島中家住宅蔵とは
島中家住宅蔵は、兵庫県尼崎市大庄北二丁目にある明治前期(1868〜1882年)建築の土蔵で、令和3年(2021年)に登録有形文化財に登録された。
島中家の主屋の北面にじかに接続し、主屋の奥の間から出入りする。屋敷の外から入る蔵ではなく、家の内側に抱え込まれた蔵である。同じ屋敷の中蔵の解説で文化庁がこの建物を「内蔵」と呼んでいるのは、その位置と使われ方による。
島中家住宅蔵は桁行3間、梁間2間の土蔵造2階建で、建築面積は23平方メートル。敷地北辺に並ぶ3棟の土蔵のなかで最も大きく、2階建はこの1棟だけである。
登録の理由と価値
島中家住宅蔵は、令和3年(2021年)6月24日付の第99回登録で、登録番号28-0754を受けた。登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。
文化庁は、隣り合う蔵のうちで規模が最大であることを特に記している。島中家住宅蔵から東へ、中蔵、東蔵と小さくなりながら土蔵が並ぶ屋敷の裏手の眺めは、この蔵を起点にしている。主屋と一体になった内蔵の形を、外観も間取りの上でもよく残している点も見逃せない。
構造と見どころ
本瓦葺の置屋根
屋根は切妻造の本瓦葺で、置屋根の形式をとる。土で厚く塗り固めた蔵の上部に、別に組んだ屋根を載せる造りで、火事のときに屋根が焼け落ちても、土で覆われた本体は守られるように考えられている。
鉢巻と竪板張
外壁は、軒下の太い帯状の部分、鉢巻まで漆喰で塗り込める。その下は全面に縦の板を張っている。竪板張は、雨や風から土壁を守るための覆いで、傷めば板だけを張り替えられる。白い鉢巻の帯と、その下の板張りの対比が、島中家住宅蔵の外観の見どころになる。
二重の戸口
戸口には、厚い片引きの大戸と、引き違いの格子戸の二重の建具が入る。大戸は防火と防犯のため、格子戸はふだん大戸を開けたまま風を通すためのものと考えられる。内部は1階・2階とも間仕切りのない一室である。
主屋より古い年代
文化庁のデータベースは、島中家住宅蔵を明治前期(1868〜1882年)、接続する主屋を明治19年(1886年)としている。蔵のほうが主屋より古いことになるが、その事情を説明した資料は見当たらない。
見学について
島中家住宅蔵は個人の住宅の一部で、公開されていない。2026年10月時点で見学会などの案内も確認できなかった。主屋の北側、屋敷の内側に建つため、敷地の外からどこまで見えるかは確かめていない。敷地には入らず、住んでいる方の迷惑にならないよう配慮したい。
西面の外観は、文化庁の国指定文化財等データベースに掲載された写真で確かめられる。
Q&A
- 島中家住宅蔵はいつ建てられましたか?
- 文化庁のデータベースによれば明治前期(1868〜1882年)の建築です。接続する主屋(明治19年=1886年)より古い年代とされています。
- 島中家住宅蔵は見学できますか?
- 見学できません。個人の住宅の一部で、2026年10月時点で一般公開の案内はありません。外観は文化庁データベースの写真で見られます。
- 島中家住宅蔵にはどこから入るのですか?
- 主屋の北面に接続しており、主屋の奥の間から出入りします。戸口には片引きの大戸と引き違いの格子戸が入っています。
- 島中家住宅蔵はほかの蔵とどう違いますか?
- 屋敷に並ぶ3棟の土蔵のなかで最も大きく、ただ1棟の2階建です。建築面積は23平方メートルで、中蔵は15平方メートル、東蔵は12平方メートルです。
- 島中家住宅蔵の置屋根とは何ですか?
- 土で塗り固めた蔵の本体の上に、別に組んだ屋根を載せる形式です。島中家住宅蔵では切妻造の本瓦葺の屋根を載せています。
基本情報
| 名称 | 島中家住宅蔵 |
|---|---|
| 所在地 | 兵庫県尼崎市大庄北2丁目126 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 指定年 | 令和3年(2021年)6月24日登録 |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 土蔵造2階建、瓦葺、建築面積23平方メートル(桁行3間、梁間2間) |
| 所有者 | 文化庁データベースに記載なし(個人の住宅) |
| 公開状況 | 非公開(個人の住宅。公開の案内なし) |
参考文献
- 文化庁 国指定文化財等データベース「島中家住宅蔵」
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00013851
- 文化遺産オンライン「島中家住宅蔵」
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/591550
最終更新日: 2026.10.08