現存十二天守で最も小さい天守
丸亀城天守は、香川県丸亀市一番丁にある江戸時代前期の木造天守で、万治3年(1660年)に完成し、昭和18年(1943年)6月9日に国の重要文化財に指定された。
現存する十二の天守のうち、最も小さい。高さは約15メートル。明治の廃城令も戦災も震災もくぐり抜けた十二基のなかで最も低い天守が、十二基のなかで最も高い石垣の上に載っている。この落差こそが丸亀城の見どころである。
天守が建つのは標高約66メートルの亀山の頂で、城の別名も亀山城という。平野の中の丘陵に築かれた平山城で、本丸・二の丸・三の丸に加えて帯曲輪・山下曲輪を備える。丸亀市によれば城域は東西約540メートル、南北約460メートルにおよび、内堀内の204,756平方メートルが史跡指定範囲にあたる。
文化庁データベースは構造を「三重三階櫓、本瓦葺」と記載し、附指定として板札1枚を挙げる。年代は寛永20年から万治3年(1643〜1660年)とされ、二つの大名家をまたぐ工期である。
なぜ小さく建てられたのか
亀山に最初の城を築いたのは、慶長2年(1597年)に讃岐へ入った生駒親正である。だがこの城は長く続かなかった。元和元年(1615年)の一国一城令によって廃城となり、丸亀は三十年近く城のない土地になる。西讃岐が別の藩として分けられたのち、山崎家治が幕府の許可を得て寛永20年(1643年)に再建へ着手した。万治元年(1658年)に京極高和が入封し、万治3年に天守が完成する。石垣を含む大改修が終わるのは延宝元年(1673年)である。
江戸時代を通じて、この建物が天守と呼ばれることはなかった。呼称は「御三階櫓」。六万石の藩が幕府に対して天守を掲げることはせず、控えめな規模と控えめな名称が対になっていた。その抑制は外観にも出ている。正面に千鳥破風と唐破風が小さく付くほかは、装飾らしい装飾がない。
昭和18年6月という指定年月日は、戦前の国宝保存法の時代にあたる。昭和25年(1950年)の文化財保護法施行により、旧法下で国宝とされた建造物は重要文化財へ引き継がれ、指定年月日はそのまま残された。同じ昭和25年には天守の解体修理が行われており、その完成を記念して第1回の丸亀お城まつりが開かれている。
大手の二つの門も、それぞれ別に指定を受けている。櫓門の大手一の門と高麗門の大手二の門はいずれも寛文10年(1670年)の再建で、昭和32年(1957年)に重要文化財となった。一の門は藩士が時刻を知らせる太鼓を打ったことから「太鼓門」の別名を持つ。二つの門にはさまれた枡形は南北十間(約18メートル)、東西十一間(約20メートル)あり、当時の軍学が標準とした寸法をかなり上回る。
登城路で石垣を読む
大手門から天守までの登り道は、そのまま石積み技術の展示場になっている。丸亀市が公開する石垣の見所紹介では、次のような箇所が挙げられている。
- 大手枡形の鏡石。2メートルを超える大石を、城の正面に見せる石として据えている
- 打ち込みハギ。割って加工した石を横目地を通して積む技法で、主要な石垣の大半がこれにあたる
- 三の丸の算木積み。とくに瀬戸内海に面した北側は高さ20メートルを超える高石垣になっている
- 南東山麓の野面積み。自然石をそのまま組み合わせた古い積み方が残る
- 本丸西側のハバキ石垣。膨らんだ石垣を外から押さえる補強で、山崎氏時代に築かれたことがわかっている
- 三の丸付近の赤く変色した花崗岩。明治2年(1869年)の御殿火災で戌亥櫓が焼けた際、熱を受けて脆くなった跡である
山麓から山頂まで四段に積み上げられた石垣は、合わせて約60メートルに達し、日本一の高さともいわれる。内堀端に立って見上げれば、数字を確かめるまでもない。
平成30年(2018年)の豪雨では、帯曲輪西面の石垣と三の丸坤櫓跡の石垣が崩落した。復旧工事は現在も続いている。丸亀市は工事の進捗を公開しており、崩落現場の近くには専用のPR館が設けられ、石工の道具や出土品の展示、屋上からの工事見学ができる。
天守の内部は、この時代の現存天守がどれもそうであるように、階段が急で天井が低い。最上階からは市街地の向こうに瀬戸内海と瀬戸大橋、讃岐富士と呼ばれる飯野山が見渡せる。本丸の櫓跡はそれぞれ展望場所として整備されている。
天守の観覧時間は9時から16時30分(入城は16時まで)で、定休日はない。観覧料は大人400円、中学生以下は無料。支払いは現金のほかクレジットカード、交通系電子マネー、QRコード決済に対応する。大手一の門の内部は同じ時間帯に無料で公開されている。中津万象園との共通券は900円。JR丸亀駅からは徒歩10分ほどである。
Q&A
- 丸亀城天守の観覧時間と観覧料を教えてください。
- 9時から16時30分まで(入城は16時まで)で、定休日はありません。観覧料は大人400円、中学生以下は無料です。20人以上の団体は2割引、丸亀市に住所のある65歳以上の方は証明の提示で無料になります。
- 丸亀城天守は現存する建物ですか、それとも復元ですか。
- 現存建物です。万治3年(1660年)の完成で、江戸時代以前から残る現存十二天守の一つにあたり、そのなかで最も小さい高さ約15メートルの天守です。昭和25年(1950年)に解体修理を受けていますが、部材は歴史的なものです。
- 丸亀城の崩落した石垣は今も工事中ですか。天守には登れますか。
- 平成30年(2018年)の豪雨で崩落した帯曲輪西面と三の丸坤櫓跡の石垣は、現在も復旧工事が続いています。天守そのものは公開されています。丸亀市が進捗を公表しているほか、現場近くのPR館で工事の内容を知ることができます。
- 丸亀城天守へは駅からどのくらいかかりますか。
- JR丸亀駅から大手門まで徒歩10分ほどです。大手門から天守までは石畳の坂道をさらに15〜20分ほど登ります。傾斜があるので歩きやすい靴をおすすめします。
- 丸亀城天守はなぜ江戸時代に「御三階櫓」と呼ばれていたのですか。
- 天守ではなく三階建ての櫓と称したのは、徳川幕府への配慮によるものです。六万石の藩にとって、建物の規模も呼称も控えめにしておく理由がありました。
基本データ
| 名称 | 丸亀城天守(まるがめじょうてんしゅ) |
|---|---|
| 所在地 | 香川県丸亀市一番丁無番地 |
| 指定区分 | 重要文化財(建造物)/指定番号 01060 |
| 指定年 | 昭和18年(1943年)6月9日 |
| 員数 | 1棟(附:板札1枚) |
| 寸法 | 三重三階櫓、本瓦葺/高さ約15メートル |
| 所有者 | 丸亀市 |
| 公開状況 | 9時〜16時30分(入城16時まで)、定休日なし。大人400円、中学生以下無料 |
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁) — 丸亀城天守
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/102/3286
- 文化遺産オンライン — 丸亀城天守
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/191123
- 丸亀市 — 観覧時間・観覧料
- https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/7454.html
- 丸亀市 — 丸亀城とは
- https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/2907.html
- 丸亀市 — 石垣(見所紹介)
- https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/2920.html
- 丸亀市 — 石垣修復情報
- https://www.city.marugame.lg.jp/site/castle/list13.html
最終更新日: 2026.08.09