神谷内の旧家に建つ明治の民家
島村家住宅主屋は、石川県金沢市神谷内町にある明治32年(1899年)頃の民家建築で、平成14年(2002年)8月21日に国の登録有形文化財(建造物)に登録された。木造2階建、瓦葺、建築面積269平方メートル。1棟が登録の対象となっている。
神谷内町は金沢の中心市街から北東へ離れた、旧河北郡側にひらけた集落である。JR北陸本線の東金沢駅と森本駅のちょうど中間あたり、卯辰山の裾が尽きて田畑がひろがりはじめる位置にあたる。城下町の観光地図には載らない場所だが、加賀藩の農村統治を考えるうえでは意味のある土地でもある。
島村家は、江戸時代に肝煎を務めた旧家である。肝煎(きもいり)は加賀藩の村請制のもとで村の統括にあたった役職で、関東でいう庄屋や名主にあたる。数十か村を一組として預かる十村(とむら)の指揮を受け、年貢の取りまとめ、藩の触れの伝達、用水の管理といった実務を担った。身分は百姓のままでありながら、村の財政と人事を握る立場にあり、その家屋には自ずと格式が求められた。
ただし現在の主屋が建てられたのは明治32年頃、藩政が終わって30年ほど後のことである。肝煎という役職そのものは既に失われていた。建物は近世の役職を直接反映したものではなく、藩政期以来の資力と大工への注文の水準が、明治の民家として結実したものと見るのが妥当だろう。
「造形の規範となっているもの」という登録基準
登録有形文化財の制度は、平成8年(1996年)の文化財保護法改正で新たに設けられた。原則として建設後50年を経過した建造物を対象とし、登録基準は三つある。「国土の歴史的景観に寄与しているもの」「造形の規範となっているもの」「再現することが容易でないもの」である。島村家住宅主屋が該当するのは二つめ、造形の規範となっているものだった。
この基準の違いは、建物の性格をそのまま示している。景観への寄与が問われるのは、町並みの一員として街路に面して建つ町家などである。これに対し造形の規範は、その建物自体のつくりの質が問われる。島村家住宅主屋の場合、評価されたのは内外にわたる仕上げの水準だった。
登録番号は17-0062、第34回の登録にあたる。登録告示は平成14年9月3日付。同じ日付で登録された金沢市内の建物には、やちや酒造の主屋や道具蔵などがある。市街地の酒造家の建物群と、市域北東の農村部に建つ民家が同じ回の登録に並んでいるのは、この制度が対象とする建築の幅の広さを示している。
指定と登録は制度として別のものである。国宝や重要文化財の「指定」では、現状を変更する際に文化庁長官の許可が必要になる。一方の「登録」は届出制をとる。外観の4分の1を超える変更にあたって届け出れば足りるため、所有者が住み続けながら手を入れていくことができる。島村家住宅主屋のように現に人が暮らす民家が制度に乗りやすいのは、この設計によるところが大きい。
4段に重ねた梁と、銘木の座敷
主屋は切妻造・桟瓦葺で、妻側を正面に向ける妻入とする。正面には庇を差し出す。北陸の民家は平入が多数派であり、妻入を正面に据える構えは、それだけで通りからの見え方を決定づける。
その正面妻に、この建物の性格が最もよく現れている。梁を4段に重ね、梁と梁のあいだを貫と束で繋ぐ。構造材をそのまま意匠として見せる手法である。4段という段数は民家としては多く、しかも整然と繋がれているため、乱雑にはならない。骨組みの規模がそのまま外観の格になっている。
内部に入ると、この方針が続いていることがわかる。土間と客間では梁組を露出させ、木の太さと組み方を見せる。ところが座敷と控え間に移ると調子が変わり、銘木を用いた数寄屋風のつくりになる。太い梁を見せる部分と、細い材で軽やかにまとめた部分が、ひとつの家のなかに同居しているわけである。
民家の力強さと数寄屋の繊細さは、本来は別の系譜に属する。それを違和感なく繋いだ点が、この主屋の評価の核心にある。文化庁データベースの解説も、内外ともに洗練された造形の近代民家、という言い方でこの二面性を捉えている。
注意しておきたいのは、見学の可否である。島村家住宅主屋は個人の住宅として現に使われており、内部の公開は行われていない。敷地内に立ち入ることもできないため、見ることができるのは公道からの外観に限られる。訪ねる場合は、JR東金沢駅から東へ1.5キロほど、または北鉄バスの柳橋停留所が最寄りとなる。撮影は公道上からであれば妨げないが、住まいであることへの配慮は欠かせない。文化財の登録は所有者の暮らしの上に成り立っている。
Q&A
- 島村家住宅主屋はどこにありますか。最寄り駅からのアクセスは?
- 石川県金沢市神谷内町ト4にあります。JR北陸本線の東金沢駅から東へ1.5キロほど、森本駅からも同程度の距離です。北鉄バスを利用する場合は柳橋停留所が最寄りとなります。金沢駅からは車で15分前後の位置です。
- 島村家住宅主屋の内部を見学することはできますか。
- できません。個人の住宅として現在も使われており、内部の公開も敷地内への立ち入りも行われていません。見ることができるのは公道からの外観のみです。特別公開の予定も公表されていません。
- 島村家住宅主屋を伝えてきた島村家の「肝煎」とはどのような役職ですか。
- 加賀藩の村請制のもとで村の統括にあたった役職で、関東でいう庄屋や名主に相当します。数十か村を預かる十村の下に置かれ、年貢の取りまとめや藩からの触れの伝達、用水管理などを担いました。身分は百姓のままでしたが、村の運営を実質的に取り仕切る立場でした。
- 島村家住宅主屋はいつ建てられ、いつ文化財に登録されましたか。
- 建築は明治32年(1899年)頃とされています。登録年月日は平成14年(2002年)8月21日、登録告示は同年9月3日付です。登録番号は17-0062で、第34回の登録にあたります。
- 島村家住宅主屋の「登録有形文化財」は重要文化財とどう違いますか。
- 保護の枠組みが異なります。重要文化財の「指定」では現状変更に文化庁長官の許可が必要ですが、「登録」は届出制で、外観の4分の1を超える変更の際に届け出ます。登録制度は平成8年(1996年)に設けられ、建設後50年を経た建造物を幅広く対象としています。
基本データ
| 名称 | 島村家住宅主屋(しまむらけじゅうたくしゅおく) |
|---|---|
| 所在地 | 石川県金沢市神谷内町ト4 |
| 指定区分 | 登録有形文化財(建造物)/登録基準:造形の規範となっているもの |
| 指定年 | 平成14年(2002年)8月21日登録(告示は同年9月3日、登録番号17-0062) |
| 員数 | 1棟 |
| 寸法 | 木造2階建、瓦葺、建築面積269平方メートル |
| 所有者 | 個人 |
| 公開状況 | 非公開(個人住宅。外観のみ公道から見学可) |
参考文献
- 国指定文化財等データベース ― 島村家住宅主屋(文化庁)
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00002920
- 文化遺産オンライン ― 島村家住宅主屋
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/187650
- 国登録文化財一覧(金沢市)
- https://www4.city.kanazawa.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkazaihogoka/gyomuannai/3/1/1/4291.html
- 近世十村のくらしとしごと(羽咋市歴史民俗資料館)
- https://www.city.hakui.lg.jp/rekimin/exhibition/specialexhibition/kinsetomuranokurashitoshigoto.html
最終更新日: 2026.08.19