露坐の大仏、国宝・銅造阿弥陀如来坐像

鎌倉市長谷、高徳院の境内に座る金銅の仏像は、ふつう「鎌倉大仏」と呼ばれる。国の指定台帳に記された正式の名は銅造阿弥陀如来坐像である。像高は約11.3メートル、台座まで含めれば約13.4メートルに達し、重量はおよそ121トン。顔の長さだけでも約2.35メートルあり、間近に立つとその規模が実感される。

鎌倉幕府の正史『吾妻鏡』によれば、金銅像の鋳造が始められたのは建長4年(1252年)のことである。同書には寛元元年(1243年)に木造の大仏が完成したとの記述もあり、後に金銅の像がこれに代わったとする説が広く語られているが、両者の関係は今も確かめられていない。完成の年月も、原型を手がけた仏師の名も記録に残らなかった。造立の費用は、僧浄光が勧進によって集めた浄財が充てられたとされる。

本尊は西方極楽浄土の阿弥陀如来で、浄土宗の信仰の中心に置かれる仏である。膝の上で両手を組む印相は阿弥陀定印と呼ばれ、親指と指先が二つの輪を結ぶ。やや前へ傾く上体とまるみを帯びた肩は、鎌倉時代の彫刻に特徴的な写実の感覚に連なるものである。

国宝に位置づけられた理由

この像は国内で最も高い水準の保護を受けている。古社寺保存法のもと明治30年(1897年)12月28日にまず指定を受け、現行の文化財保護法のもとで昭和33年(1958年)2月8日に国宝へと改めて指定された。鎌倉に数ある仏教彫刻のなかで、国宝の格を持つ仏像はこの一躯だけである。

価値の一端は、ほかならぬ現存そのものにある。日本の前近代の巨大仏の多くは火災や戦乱、地震によって失われてきた。著名な奈良・東大寺の大仏も、幾度かの鋳直しと再建を経ている。これに対して鎌倉の像は、13世紀に与えられた姿を比較的よくとどめている。鋳造はおよそ八段に分けて下から上へと継ぎ重ねる手順で進められ、その継ぎ目は中空の体内の壁面に今も読み取ることができる。

もう一つの価値は造形にある。正面に立つと、わずかに俯いた頭の傾きによって、半ば閉じた目がちょうど参拝者の視線と合う。水平な眉、長い鼻すじ、口元にうかぶ淡い微笑は、古くから人々の関心を引いてきた。歌人の与謝野晶子は大仏を美男とうたい、その歌碑が境内に残る。鼻すじと眉の線に西洋の古典彫刻との通いを見る向きもあり、これは宋代中国の作風が鎌倉の工房に及ぼした影響と結びつけて語られることが多い。

訪れたときの見どころ

覆う堂宇がないため、大仏は屋外でぐるりと一周しながら拝することができる。頬のあたりを近くから見ると、わずかに金箔の痕跡が認められる。造立当初は全身が金で覆われていたといい、今は青緑にくすんで見えるこの像も、かつては金色に輝いていた。胸にかかる衣の襞や、螺髪と呼ばれる髪のひと粒ひと粒も、足を止めて眺めたい細部である。

別料金を納めれば胎内に入れる。内部は柱のない一つの空洞で、下から見上げると鋳造の八段が背や肩へと積み上がる様子が見て取れる。背面に開く二つの窓は造立時のもので、鋳型の土砂をここから掻き出すために設けられた。昭和33年から35年(1958~1960年)の大修理では頸部が補強され、地震の揺れを和らげる台座が像の下に据えられた。注意して見れば、その跡を確かめることもできる。

境内のあちこちに大きな礎石が点在する。これらはかつて像を覆っていた大仏殿の跡を示すものである。建武元年(1334年)と応安2年(1369年)の大風、そして明応7年(1498年)の大地震によって堂宇は損壊し、地震に伴う津波を最後の原因とする説もある。以後、大仏は露坐のまま今日に至る。江戸時代中期、僧祐天は浅草の商人の喜捨を得て腐食した像を修復し、寺を高徳院として再興した。失われた堂宇の跡地は、平成16年(2004年)に国の史跡に指定されている。

高徳院の周辺

寺は江ノ島電鉄、地元で江ノ電と呼ばれる単線の長谷駅から徒歩約7分の位置にある。鎌倉駅からの乗車時間はおよそ5分。行楽期には小さな車両がすぐに混み合うため、時間に余裕を持ちたい。駅から山門までの道はほぼ一本道である。

少し足をのばす価値もある。徒歩約5分の長谷寺は、十一面観音と、初夏に斜面を彩るあじさいで知られる。高徳院の裏手からは大仏ハイキングコースが古都を囲む尾根へと登り、寺を源氏山やその先へとつないでいる。

Q&A

Q奈良の大仏と同じものですか。
A別の寺の別の像です。奈良の像は東大寺の盧舎那仏で、規模はより大きいものです。鎌倉の像は高徳院の阿弥陀如来で、こちらはやや小さいものの、13世紀の当初の姿をよくとどめています。奈良の像が幾度も再建されているのとは対照的です。
Q本当に像の中に入れるのですか。
A入れます。中空の胎内は拝観料とは別に50円で公開されています。胎内拝観は境内より早く16時30分ごろに締め切られるため、外でゆっくりする前に先に入っておくとよいでしょう。
Q鎌倉の中心部からの行き方は。
A鎌倉駅から江ノ電で長谷駅まで約5分、そこから山側へ徒歩7分ほどです。鎌倉駅東口からのバスも「大仏前」停留所に停まり、降りればすぐ山門前に着きます。
Q拝観料と拝観時間を教えてください。
A拝観料は中学生以上の大人が300円、小学生が150円です。境内は8時に開き、4月から9月は17時30分、10月から3月は17時に閉門します。入場は閉門の約15分前までです。
Qなぜ屋外に座っているのですか。
Aもとは木造の堂宇に納められていましたが、その堂は大風と明応7年(1498年)の大地震で損壊し、再建されませんでした。以後500年あまり露坐のままで、そのため今日では像のまわりを自由に巡ることができます。

基本情報

名称銅造阿弥陀如来坐像(鎌倉大仏)
所在地神奈川県鎌倉市長谷4-2-28
所有者高徳院
指定区分国宝(彫刻)。明治30年(1897年)12月28日に指定、昭和33年(1958年)2月8日に国宝指定
員数1躯
時代鎌倉時代。建長4年(1252年)に金銅像の鋳造開始
寸法・重量像高 約11.3メートル(台座込み 約13.4メートル)、重量 約121トン
アクセス江ノ電 長谷駅から徒歩約7分。バス「大仏前」停留所下車すぐ
拝観時間8時~17時30分(4~9月)、8時~17時(10~3月)。胎内拝観は16時30分ごろまで
拝観料大人300円、小学生150円。胎内拝観は別途50円

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/201/270
鎌倉大仏殿高徳院 公式サイト
https://www.kotoku-in.jp/
鎌倉市観光協会
https://www.trip-kamakura.com/place/japanheritage/154.html
東京文化財研究所
https://www.tobunken.go.jp/kotoku-in/

最終更新日: 2026.06.10