土と瓦でできた塀

塀が保護対象の建造物に挙がることは多くない。しかしこの塀は、その席を得た。神霊教鎌倉錬成場の練塀は、鎌倉・長谷の旧別荘の敷地で、待合の背面側から延びる低い庭塀である。延長は約一六メートル。矩折れに折れながら進み、石でも木でもなく、突き固めた土と瓦を交互に積んで築かれている。

練塀とは、粘土と瓦を段に重ねて築く日本の伝統的な塀の一種で、瓦の段が土に強度と律動を与える。ここでは玉石の布基礎の上に土と平瓦を交互に九段積み、高さは七〇センチメートル強。雨を落とすため、頂部には瓦葺の小屋根をのせる。

玉石の上に九段

その構えは近くで見るほど面白い。基礎は丸い玉石を並べた布基礎で、水平に据わり上の重みを受けるよう選ばれている。その上に、突き固めた粘土の段と平瓦の段を交互に、あわせて九段重ねる。仕上がった面は水平の線が連なるように読め、土と瓦が互いに応じ合う。頂部の小屋根も塀と同じ瓦で葺かれ、土の芯を風雨から守り、全体に整った輪郭を与える。

これは時間のかかる、身体を使う仕事だ。粘土の段は突き固めて締まるのを待ってから、次の瓦の段を置く。こうしてできた塀は、構造であると同時に文様でもある。作り方を隠さず、むしろ見せる造作である。

茶庭と一体に造られた

練塀は平成二八年(二〇一六)一一月二九日、主屋の霊源閣、待合、門とともに登録有形文化財に登録された。待合や門と同じく、基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。

文化庁の記録には、知っておきたい一節がある。設計図から、この塀が増築部の茶室および待合と一体に造られたことが明らかだ、というのである。後からの付け足しではなく、ひとつの景観として作られた。その築造は昭和三一年(一九五六)ごろ、敷地の一九五〇年代半ばの増築群にあたる。塀が属する別荘は、大正七年(一九一八)に山本条太郎が完成させたものである。

見どころ

通りすがりには、庭塀は見落としやすい。ここでは足をゆるめると、積層に興味が湧く。段を数え、瓦と土の線を目で追い、矩折れの角が文様を途切れさせずに回り込む様子に気づく。玉石の基礎、突き固めた土の段、小さな屋根。どの要素も役目を持ち、そのどれもが目に見える。

練塀は、囲い込む茶庭を縁取り、待合と広い敷地との間に静かな境界を引く。背後に立つ待合とあわせて読めば、日本の庭が植栽や園路だけでなく、その間の空間を形づくる低い構造物によっても構成されていることがわかる。

Q&A

Q練塀とは何ですか。
A突き固めた粘土と瓦の段を交互に重ねて築く伝統的な塀です。瓦の段が強度を加え、塀に独特の縞の表情を与えます。
Qこの塀はどう造られていますか。
A玉石の布基礎の上に土と平瓦を交互に九段積み、高さは七〇センチメートル強。頂部に瓦葺の小屋根をのせます。延長は約一六メートルで、矩折れに折れます。
Q見に行くことはできますか。
A通常非公開の神霊教施設の敷地内にあり、団体見学が年に数回行われる程度です。訪問前に神霊教へ確認してください。
Qなぜ庭塀を登録するのですか。
A茶室や待合と一体の構成として造られ、敷地の歴史的景観を形づくっているためです。値打ちはその一体性と造作にあります。
Q近くで代わりに訪ねられる場所は。
A敷地は長谷にあり、いずれも拝観できる長谷寺や高徳院の鎌倉大仏が近くにあります。鎌倉文学館の庭も立ち寄り先になります。

基本情報

名称神霊教鎌倉錬成場練塀
所在地神奈川県鎌倉市長谷三丁目598
区分登録有形文化財(建造物) 平成28年(2016)11月29日登録 登録番号14-0225
建築年昭和31年(1956)頃
構造土塀、瓦葺、延長約16メートル
所有者宗教法人神霊教
公開状況通常非公開。団体見学が年数回のみ

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)— 神霊教鎌倉錬成場練塀
https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011278
文化遺産オンライン — 神霊教鎌倉錬成場練塀
https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/221004
鎌倉市観光協会 — 神霊教鎌倉錬成場(旧山本条太郎邸)
https://www.trip-kamakura.com/facility/detail.php?id=242

最終更新日: 2026.07.10