金沢の中心に建つ明治24年の赤煉瓦校舎
香林坊から兼六園へと続く百万石通りを歩くと、広坂の緑のなかに赤煉瓦の二階建てが現れる。壁面には白い煉瓦と濃い色の煉瓦が横に走り、赤一色になりがちな長い壁にリズムを与えている。これが旧第四高等中学校本館で、明治22年(1889年)6月に着工し、同24年(1891年)7月に完成した。
この校舎が建てられた第四高等中学校は、東京の帝国大学へ進むための予備教育を担い、北陸地方の高等教育の中心でもあった。明治27年(1894年)に第四高等学校と改称し、「四高」の通称で知られる。昭和25年(1950年)の学制改革で閉校となり、その役割は金沢大学へと引き継がれた。建物は残り、平成20年(2008年)からは石川県が運営する石川四高記念文化交流館として使われている。建物そのものは現在も国の所有である。
平面の構成は実用的で、1階に教員室や事務室、2階に教室を置いていた。この建物が注目されるのは規模ではなく、煉瓦の積み方とプロポーションに払われた配慮にある。だからこそ百年以上にわたり、建築家や歴史家の関心を集めてきた。
重要文化財に指定された理由
本館は昭和44年(1969年)3月12日に重要文化財へ指定された。その理由の一つは、設計者にある。設計を手がけたのは、文部省会計局に属していた山口半六と久留正道で、二人は東京の第一高等学校に始まる一連の高等学校の建築を担当した建築家であった。
山口はフランスのパリで、エコール・サントラルに学んでいる。明治期の洋風建築の多くが、帝国大学で教えられたイギリス流を範としていたなかで、その経歴はやや異色だった。フランスで身につけた感覚は、壁面の抑制のきいた明快な扱いに表れている。誇示するのではなく、静かで端正な構成である。石川県の文化財資料は、本館を、雇われた外国人ではなく、西洋建築の正規の教育を受けた日本人建築家の作品として、全国でも最古の現存例に属すると位置づけている。
よく似た建物が熊本にある。旧第五高等中学校本館、現在の熊本大学五高記念館で、近い設計で建てられ、本館と同じ昭和44年に重要文化財へ指定された。二つを対の作品として眺めると、文部省の少人数の建築家を通じて、一つの設計の考え方が各地へ運ばれていったことがよくわかる。
建物を眺めるとき、創設の経緯も覚えておきたい。明治20年(1887年)の創設にあたっては、旧加賀藩主の前田家が費用の大きな部分を負担した。現在の交流館の初代館長は、前田家18代当主の前田利祐が務めている。建物を金沢の藩政期へとつなぐ一本の糸である。
見どころ
まず壁を見たい。赤煉瓦は精密に積まれ、そこに白い煉瓦の線と、濃い茶色の釉薬煉瓦の帯が組み合わされている。窓の上には煉瓦のアーチが浅く軽やかな曲線を描く。これらはすべて、長い煉瓦壁が単調にならないための工夫であり、実際によく効いている。一日のうちで光が動くと、壁面の表情も移り変わる。
次に視線を上げる。屋根は寄棟造で桟瓦を葺き、棟には飾りが据えられ、勾配には雪止めの金物のグリルが取り付けられている。金沢の重い雪への実際的な備えである。屋根からは6本の煉瓦造の煙道が立ち上がり、空に向かう輪郭に変化を与えている。長い正面の中央には玄関が突き出し、左右対称の構成を引き締めている。
内部は、開館しているときには二つに分かれている。西側は無料で入れる石川四高記念館で、旧制四高やその学生、寮の生活などを紹介する。東側は有料の石川近代文学館で、泉鏡花、徳田秋声、室生犀星など、石川県ゆかりの文学者の資料を展示する。廊下や旧教室は当時の雰囲気を保ち、レトロ衣装の体験室や、復元された旧門衛所の小さなショップが、明治・大正の空気を添えている。
訪問を計画する前に、実際的な注意がある。本館は令和6年(2024年)の能登半島地震の影響で、歴史的建造物の修繕のため休館が続いており、衣装体験室とショップも令和7年(2025年)の初めから休館している。外観は周囲の公園や通りから眺めることができる。訪れる前に、最新の再開状況を公式サイトで確認してほしい。
周辺の楽しみ方
建物は、かつて広坂通りと呼ばれた百万石通りに面し、背後にはいしかわ四高記念公園の緑が広がる。金沢のなかでも、一日の散策に組み込みやすい場所の一つである。金沢21世紀美術館は歩いてすぐで、緩やかな坂を上がれば兼六園や金沢城公園も近い。
交通は、香林坊のバス停から徒歩約1分。城下まち金沢周遊バス、北陸鉄道の路線バス、西日本JRバスが停まる。赤煉瓦の外観は、通りの並木を背景に、季節を問わず写真に映える。館内が休館中でも、文化施設が集まるこの一帯を歩く際の立ち寄り先として価値がある。
Q&A
- いま館内に入れますか。
- 入れません。令和6年(2024年)の能登半島地震の影響で、建物の修繕のため休館が続いており、衣装体験室とショップも令和7年(2025年)の初めから休館しています。外観は公園や通りから見ることができます。訪問前に石川県の公式サイトで最新の状況をご確認ください。
- 通常時の入館料はいくらですか。
- 通常の開館時、西側の石川四高記念館は無料です。東側の石川近代文学館は一般370円、大学生290円ほどで、高校生以下は無料です。特別展の期間は料金が変わる場合があります。
- いつ完成し、誰が設計したのですか。
- 明治22年(1889年)に着工し、明治24年(1891年)7月に完成しました。設計は文部省の山口半六と久留正道です。山口はフランスで建築を学んでおり、その経験が抑制のきいた設計に表れています。
- なぜ重要文化財に指定されたのですか。
- 昭和44年(1969年)に、明治期の煉瓦造洋風学校建築として数少ない現存例であり、西洋建築の正規の教育を受けた日本人建築家による最古級の作品として指定されました。丁寧な煉瓦の意匠と明快な構成が、その価値の中心にあります。
- どう行けばよいですか。周辺には何がありますか。
- 香林坊のバス停から徒歩約1分です。城下まち金沢周遊バスや路線バスが利用できます。金沢21世紀美術館がすぐ近くにあり、坂を上がれば兼六園や金沢城公園も徒歩圏内です。
基本情報
| 名称 | 旧第四高等中学校本館 |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市広坂二丁目2番5号 |
| 指定区分 | 重要文化財(昭和44年〔1969年〕3月12日指定) |
| 種別 | 近代/学校 |
| 年代 | 明治24年(1891年)完成 |
| 構造・形式 | 煉瓦造、二階建、桟瓦葺、寄棟造、正面玄関付。建築面積1,068.0m²。員数1棟 |
| 設計 | 山口半六・久留正道 |
| 所有者 | 国(文部科学省) |
| 管理 | 石川県(石川四高記念文化交流館として活用) |
| 現況 | 令和6年(2024年)能登半島地震の影響により修繕のため休館中。訪問前に公式サイトで要確認 |
| アクセス | 香林坊バス停から徒歩約1分 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/762
- 文化遺産オンライン(国立文化財機構)
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/174002
- 石川四高記念文化交流館(公式サイト)
- https://www.pref.ishikawa.jp/shiko-kinbun/
最終更新日: 2026.06.03