堅牢さで景観をつくる小さな板倉

岩手県奥州市水沢の大畑小路。高野家の敷地に入ると、北東の隅に西を向いて建つ小さな蔵が目に入る。外壁を鉄板でおおった旧高野家住宅板倉である。建築面積はわずか22平方メートルほど。明治後期、およそ1898年から1912年の間に建てられたと考えられる小規模な建物だが、つくりは丁寧だ。

この一帯は水沢の要害跡の南側にあたる。すぐ西隣には、幕末の蘭学者・高野長英が少年期を過ごした旧宅が残る。旧宅は昭和8年(1933年)に国の史跡に指定された。板倉はその敷地内に建つ4棟のうちの1棟で、令和6年(2024年)8月15日に登録有形文化財となった。

実用の蔵が登録された理由

蔵は本来、穀物や道具、家財を湿気から守るための働く建物である。この板倉を平凡な蔵から一歩引き上げているのは、細部の仕事だ。側柱に板を落とし込み、外側には半柱を立てて、壁面が柱を密に並べたように見えるよう工夫している。西面では土台の下に木瓜形の透彫板をあしらい、素っ気ないはずの外観に一点の装飾を添えた。

登録の理由は、国土の歴史的景観に寄与している点にある。内部は一室の板敷。小屋組は束を立てて二重の梁を受け、その束が棟木を支える。飾り気のない木の仕事が、100年をこえて形をたもってきた。

訪ねたときに見たいところ

まず西面に立ち、半柱の並ぶリズムを目で追ってみたい。ただの板壁よりも重く、密に見える。それは大工が狙った効果である。次に土台下の木瓜形の透かし板を探す。歩みをゆるめた人だけが気づく小さな細工だ。

板倉は敷地の4棟のうち最も古い。この隅から敷地を眺めると、明治から昭和にかけて建物が層をなして増えていった様子が読み取れる。管理は奥州市(武家住宅資料館)が担う。内部は通常非公開で、日高火防祭の本祭日と5月上旬の連休期間に特別公開がある。外観は小路から見学できる。

Q&A

Q板倉とはどんな建物ですか。
A柱の間に板をおさめて壁とした蔵です。この建物では側柱の溝に板を落とし込む「落し込み」の手法が使われています。
Qいつごろ建てられたのですか。
A明治後期、おおむね1898年から1912年ごろと考えられます。2024年に登録された高野家の4棟のうち最も古い建物です。
Q高野長英と関係がありますか。
A長英が少年期を過ごした旧宅(国史跡)と同じ敷地に建ちます。ただし板倉自体は、長英の没後(1850年)から数十年のちに建てられました。
Q中に入れますか。
A内部は通常非公開です。外観は小路から見られ、日高火防祭や連休期間に特別公開があります。問い合わせは奥州市武家住宅資料館へ。
Q場所はどこですか。
A岩手県奥州市水沢の大畑小路。水沢駅から徒歩約10分です。

基本情報

名称旧高野家住宅板倉(きゅうたかのけじゅうたくいたくら)
所在地岩手県奥州市水沢字大畑小路7
指定区分登録有形文化財(建造物)/2024年8月15日登録
登録番号03-0123
員数1棟
年代明治後期(1898〜1912年ごろ)
構造及び形式木造平屋建、鉄板葺、建築面積約22㎡
所有者奥州市
アクセス水沢駅から徒歩約10分。外観見学可、内部は通常非公開

References

最終更新日: 2026.07.06