旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎第三棟 ― 明治の軍馬官舎が伝える近代化の記憶

岩手県胆沢郡金ケ崎町の穏やかな農村風景の中に、100年以上の歴史を静かに刻み続ける洋風木造建築があります。旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎第三棟は、明治時代に日本の近代化を支えた軍馬育成施設に付属する士官用住宅の一つです。かつて9区画あった官舎のうち現存する3棟の一つとして、2017年(平成29年)に国登録有形文化財に登録されました。煉瓦積みの基礎や下見板張りの外壁など、明治末期の洋風建築の特徴を今に伝える貴重な遺構です。

歴史的背景

明治29年(1896年)、日本陸軍は軍馬の計画的な育成・供給を目的として軍馬補充部を設置しました。明治31年(1898年)、当時の相去村六原地区(現在の金ケ崎町六原)に六原支部が開設されます。この誘致に尽力したのが、相去村村長や胆沢郡会議員を歴任した桑島重三郎でした。桑島は地域の広大な土地を活用するべく、軍馬補充部の誘致運動を積極的に展開しました。

六原支部は軍馬の育成から供給までを一貫して担い、その存在は周辺地域に大きな近代化の波をもたらしました。支部には支部長・支部員用の官舎が9区画設けられ、第三棟は明治44年(1911年)頃に建設されました。大正14年(1925年)、軍縮に伴い六原支部は廃止され、広大な敷地はその後農場として利用された後、現在の岩手県立農業大学校となっています。同校の敷地面積は308ヘクタールに及び、日本最大規模を誇ります。

9区画の官舎のうち現存するのは3棟のみです。第一棟は2015年に改修され、2016年に「軍馬の郷六原資料館」として開館しました。第二棟・第三棟はその傍らに保存され、明治期の軍事住宅建築の姿を伝えています。なお、大正13年(1924年)4月29日には、宮沢賢治が花巻農学校の教員として生徒を引率し、この六原支部を遠足で訪れたことが記録されています。

文化財登録の理由

第三棟は、第一棟・第二棟とともに平成29年(2017年)5月2日に国登録有形文化財(建造物)に登録されました。登録の理由として、まず明治期の陸軍官舎という建築類型の希少性が挙げられます。軍馬補充部の官舎は全国各地に設けられましたが、現存する例はきわめて少なく、3棟が揃って残されていることは全国的にも貴重です。

第一棟が佐官級(上級将校)の宿舎であるのに対し、第二棟・第三棟はやや簡素な構成をとりますが、イギリス積みの煉瓦基礎や下見板張りの外壁、上げ下げ窓といった共通の洋風意匠を備えています。建築年代が明治44年と明確であることも、建築史料としての価値を高めています。3棟を通じて、当時の軍事住宅における階級に応じた設計思想を読み取ることができる点が、登録の重要な理由となっています。

建築的見どころ

第三棟は木造平屋建て、寄棟造鋼板葺の建物で、建築面積は約100平方メートルです。第二棟の北側に東西棟として建ち、間取りは第二棟と同様の構成をとります。

外観の最大の特徴は、明治末期の洋風建築様式を忠実に反映した意匠にあります。基礎にはイギリス積みの煉瓦が用いられ、当時としては先進的な西洋の建築技法が導入されていたことがわかります。外壁は下見板張り(したみいたばり)で仕上げられ、東北の農村風景の中にあって際立つ洋風の佇まいを見せます。

窓は上げ下げ式のサッシ窓で、窓枠にはモールディング(装飾的な額縁)が施されています。こうした意匠は、明治政府が推進した西洋建築技術の導入を末端の軍事施設にまで反映させた証拠といえます。また、六原支部の建物群に共通する特徴として、換気口のグリルに「六」の字をかたどったデザインが見られます。これは六原の地名にちなんだもので、この支部特有の意匠として注目されています。

見学情報

第三棟は、隣接する第一棟「軍馬の郷六原資料館」への訪問と合わせて外観を見学することができます。資料館には、軍馬補充部の歴史に関する写真や資料、桑島重三郎に関する展示などがあります。

資料館の開館日は水曜日・土曜日・日曜日で、開館時間は午前10時から午後4時までです。年末および1月から3月は休館となります。入館料は無料です。JR東北本線金ケ崎駅から車で約10分の場所にありますが、直通のバス路線はありませんので、車またはタクシーでの訪問をお勧めします。

周辺の見どころ

金ケ崎町には、軍馬官舎の見学と合わせて楽しめる観光スポットが数多くあります。資料館からほど近い岩手県立花きセンターでは、200種類以上の亜熱帯植物が温室で栽培されており、四季折々の草花を無料で楽しむことができます。

金ケ崎町城内諏訪小路は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。江戸時代、伊達藩の北限の地として南部藩と国境を接していた金ケ崎の城下町の風情を今に伝えるエリアで、武家屋敷の面影を残す街並みを散策できます。地区内の金ケ崎要害歴史館では、地域の歴史について詳しく学ぶことができます。

自然を楽しむなら、千貫石森林公園がおすすめです。奥羽山系の四季折々の景観を満喫できるほか、キャンプ場やバンガローも整備されています。公園近くの千貫石温泉では、ナトリウム炭酸水素塩・塩化物泉の源泉かけ流しの湯を楽しめます。

より広域の観光として、金ケ崎町から南へ約30キロメートル、車で約40分の場所にはユネスコ世界遺産・平泉があります。中尊寺金色堂や毛越寺庭園など、平安時代の浄土思想を体現する文化遺産群を巡ることができます。

Q&A

Q第一棟・第二棟・第三棟の違いは何ですか?
A第一棟は建築面積117平方メートルと最も大きく、佐官級(上級将校)の住宅として使われました。廊下を挟んで和室と洋風応接室を配し、軍馬への乗降を考慮した二箇所の玄関を持つことが特徴です。現在は「軍馬の郷六原資料館」として公開されています。第二棟・第三棟はそれぞれ100平方メートルで、やや簡素な構成ですが、煉瓦基礎や下見板張りなどの洋風意匠は共通しています。
Q第三棟の内部は見学できますか?
A第三棟は基本的に外観の見学となります。内部を公開している展示施設は第一棟(軍馬の郷六原資料館)です。第二棟・第三棟の内部公開の最新情報については、金ケ崎町中央生涯教育センター(電話:0197-44-3123)にお問い合わせください。
Q駐車場はありますか?
Aはい、軍馬の郷六原資料館には無料の駐車場が用意されています。お車でのアクセスが便利で、東北自動車道の北上金ケ崎インターチェンジから約10分です。
Q宮沢賢治との関わりはありますか?
Aはい。大正13年(1924年)4月29日に、宮沢賢治が花巻農学校の教員として生徒を引率し、六原支部を遠足で訪れたことが記録されています。この体験は賢治の文学作品にも影響を与えたとされ、劇「種山ヶ原の夜」などに反映されていると考えられています。六原支部は種山ヶ原にも出張所を置いており、賢治の作品世界との接点が複数あります。
Q最寄り駅からのアクセス方法を教えてください。
AJR東北本線金ケ崎駅が最寄り駅で、駅から車またはタクシーで約10分です。直通のバス路線はありません。お車の場合は、東北自動車道の北上金ケ崎インターチェンジまたは水沢インターチェンジからアクセスできます。

基本情報

名称 旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎第三棟(きゅうりくぐんしょうぐんばほじゅうぶろくはらしぶかんしゃだいさんとう)
文化財区分 国登録有形文化財(建造物)
登録年月日 平成29年(2017年)5月2日
建築年代 明治44年(1911年)
構造 木造平屋建、寄棟造鋼板葺、建築面積約100㎡
所在地 〒029-4501 岩手県胆沢郡金ケ崎町六原蟹子沢16
所有者 金ケ崎町
資料館開館日 水曜日・土曜日・日曜日(年末および1月〜3月は休館)
開館時間 午前10時〜午後4時
入館料 無料
アクセス JR東北本線金ケ崎駅から車で約10分/東北自動車道北上金ケ崎ICから約10分
お問い合わせ 金ケ崎町中央生涯教育センター TEL: 0197-44-3123

参考文献

旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎第三棟 - 文化遺産オンライン
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/245188
国登録有形文化財 軍馬の郷六原資料館 | 金ケ崎町役場
https://www.town.kanegasaki.iwate.jp/docs/2017122800027/
軍馬の郷六原資料館 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/軍馬の郷六原資料館
旧陸軍省軍馬補充部六原支部官舎第一棟 | いわての文化情報大事典
http://www.bunka.pref.iwate.jp/archive/hist570
国指定文化財等データベース
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011402

最終更新日: 2026.04.13