泉家住宅土蔵 ― 浅野川を渡った先の、小さな武家の蔵
ひがし茶屋街へ向かう人の流れから少し外れ、浅野川の対岸、昌永町の住宅地の一角に、加賀藩の武士・泉家が使っていた土蔵が残っている。観光地図にはまず載らない建物だ。
大きな蔵ではない。国の登録原簿によれば建築面積はおよそ41平方メートル、二階建て。厚い土壁を漆喰で塗り固めた土蔵造で、火災から家財を守るために建てられた。築かれたのは江戸時代の末、おおよそ1830年から1867年ごろ。すぐ隣には同じ泉家の主屋が建ち、こちらも登録有形文化財になっている。
この二棟で見ておきたいのは、武士の「格」である。
小さな蔵が文化財になる理由
金沢は加賀百万石、前田家の城下町である。多くの武士が暮らし、しかも第二次大戦の空襲をほとんど免れたため、江戸期の住宅地がそのまま残った。他の都市が失ったものが、ここには建ったまま立っている。
ただ、観光で目にするのは上級の武家屋敷が多い。長町の野村家のように、庭まで整えられた重臣の世界だ。泉家はそれとは別の階層にあたる。国の登録は、主屋を幕末金沢の中下級武士住宅の好例と記す。藩の屋台骨を支えた、中級・下級の侍たちの住まいである。
主屋と土蔵は2004年(平成16年)、そろって国の登録有形文化財になった。国宝や重要文化財より軽い保護の枠組みで、「造形の規範となっているもの」として、その型を残す価値が認められている。ここで守られているのは、ごく普通の武士の暮らしの場だ。ありふれた建物ほど先に壊されることを思えば、これはむしろ得がたい。
見どころ
この蔵は、実用の工夫として読むとおもしろい。屋根は切妻、桟瓦葺き。壁は土蔵らしく厚い漆喰で覆われている。ところが軒裏と螻羽(けらば。妻側の屋根の縁)は塗り込めていない。立派な蔵なら隅々まで漆喰で包むところを、ここでは省いている。身の丈に合った、正直なつくりだ。
戸口は南面の中央にある。その枠は掛け子塗りで仕上げられている。重い戸が火や雨をしっかり遮るよう、枠を段状に塗り重ねた手の込んだ納まりだ。簡素な蔵にこの一手間がかかっているところに、限られた条件のなかできちんと建てようとした施主の姿勢が見える。二階の東面には、やや大きめの窓が一つ開く。
蔵が建つのは主屋の北の下手、板の間に接した位置。台所まわりに近い、働く家の理にかなった置き方である。
まわりを歩く
昌永町は、にぎやかな古い金沢の対岸にあたる。蔵からひがし茶屋街までは歩いて十分ほど。夕方に地元の人が歩く浅野川べりはもっと近い。東にせり上がる緑の山が卯辰山で、寺をつなぐ小径や、市街を見下ろす展望が広がる。
ここは人の住む住宅地で、整備された見学施設ではない。泉家の建物は金沢市の所有だが、常設の公開施設として運営されているわけではなく、決まった開館時間があるわけでもない。長い散歩のなかでふと立ち止まり、建物を読む。そんな寄り道として向き合うのがよい。内部まで見たい場合は、事前に金沢市の文化財担当へ確認してほしい。
中に入れる武家屋敷を見たいなら、市内反対側、長町の野村家が定時で公開しており、上級武士の世界をひと通り見せてくれる。格の両端を見ておくと、泉家のたたずまいの意味がよくわかる。
Q&A
- 中に入れますか。
- 常設公開はしていません。金沢市の所有ですが、開館時間や係員のいる施設ではないため、外観を眺めるのを基本に考えてください。内部の見学を望む場合は、金沢市の文化財担当へ事前に問い合わせを。
- 長町の武家屋敷とどう違うのですか。
- 長町は上級武士の屋敷と庭を見せる場所です。泉家は中下級武士の住まいで、より小ぶりで飾りが少なく、普通の侍がどう暮らしたかを伝える点に価値があります。
- 土蔵とは何ですか。
- 厚い土壁を漆喰で塗り固めた蔵のことです。火に強く、家財を守るために建てられました。商家にも武家にも広く見られます。
- いつ建てられたものですか。
- 江戸時代の末、1830〜1867年ごろの建築です。主屋とともに2004年に国の登録有形文化財となりました。
- わざわざ訪ねる価値はありますか。
- 単体では短い立ち寄り先です。ひがし茶屋街や卯辰山と合わせれば、多くの日帰り客が通り過ぎる浅野川の北側を半日で歩けます。
基本情報
| 名称 | 泉家住宅土蔵(いずみけじゅうたくどぞう) |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市昌永町14-20 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物) |
| 登録年月日 | 2004年(平成16年)3月2日 |
| 時代 | 江戸時代末期(1830〜1867年頃) |
| 構造・形式 | 土蔵造2階建、瓦葺(桟瓦葺・切妻造)、建築面積約41㎡ |
| 員数 | 1棟 |
| 所有者 | 金沢市 |
| アクセス | ひがし茶屋街から徒歩約10分。外観の見学が基本 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)泉家住宅土蔵
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003956
- 文化遺産オンライン 泉家住宅土蔵
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/180176
- 文化遺産オンライン 泉家住宅主屋
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/150565
最終更新日: 2026.06.20