丸亀城跡 ― 日本一の高石垣にそびえる現存天守

香川県丸亀市の中心部、標高約66メートルの亀山にそびえる丸亀城跡は、江戸時代初期の名城の姿を今に伝える国指定史跡です。最大の見どころは、四段に積み重ねられた壮麗な石垣。山麓から本丸に至るまでの総高はおよそ60メートルに達し、合算した高さでは日本一を誇ります。「石垣の名城」と称えられるこの城の頂には、全国に十二しか残っていない貴重な現存天守の一つが、白漆喰の壁を輝かせて静かに立っています。城跡全域は、昭和28年(1953年)3月31日に国の史跡に指定されました。

亀山に重なる長い歴史

丸亀城の歴史は古く、室町時代初期に管領・細川頼之の重臣、奈良元安が亀山に砦を築いたことに始まると伝えられます。本格的な築城が始まったのは安土桃山時代の末期。豊臣秀吉から讃岐一国を与えられた生駒親正・一正父子が、慶長2年(1597年)に高松城の支城としてここに築城を開始し、慶長7年(1602年)に完成させました。

慶長20年・元和元年(1615年)の一国一城令によって丸亀城は一度廃城となりますが、寛永18年(1641年)、新たに丸亀藩主となった山崎家治が幕府の許可を得て城の再築に着手します。寛永20年(1643年)の本格的な改修工事を経て、家治の死後家は断絶。万治元年(1658年)に播州龍野から京極高和が入封し、京極氏二代にわたる総仕上げによって、寛文年間に現在伝わる丸亀城の姿が整いました。天守は万治3年(1660年)頃、大手一の門は寛文10年(1670年)頃の建立とされています。以降、京極家は七代にわたって丸亀藩を治め、明治維新を迎えました。

なぜ国の史跡に指定されたのか

丸亀城跡が国の史跡に指定された理由は、近世城郭の典型を非常に良好な形でとどめていることにあります。海浜近くの丘陵を巧みに活用し、頂上に本丸を置き、その東に二の丸、さらに山腹を巡って三の丸を配置。東南から南面、西南にかけては腰曲輪を連ね、藩主の居館は西麓に営まれていました。中枢部はほぼ方形に堀で囲まれ、南正面に大手門が開かれるという、整然とした縄張が今もよく残されています。

規模そのものは決して大きくないものの、層々と重なる石垣の景観は壮観そのもので、現存する天守や大手門と相まって往時の姿を偲ばせるに十分な存在感を放っています。天守、大手一の門、大手二の門は別途、国の重要文化財にも指定されており、近世城郭が建造物と縄張の両面で良好に保たれている希少な事例として、極めて貴重な評価を受けています。

見どころ

「扇の勾配」と称される高石垣

丸亀城を象徴するのは、何といっても四段に重なる高石垣です。緩やかな野面積みの土台から始まり、端整な算木積みを経て、頂部では垂直に近い反り上がりを見せる独特の曲線美は「扇の勾配」と呼ばれ、見る者を圧倒します。三の丸石垣の最も高い部分は約22メートルにも及び、麓から天守までの総高はおよそ60メートル。総高として日本一の石垣を有する城として、全国の城ファンを惹きつけてやみません。

日本一小さな現存天守

本丸にそびえる天守は、三重三階で高さは約15メートル。現存十二天守の中で最も小規模ながら、唐破風や千鳥破風を巧みに配し、白漆喰の壁が均整のとれた美しさを際立たせています。木造ならではの急な階段を昇り切った最上階からは、丸亀の市街地、瀬戸内海の島々、そして瀬戸大橋まで見渡す眺望が広がり、城主が眼下に治めた景色を追体験することができます。

大手一の門・大手二の門

城の正面、堀端から続く大手門は、寛文10年(1670年)頃に再建された大手二の門(高麗門)と、その奥の枡形を構成する大手一の門(櫓門)からなります。大手一の門は時太鼓で城下に時刻を知らせていたことから「太鼓門」とも呼ばれ、現在も江戸時代からの伝統を引き継ぎ、毎日正午に太鼓が打ち鳴らされています。天守と大手門が共に現存するのは、丸亀城のほかに弘前城・高知城のみという稀有な事例です。

見返り坂を登る

大手門から天守へと続く急坂は「見返り坂」と呼ばれます。振り返るたびに、層々と重なる石垣と白い天守が異なる表情で姿を現し、登るほどに城の魅力を実感できる仕掛けになっています。

周辺情報

丸亀の中心市街はコンパクトにまとまっており、城観光と周辺散策を組み合わせやすいのが魅力です。徒歩や短い移動で行ける名勝・中津万象園は、貞享5年(1688年)に二代藩主・京極高豊が築造した大名庭園で、京極家の故地・近江の琵琶湖を模した八景池や樹齢約650年と伝わる大傘松、日本最古の煎茶室と称される「観潮楼」などが見どころです。また丸亀は「丸亀うちわ」の産地としても有名で、港近くの「うちわの港ミュージアム」では職人の実演やうちわ作り体験を楽しめます。

少し足を延ばせば、塩飽水軍の本拠地として栄えた塩飽諸島の本島には、伝統的建造物群保存地区である笠島の町並みが残り、海とともに生きた人々の歴史に触れられます。電車でわずかな移動で「こんぴらさん」の愛称で親しまれる金刀比羅宮にもアクセスできます。

Q&A

Q丸亀城が他の城と比べて特に優れている点はどこですか?
A最大の特色は、四段に重なる石垣の総高が約60メートルに達し日本一を誇ることです。さらに現存十二天守の中で最も小さい天守を残しており、天守と大手門の両方が現存する城は全国でも丸亀城・弘前城・高知城の三城だけという希少さも特筆されます。
Qいつ国の史跡に指定されましたか?
A丸亀城跡は、昭和28年(1953年)3月31日に城跡全域が国の史跡に指定されました。加えて天守・大手一の門・大手二の門は国の重要文化財にも個別に指定されています。
Q見学にはどのくらいの時間が必要ですか?
A天守まで往復するだけなら30分ほど、天守内部や大手門、丸亀市立資料館までゆっくり巡る場合は1時間から1時間半ほどが目安です。天守までの道のりは急坂が続くため、体力に余裕を持って計画されることをおすすめします。
Q入場料は必要ですか?
A城内(亀山公園)への入場は無料です。天守内部のみ有料で、大人(高校生以上)200円、小・中学生100円です。大手一の門および丸亀市立資料館は無料でご見学いただけます。
Qいつ訪れるのがおすすめですか?
A特におすすめは春で、亀山公園に咲く約700本の桜が「丸亀城桜まつり」で一斉に見頃を迎えます。秋の「丸亀城キャッスルロード」では夜間天守入場の機会もあり、空気の澄む冬の晴れた日には瀬戸内海まで見渡す絶景が広がります。

基本情報

名称 丸亀城跡(まるがめじょうあと)
別名 亀山城、蓬莱城
所在地 香川県丸亀市一番丁
城郭種別 平山城(標高約66メートルの亀山に立地)
築城 慶長2年(1597年)生駒親正・一正父子により着工、慶長7年(1602年)完成
再築 寛永20年(1643年)山崎家治により再築開始、京極氏により完成。天守は万治3年(1660年)頃、大手一の門は寛文10年(1670年)頃の建立
国史跡指定 昭和28年(1953年)3月31日
その他指定 天守・大手一の門・大手二の門は国の重要文化財。日本100名城に選定
天守観覧時間 午前9時~午後4時30分(入場は午後4時まで)
天守観覧料 大人(高校生以上)200円/小・中学生 100円
アクセス JR丸亀駅南口から徒歩約15分/坂出IC・善通寺ICから車で約20分
管理団体 丸亀市

参考文献

丸亀城跡 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/217529
丸亀城天守 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191123
丸亀城 大手一の門 ― 文化遺産オンライン(文化庁)
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/148481
歴史・文化財 ― 丸亀市公式ホームページ
https://www.city.marugame.lg.jp/page/1009.html
観覧時間・観覧料 ― 丸亀市公式ホームページ
https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/7454.html
丸亀城 ― 丸亀市観光協会
https://www.love-marugame.jp/spot/295
丸亀城 ― Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/丸亀城

最終更新日: 2026.05.02