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高野山に現存する最古の建造物である、金剛三昧院の国宝・多宝塔。その内陣に北条政子の時代から坐し続ける五体の如来坐像を、運慶作とする伝承や世界遺産としての位置づけ、秘仏としての公開状況を交えて紹介する。
茎に銘はないが、作風から鎌倉時代中期の名工・助真の作と伝わる重要文化財の刀。刃長65.6cm、華やかな大丁子乱れの刃文に福岡一文字派の特徴がよく表れる。無銘・伝の意味と、助真の作に会える場所もあわせて紹介する。
鎌倉時代の山城・来派、二字国俊に極められた刃長74.5センチの大磨上無銘の刀。丁子に蛙子や足葉の交じる華やかな刃文を見せ、地刃の出来は同工の作中でも傑出するとされるが、現在は所在不明として文化庁の取り戻そう一覧に掲載されている。
慶長九年(1604年)二月、信濃守国広が上賀茂神社の神官・賀茂県主保経のために打った刀。刃長71.5センチ、昭和3年に重要文化財指定。愛媛・大山祇神社が収蔵したが昭和17年に盗難に遭い、現在も所在不明。
山城・五条派の名工国永が遺した両刃の剣。優美な太刀で名を成した国永の在銘作は乏しく、剣はこの一口のみ現存するとされる。生ぶの茎に「國永」の二字を刻み、平安の作刀が到達した品位を今に残す重要文化財である。
李朝朝鮮から室町時代の日本に渡来した画家・秀文。永楽二十二年(一四二四年)の年記をもつ墨竹の画帖は、その唯一の確かな基準作であり、室町水墨画と朝鮮絵画をつなぐ作例として一九六九年に重要文化財に指定された。
従二位藤原親子は白河天皇の唯一の乳母で、六条藤家の祖・顕季の母にあたる。その名を冠した寛治五年(一〇九一)十月の歌合を記す巻子は、昭和十六年に重要文化財へ指定されたが、現在は所在不明で、文化庁が情報を求めている。