柏原の読み方は?
A「かいばら」と読みます。

基本情報

名称柏原藩陣屋跡(かいばらはんじんやあと)
所在地兵庫県丹波市柏原町柏原
指定区分史跡
指定年昭和46年(1971年)1月6日指定
員数藩邸と長屋門を含む一角
寸法指定面積4,248.61平方メートル(丹波市)
所有者丹波市
公開状況柏原歴史民俗資料館の入館券で表御殿内部も見学可

参考文献

文化庁 国指定文化財等データベース「柏原藩陣屋跡」
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/401/1889
文化遺産オンライン「柏原藩陣屋跡」
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/205913
丹波市「柏原藩陣屋跡」
https://www.city.tamba.lg.jp/soshiki/shakaikyoikubunkazaika/gyomuannai/7/1/2441.html
丹波市「柏原歴史民俗資料館」
https://www.city.tamba.lg.jp/soshiki/shakaikyoikubunkazaika/gyomuannai/5/4/2061.html

最終更新日: 2026.09.30