神奈川県庁舎:横浜のシンボル「キングの塔」
横浜市中区の日本大通りに堂々と佇む神奈川県庁舎は、横浜港を代表するランドマークの一つです。1928年(昭和3年)に竣工したこの威風堂々たる建築物は、「キングの塔」の愛称で広く親しまれ、横浜税関本関庁舎の「クイーンの塔」、横浜市開港記念会館の「ジャックの塔」とともに「横浜三塔」を形成しています。2019年(令和元年)12月に国の重要文化財に指定された本庁舎は、昭和初期の建築技術と和洋折衷の意匠が見事に融合した、後の帝冠様式の先駆的作品として高い評価を受けています。
歴史的背景
現在の神奈川県庁舎は、四代目の県庁舎にあたります。神奈川県の行政機関としての歴史は、幕末に設置された神奈川奉行所を引き継いだ横浜裁判所にまで遡ります。初代の県庁舎は現在の横浜地方検察庁・横浜地方裁判所の位置にありましたが、火災により焼失しました。二代目は横浜税関として建てられた建物を譲り受けたもので、1883年(明治16年)より現在の場所に移り使用されるようになりました。そして三代目の庁舎は、1923年(大正12年)9月1日の関東大震災によって内部を焼失し、取り壊しを余儀なくされました。
震災からの復興にあたり、1926年(大正15年)に新庁舎の設計競技(コンペ)が実施されました。当時としては異例の398通もの応募が寄せられたこのコンペにおいて、東京市電気局の技手であった小尾嘉郎(おび・かろう、1898〜1972年)の案が一等に選ばれました。コンペの「設計心得」には「船舶出入ノ際、港外ヨリノ遠望ヲ考慮シ、成ル可ク県庁舎ノ所在ヲ容易ニ認識シ得ル意匠タルコトヲ望ム」と記されており、塔の設置が暗示されていたことから、上位入賞作はいずれも塔を備えたデザインでした。小尾は五重塔をモチーフとした塔を構想し、「穏健質実且つ厳然として冒し難き我国風を表現」したと述べています。
小尾の一等案をもとに、神奈川県内務部の建築技師・成富又三を中心とし、著名な構造学者・佐野利器を建築顧問に迎えて実施設計が進められました。小尾自身も1926年10月に神奈川県に入り実施設計に関与しましたが、わずか3か月ほどで退職しています。1926年12月4日に地鎮祭が執行され、1927年1月15日に着工、約275万円の工費を投じて1928年10月31日に竣工しました。
重要文化財としての価値
神奈川県庁舎は、2019年(令和元年)12月27日付で国の重要文化財に指定されました。その価値は多岐にわたります。
第一に、構造面における画期性です。関東大震災の教訓を直接的に受け、鉄骨鉄筋コンクリート構造を採用した先駆的な地方庁舎建築であり、その後の全国の官公庁舎建築における耐震設計の方向性を示しました。
第二に、意匠面での独創性です。五重塔に用いられる相輪や宝形屋根を模した象徴的な塔を持ち、西洋的な近代建築の形態と日本的な装飾意匠を融合させた先駆的事例です。スクラッチタイル貼りの外壁やアール・デコ風の幾何学的装飾に加え、宝相華紋をはじめとする和風のモチーフが各所にあしらわれており、後に「帝冠様式」と呼ばれる建築潮流の先駆けとされています。
第三に、記録資料としての価値です。戦前の公募型設計競技として多数の応募があった本コンペの一等案を踏襲した実施設計図面230枚、建築模型1基など、設計競技から竣工に至る一連の資料がまとまって現存しており、近代建築史の貴重な記録として附指定されています。これらの資料は、昭和初期の建築設計の実態を伝える唯一無二の存在です。
加えて、附指定物件として東自動車庫、西自動車庫、外塀も含まれており、庁舎建築の全体像を理解する上で重要な構成要素となっています。
建築の見どころ
神奈川県庁舎は、鉄骨鉄筋コンクリート造、地上5階・地下1階・塔屋4階建て、高さ約48.6メートルの堂々たる建築です。外壁には茶褐色のスクラッチタイルが貼られ、フランク・ロイド・ライトが設計した旧帝国ホテルなどに見られる「ライト様式」の影響を色濃く受けています。正面玄関の車寄せ柱に施された装飾や矢印状の連続装飾は、ほとんどが直線のみで構成されたアール・デコ風の幾何学模様であり、建物全体に近代的な品格を与えています。
玄関ホールは、アール・デコの幾何学的装飾と和風の意匠が調和した荘厳な空間です。中央階段の球形照明や手すりのグリルには「宝相華(ほうそうげ)」のモチーフがあしらわれています。宝相華とは唐草文の一種で、極楽浄土に咲く幻の花とされ、本庁舎のものは宇治平等院に見られるものとよく似た意匠です。このモチーフはシャンデリアや家具にも用いられ、建物全体に統一感のある和の装飾世界を作り上げています。
4階の正庁(せいちょう)は、重要な式典に使用される「正面の大広間」です。日本の建築様式で最も格式の高い折上げ格天井(おりあげごうてんじょう)が用いられ、和風と洋風が見事に融合した格調高い空間となっています。近年の復元工事により、竣工当時の姿が令和の時代によみがえりました。3階の旧貴賓室や旧議場も竣工時の状態をよく保っており、昭和初期の公的空間の雰囲気を今に伝えています。
屋上には竣工当時に軒先を飾っていたテラコッタの装飾が展示されています。現在は銅板で覆われている軒先ですが、かつてはこの焼き物の装飾が建物に華やかな彩りを添えていました。その実物を間近に見ることができるのは、屋上ならではの楽しみです。
キングの塔と横浜三塔
「キングの塔」という愛称は、昭和初期に横浜港に入港した外国人船員たちによって名付けられたと伝えられています。彼らは港のスカイラインに目立つ三つの塔にトランプのカードになぞらえた名前をつけました。キング(神奈川県庁本庁舎、高さ約49メートル、1928年竣工)、クイーン(横浜税関本関庁舎、高さ約51メートル、1934年竣工)、ジャック(横浜市開港記念会館、高さ約36メートル、1917年竣工)です。
この塔はかつて「修養塔」と呼ばれ、最上階には横浜の総鎮守とされる伊勢山皇大神宮の分霊が祀られていました。現在、県庁東庁舎側の日本大通りの歩道からは三塔すべてを一望することができ、この三塔を同時に見ることができるスポットから眺めると願いが叶うという都市伝説も生まれ、横浜を訪れる人々の間で親しまれています。
見学案内
神奈川県庁本庁舎は、開庁時間内であればどなたでも無料で見学することができます。平日の8時30分から17時15分まで、6階の「神奈川県庁本庁舎歴史展示室」と屋上展望台が公開されています(土日祝日、12月29日〜1月3日は閉庁)。歴史展示室では、四代にわたる県庁舎の歴史やその建築的な魅力がパネルと音声ガイドで紹介されています。
屋上展望台からは、横浜港やみなとみらい地区を一望でき、天気の良い日には東京スカイツリーまで見渡すことができます。クイーンの塔(横浜税関)やジャックの塔(横浜市開港記念会館)を間近に望めるのも、キングの塔からならではの景観です。赤レンガ倉庫、象の鼻パーク、大さん橋、ベイブリッジなどの名所も眼下に広がります。
3階の知事室、旧貴賓室、旧議場や、4階の正庁といった内部空間の特別公開は不定期で実施されており、公開日は神奈川県庁のホームページで告知されます。特別公開日にはボランティアガイドが常駐し、建物の歴史や建築的な見どころについて丁寧に解説してくれます。本庁舎の玄関ホールや廊下は開庁時間中いつでも自由に見学でき、随所に見られるアール・デコ装飾を楽しむことができます。
また、本庁舎は多くの映画やテレビドラマのロケ地としても知られています。夜間のライトアップは金・土・日曜日の日没から22時まで実施されており、荘厳な外観が美しく照らし出されます。
周辺の見どころ
神奈川県庁舎は横浜有数の観光エリアの中心に位置しており、徒歩圏内に多彩な観光スポットが点在しています。
庁舎の目の前を通る信号を渡ると、象の鼻パークに到着します。横浜港発祥の地として整備されたこの水際の公園からは、大さん橋国際客船ターミナルや赤レンガ倉庫を眺めることができます。赤レンガ倉庫は明治末期から大正初期に建設された歴史的建造物をリノベーションした複合施設で、ショッピングやグルメ、季節ごとのイベントが楽しめます。
南東方向に進むと、約700メートルにわたって海沿いに広がる山下公園があります。園内には「赤い靴はいてた女の子」像やインド水塔などの国際色豊かなモニュメントが点在し、重要文化財に指定されている氷川丸も係留されています。さらにその先には、世界最大級の中華街として知られる横浜中華街が広がり、500以上の店舗が軒を連ねています。
反対方向のみなとみらい21地区には、横浜ランドマークタワーやコスモクロック21(大観覧車)、カップヌードルミュージアムなど近代的な施設が集まっています。また、近くの馬車道沿いには、旧横浜正金銀行本店を利用した神奈川県立歴史博物館(国の重要文化財・史跡)があり、地域の歴史をより深く学ぶことができます。
Q&A
- 神奈川県庁舎は一般の人でも見学できますか?
- はい。平日の開庁時間(8時30分〜17時15分)であれば、6階の歴史展示室と屋上展望台をどなたでも無料で見学できます。玄関ホールや廊下も自由に見学可能です。3階の旧貴賓室・旧議場や4階の正庁など内部の特別公開は不定期で行われ、日程は神奈川県庁ホームページで告知されます。
- 「横浜三塔」とは何ですか?
- 横浜三塔とは、横浜港周辺に建つ3つの歴史的建造物の総称です。キングの塔(神奈川県庁本庁舎、1928年竣工)、クイーンの塔(横浜税関本関庁舎、1934年竣工)、ジャックの塔(横浜市開港記念会館、1917年竣工)を指し、昭和初期に横浜港に入港した外国人船員たちがトランプのカードになぞらえて名付けたとされています。
- なぜ重要文化財に指定されたのですか?
- 関東大震災の教訓から鉄骨鉄筋コンクリート構造を採用した先駆的な庁舎建築であること、五重塔の相輪や宝形屋根を模した象徴的な塔を持つ帝冠様式の先駆けであること、宝相華紋など和風を基調とした優れた内部意匠が竣工当時のまま残されていること、そして設計競技から竣工に至る230枚の建築図面や模型が保存されていることなどが評価されました。
- アクセス方法を教えてください。
- 最寄り駅はみなとみらい線「日本大通り駅」で、県庁口出口を出ると目の前です。JR京浜東北線・根岸線および横浜市営地下鉄の「関内駅」からは徒歩約10分です。見学者用の専用駐車場はありませんが、周辺に有料駐車場が多数あります。
- ライトアップは行われていますか?
- はい。金・土・日曜日の日没から22時まで、本庁舎のライトアップが実施されています。荘厳な建築が美しく照らし出され、昼間とは異なる幻想的な雰囲気を楽しむことができます。特別なイベント時にはスケジュールが変更される場合がありますので、事前に県庁ホームページでご確認ください。
基本情報
| 名称 | 神奈川県庁舎(かながわけんちょうしゃ) |
|---|---|
| 愛称 | キングの塔 |
| 文化財指定 | 国指定重要文化財(2019年12月27日指定) |
| 設計 | 神奈川県内務部(設計コンペ一等入選・小尾嘉郎案をもとに設計)/建築顧問:佐野利器 |
| 竣工 | 1928年(昭和3年)10月31日 |
| 構造 | 鉄骨鉄筋コンクリート造、地上5階・地下1階・塔屋4階建て |
| 高さ | 約48.6メートル |
| 建築面積 | 約3,070㎡(竣工時延床面積:約18,292㎡) |
| 所在地 | 〒231-8588 神奈川県横浜市中区日本大通1 |
| 所有者 | 神奈川県 |
| 見学時間 | 平日 8:30〜17:15(6階展示室・屋上展望台)/土日祝日・12/29〜1/3は閉庁 |
| 入場料 | 無料 |
| アクセス | みなとみらい線「日本大通り駅」県庁口出口すぐ/JR・市営地下鉄「関内駅」徒歩約10分 |
| 附指定 | 東自動車庫1棟、西自動車庫1棟、外塀1基、建築図面230枚、建築模型1基 |
参考文献
- 神奈川県庁舎 — 文化遺産オンライン
- https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/378247
- キングの塔(神奈川県庁本庁舎)へようこそ! — 神奈川県ホームページ
- https://www.pref.kanagawa.jp/docs/rb2/cnt/f380088/index.html
- 県庁を見学するには — 神奈川県ホームページ
- https://www.pref.kanagawa.jp/docs/rb2/faq/p3400.html
- 神奈川県庁舎 — Wikipedia
- https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%A5%88%E5%B7%9D%E7%9C%8C%E5%BA%81%E8%88%8E
- 重要文化財「神奈川県庁舎」附指定の建築図面 — 神奈川県立歴史博物館
- https://ch.kanagawa-museum.jp/monthly_choice/2021_07
- 神奈川県庁本庁舎 — 観光かながわNOW
- https://www.kanagawa-kankou.or.jp/spot/85
- 国宝・重要文化財(建造物)神奈川県庁舎 — 文化庁
- https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/102/00005188
- 神奈川県庁本庁舎 — GOOD LUCK TRIP
- https://www.gltjp.com/ja/directory/item/13708/
最終更新日: 2026.04.17