養父市大屋町大杉:三階建て養蚕住宅が守り伝える但馬の山村風景

兵庫県北部、県下最高峰の氷ノ山の山並みに抱かれた養父市大屋町大杉。大屋川中流域の谷あいに寄り添うように広がるこの小さな集落には、全国的にも極めて珍しい三階建ての養蚕住宅が建ち並び、日本の養蚕文化の黄金期を今に伝えています。

平成29年(2017年)に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された大杉地区は、「山村・養蚕集落」という種別では全国でわずか4地区目、西日本では初めての選定となりました。観光地としてはまだ広く知られていないからこそ、日本の原風景ともいえる静かな山村の暮らしと、先人の知恵が詰まった建築の美しさを、じっくりと味わうことができます。

大杉の養蚕業の歴史

大杉に集落が形成されたのは16世紀半ば頃と考えられています。江戸時代には副業として養蚕が営まれていましたが、明治末期から昭和初期にかけて養蚕業は急速に発展し、地域の主産業へと成長しました。

兵庫県北部に位置する但馬地域は豪雪地帯であり、冬季の農業が困難でした。そのため住民たちは冬の間に養蚕業を営み、蚕から得られる生糸を重要な収入源としていました。養父市大屋地区は兵庫県内でもっとも養蚕業が盛んな地域となり、養蚕の効率を高めるために、2階建ての住宅を3階建てに増築する動きが広がりました。

大正期頃には、保温性と通気性を兼ね備えた大杉独自の三階建て養蚕住宅の形式が確立されました。1階を居住空間、2階・3階を蚕室として使い分けるこの建築様式は、厳しい自然環境の中で養蚕を成功させるための工夫の結晶でした。第二次世界大戦後、ナイロンなどの化学繊維の普及により養蚕業は衰退しましたが、大杉では当時の建物が良好な状態で残されています。

重要伝統的建造物群保存地区に選定された理由

平成29年(2017年)7月31日、文部科学大臣によって養父市大屋町大杉の約5.8ヘクタールが国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。全国で115地区目、兵庫県内では神戸市北野町山本通、篠山市篠山、豊岡市出石、篠山市福住に続いて5地区目の選定です。

選定の決め手となったのは、「伝統的建造物群及びその周囲の環境が地域的特色を顕著に示している」という点です。地区内には主屋27棟があり、そのうち12棟が三階建ての養蚕住宅です。平成18年度に実施された調査では、養父市全域で495戸もの三階建て養蚕農家住宅が確認されており、これは全国でも類を見ない密集度です。

大杉が特に高く評価されたのは、個々の建物だけでなく、集落全体の景観が一体として保全されている点です。養蚕住宅を中心に、土蔵や納屋などの附属屋、二宮神社をはじめとする社寺建築、石垣、水路、そして「アライト」と呼ばれる共同水場が調和し、但馬地域の山村集落が持つ歴史的風致を見事に伝えています。

三階建て養蚕住宅の建築的特徴

大杉の三階建て養蚕住宅には、共通した建築的特徴があります。まず、切妻造りの瓦葺き屋根には「抜気(ばっき)」と呼ばれる越屋根型の換気装置が設けられており、蚕室から温かく湿った空気を効率よく排出する仕組みになっています。

2階・3階の外壁は「大壁造(おおかべづくり)」と呼ばれる厚い土壁仕上げで、厳しい冬の寒さから蚕を守る高い断熱性を備えています。上階には縦長の大きな掃き出し窓が整然と並び、採光と通風を精密にコントロールできる設計となっています。

地区内の養蚕住宅は、屋根の形状、外壁の仕上げ、窓の配置などが統一的な様式で揃っており、集落全体として調和のとれた美しい景観を生み出しています。これらの建築は、一つの産業を中心に集落全体の生活環境が形づくられた歴史の物証であり、日本の農村建築の中でも特異な存在です。

見どころ・魅力

大杉の集落を歩くと、三階建ての養蚕住宅が谷間にそびえ立つ姿に圧倒されます。白い大壁と整然と並ぶ窓、その背後に広がる緑深い山々のコントラストは、どの季節に訪れても印象的です。石垣に沿った小道や集落を流れる水路が、時の流れを忘れさせる穏やかな雰囲気を醸し出しています。

集落の中にある「ふるさと交流の家 いろり」は、三階建ての養蚕住宅を改修した宿泊施設です。かつて数千もの蚕が育てられていた空間に泊まり、建物の規模と職人技を肌で感じることができる貴重な体験です。

「木彫展示館」も見逃せないスポットです。築120年の旧診療所を再生した建物の中に、1994年から開催されている全国公募展「木彫フォークアート・おおや」の優秀作品が常設展示されています。伝統建築と現代の木彫アートの融合は、大杉ならではの魅力です。

集落内の二宮神社では、毎年8月16日に「大杉ざんざこ踊り」が奉納されます。兵庫県指定無形民俗文化財であるこの踊りは、江戸時代初期の慶安2年(1649年)頃に始まったと伝えられています。長さ約2メートルの大団扇(シデ)を背負った中踊りを中心に、赤い「赤熊(しゃくま)」をかぶった踊り手たちが太鼓を打ちながら勇壮に踊る姿は「鬼踊り」とも呼ばれ、見る者を圧倒します。

周辺情報

養父市と但馬地域には、大杉への訪問と組み合わせて楽しめる魅力的なスポットが数多くあります。近隣の蔵垣にある「かいこの里交流施設」では、生きた蚕の観察や糸紡ぎ体験ができ、養蚕文化への理解を深めることができます。隣接する「上垣守国記念館」は、日本の養蚕業の基礎を築いた人物の功績を紹介しています。

自然を満喫したい方には、兵庫県最高峰の氷ノ山(標高1,510m)でのハイキングがおすすめです。日本の滝百選に選ばれた天滝(てんだき)も養父市内から訪れることができます。春には、樹齢1,000年以上とも言われる国指定天然記念物の「樽見の大桜」が見事な花を咲かせます。

かつて日本最大のスズ鉱山として栄えた明延鉱山は、日本遺産「播但貫く、銀の馬車道 鉱石の道」の構成文化財として、4月から11月にかけて坑道見学ツアーが行われています。但馬五社の一つに数えられる養父神社は、11月上旬の紅葉の名所としても知られています。

宿泊施設としては、養蚕住宅を改修したブティックホテル「NIPPONIA 大屋大杉 養蚕集落」が地元食材を使った食事とともに特別な滞在体験を提供しています。近隣の若杉地区には、築約150年の三階建て養蚕農家を改修した一日一組限定の古民家の宿もあります。

Q&A

Q大阪や京都からのアクセス方法を教えてください。
A大阪駅からJR特急で八鹿駅まで約150分、八鹿駅からタクシーで約30分(18km)です。お車の場合は北近畿豊岡自動車道の養父ICから約20分です。八鹿駅から全但バス「奥若杉」方面行きに乗車し、「大屋」バス停で下車する方法もあります(約40分)。
Q入場料はかかりますか?
A集落の散策は無料です。大杉は現在も住民の方々が暮らしている生きた集落ですので、自由に見学できます。住民の方のプライバシーへの配慮をお願いいたします。木彫展示館や宿泊施設などの個別施設には、それぞれ別途料金がかかる場合があります。
Qおすすめの訪問時期はいつですか?
A四季折々の魅力がありますが、特におすすめなのは新緑の春から初秋にかけてです。8月16日に訪れれば、県指定無形民俗文化財の「大杉ざんざこ踊り」を見学できます。秋は紅葉に彩られた養蚕住宅の美しい風景を楽しめます。冬は雪景色が幻想的ですが、豪雪地帯のためアクセスにご注意ください。
Q養蚕住宅に宿泊することはできますか?
Aはい、可能です。「ふるさと交流の家 いろり」は三階建て養蚕住宅を改修した体験宿泊施設で、グループやご家族でのご利用に人気です。また「NIPPONIA 大屋大杉 養蚕集落」は、養蚕住宅を活用した全5室のブティックホテルで、地元但馬の食材を使ったシェフの料理を楽しめます。いずれも事前予約をおすすめします。
Q駐車場はありますか?
A集落付近に駐車場があります。トイレも設置されています。集落内の道は狭いところもありますので、徒歩での散策をおすすめします。ペットの同伴も可能です。

基本情報

正式名称 養父市大屋町大杉伝統的建造物群保存地区
文化財指定 重要伝統的建造物群保存地区(国選定)
種別 山村・養蚕集落
選定年月日 平成29年(2017年)7月31日
面積 約5.8ヘクタール
所在地 兵庫県養父市大屋町大杉
アクセス(電車) JR山陰本線 八鹿駅下車、タクシー約30分 または 全但バス約40分
アクセス(車) 北近畿豊岡自動車道 養父ICから約20分
入場料 無料(集落散策)※個別施設は別途
お問い合わせ やぶ市観光協会 TEL: 079-663-1515

参考文献

養父市大屋町大杉 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/286356
重要伝統的建造物群保存地区 大杉 — やぶ市観光協会
https://www.yabu-kankou.jp/sightseeing/judentiku-oosugi
養父市大屋町大杉重要伝統的建造物群保存地区の概要 — 養父市
https://www.city.yabu.hyogo.jp/soshiki/kyoikuiinkai/shakaikyoiku/1/denken/1631.html
概要 — 大杉養蚕農家 重要伝統的建造物群保存地区
https://www.denken-oosugi.com/
養父市大屋町大杉 伝建地区詳細 — 全国伝統的建造物群保存地区協議会
https://www.denken.gr.jp/archive/yabu-oyachoosugi/index.html
大杉ざんざこ踊り — やぶ市観光協会
https://www.yabu-kankou.jp/sightseeing/oosugizanzakoodori
まちの文化財(107) 大杉ざんざこ踊り — 養父市
https://www.city.yabu.hyogo.jp/soshiki/kyoikuiinkai/shakaikyoiku/1/1/2152.html
大杉のざんざこ踊 — 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/200106

最終更新日: 2026.03.07