古稀の祝いに建てられた離れ座敷

昭和6年(1931年)、高野家14代目の高野長経が、父・長運の古稀を祝って敷地内に離れ座敷を建てた。数え年70歳を古稀と呼ぶことから、この建物は古稀庵と名づけられた。西隣には、蘭学者・高野長英が育った旧宅が建ち、渡り廊下でつながる。

古稀庵は建築面積約100平方メートルの平屋建。桟瓦葺の東西棟で、北面の西端に水屋が張り出す。令和6年(2024年)8月15日、同じ敷地の他の3棟とともに登録有形文化財となった。

建物と庭を一組に構える

登録では、造形の規範となる建物として評価されている。その理由は、間取りの自由さを見れば分かる。西に玄関、東に二室を配し、東の座敷には濡縁を付けて庭を身近に引き寄せた。本来なら壁でふさぐ床脇にも窓を開け、光と緑を床の間まわりへ導いている。

見どころは室境の彫刻欄間で、鷹と松が彫り出されている。欄間は引戸の上に設ける透かしの板だが、ここでは機能的な隙間を、松の枝に鷹をあしらう小さな舞台に変えている。建物と庭は一体の構成として設計された。家族が集い、節目を祝うための趣味的な空間である。

訪ねて読み解きたいところ

史跡の旧宅から渡り廊下をたどると、数歩のうちに、江戸の学者の世界から、楽しみと祝いのために建てられた昭和初期の離れへと移る。東の座敷で鷹と松の欄間をじっくり眺め、濡縁に立てば、庭がちょうどその席から見るように仕立てられているのが分かる。

敷地は奥州市(武家住宅資料館)が管理する。内部は通常非公開で、日高火防祭の本祭日と、長英の誕生日にあたる5月上旬の連休期間に特別公開がある。その期間には、庭と外観を敷地から味わうことができる。

Q&A

Q古稀庵という名前の由来は。
A古稀は数え年70歳を指す言葉です。1931年に高野長運の古稀を祝って建てられたため、古稀庵と名づけられました。
Q誰がいつ建てたのですか。
A高野家14代目の高野長経が、1931年に父・長運への贈り物として建てました。
Qいちばんの見どころは。
A室境に彫られた鷹と松の欄間です。あわせて、濡縁を通して座敷を庭へ開く自由な間取りも見どころです。
Q旧宅とはどうつながっていますか。
A渡り廊下で、高野長英が育った旧宅(国史跡)とつながっています。
Q見学はできますか。
A内部は通常非公開です。日高火防祭や連休期間に特別公開があり、奥州市武家住宅資料館を通して案内されます。

基本情報

名称旧高野家住宅古稀庵(きゅうたかのけじゅうたくこきあん)
所在地岩手県奥州市水沢字大畑小路7
指定区分登録有形文化財(建造物)/2024年8月15日登録
登録番号03-0121
員数1棟
年代昭和6年(1931年)
構造及び形式木造平屋建、瓦葺、建築面積約100㎡
所有者奥州市
アクセス水沢駅から徒歩約10分。内部は通常非公開

References

最終更新日: 2026.07.06