カツオを乾かす小屋と、地震のあとの再建

主屋二階の南西隅から、細長い小部屋が一つ張り出している。その階下は人が抜ける通用門になっていて、上の部屋では、家の者がカツオを鰹節に仕立てるための下ごしらえを進めた。少し離れた中庭側には、壁を持たない吹き放ちの小屋が建つ。これが干場で、節を載せた台が宇佐の海風と日差しを受けた場所である。

高知県土佐市宇佐町の漁師町に残る、泉家住宅支度部屋及び干場。支度部屋と干場の二棟を合わせて一件として登録された建造物で、建築面積はわずか二十一平方メートルほどにすぎない。しかしこの小さな施設は、新鮮なカツオを国内屈指の鰹節へと変えていった一軒の生業の場の一部であった。

二つの建物の姿

支度部屋は主屋二階の南西に付属する。桁行一間半、梁間一間、南北棟の切妻造で、外部は下見板張とする。階下は通用門にあてられ、上階を魚の取り扱いのための作業空間として使った。寸法だけを見れば取るに足らない一室だが、製造の各工程をつなぐ役割を担っていた。

干場は桁行三間、梁間一間半の南北棟、切妻造、桟瓦葺の平屋建である。中庭側を吹き放ちとし、そこに壁を立てない。風と光を通すための構えで、割って下乾きさせた節を載せた台を出し入れし、空気が抜けるようにした。開け放たれていることそのものが、この建物の機能だった。

いずれも昭和二十二年頃の建築にあたる。昭和二十一年十二月、太平洋岸を襲った昭和南海地震ののち、屋敷をあげて建て直された一連の建物の一部である。屋敷の中心となる主屋もこの時に再建された木造二階建で、建築面積は約九十二平方メートル、二階を二十畳の大広間とする。敷地南側の漁港寄りには鰹節製造場が別に建ち、その内部は釜炊き場、燻し場、黴付け場、貯蔵場の四室に分かれて、製造の中心的な施設となっていた。

登録の理由

この建物は指定文化財ではなく、登録有形文化財である。両者の区別は小さくない。国宝や重要文化財は、国家的に最も高い価値をもつと判断された物件に限られ、現状変更には厳しい規制がかかる。これに対して、平成八年(一九九六)に始まった登録制度は、より広く日常的な範囲の建造物、とりわけ近代以降の、地域の景観を形づくる構造物を対象とする。届出を基本とする緩やかな仕組みであり、いまも使われ、住まわれている建物になじみやすい。

泉家の建物群は平成十六年(二〇〇四)十一月二十九日、国土の歴史的景観に寄与しているものとして登録された。希少な技巧や古さで評価されたわけではない。価値は、主屋・製造場・支度部屋・干場という、戦後同じ時期に建てられ、一つの生業に結びついた一そろいがほぼ完全に残っている点にある。これらを合わせて読むと、宇佐の一軒が、釜から日向の台までを含めて鰹節づくりの場をどう構えていたかが見えてくる。

見どころ

主屋から少し離れて妻壁を眺めてほしい。漆喰の壁面に五段の水切瓦が並ぶ。雨水を壁から切るために瓦を段状に差し込んだもので、台風が横なぐりの雨を運ぶ南四国でよく見られる工法である。これが土佐の家屋に、ほかの地方では目にしにくい段重ねの輪郭を与えている。

干場はゆっくり見るほどおもしろい。吹き放ちの建物が登録され保護されるのは珍しい。骨組みと屋根、そしてその下の空間しかないからだ。だがその空白こそが建物の働きそのものである。木の台が並び、中庭が煙と潮の匂いに満ちた情景を思い描けば、用途は容易に納得できる。

別件として登録された製造場が、絵を完成させる。四つの室は製造の順序にそって配されている。カツオを煮て、薪の火で繰り返し焙乾し、有用なカビをあえて付けてふたたび乾かす。これを何度も繰り返すうちに、節は世界で最も硬い食品の一つとされるほどに締まっていく。最も手をかけた本枯節になると、仕上がりまでにおよそ半年を要する。

宇佐をめぐる

宇佐は改良土佐節の発祥地を称する。言い伝えによれば、三百年以上前、紀州から流れ着いた漁夫がこの地で焙乾と魚の水分を落とす技を授けたとされる。宇佐の職人はこれに燻しとカビ付けの工夫を重ねて製法を磨き、土佐節は高い評価を得た。文政五年(一八二二)の鰹節番付では、宇佐や近隣の港の節が上位に並んでいる。

この生業から育った町は小さく、数千人が暮らす。細い路地が入り組み、日によっては節を燻す香りが風にのって流れてくる。最盛期には四十軒ほどあった鰹節屋も、いまは数軒を残すばかりだ。歩くなら、土佐市観光協会の案内する漁師町の食べ歩きが心強い。実際に稼働する鰹節屋への立ち寄りと味見を含む九十分ほどの行程で、当日の作業内容によって見られるものが変わるため、予約しておくのがよい。

漁港そのものにも足を止めたい。鯨のように突き出た岬の形は、よく知られた日本のアニメーション映画で漁師町の舞台のモデルとなった。暖かい季節には沖でホエールウォッチングの船も出る。土曜には漁協で市が立つ。

Q&A

Q泉家住宅の中に入れますか。
A個人の住宅であり、内部の見学や公開には対応していません。周囲の通りからその構えを眺めることはできます。宇佐の鰹節の家がどう働いていたかを知るなら、観光協会の案内する町歩きのほうがよくわかります。
Q支度部屋と干場は何のための建物ですか。
Aいずれも鰹節の家内製造にかかわる施設です。支度部屋は魚の下ごしらえの作業場として、干場は割った節を日に当てて乾かす場として使われました。干場は中庭側を壁のない吹き放ちとし、風と光を通す構えになっています。
Q登録有形文化財は国宝や重要文化財とどう違うのですか。
A登録は平成八年(一九九六)に設けられた緩やかな区分で、おもに近代以降の、景観に寄与する建造物を対象とします。現状変更を届け出る仕組みが中心で、厳しい規制のかかる指定文化財とは枠組みが異なります。
Qなぜ昭和二十二年頃の建築なのですか。
A同じ敷地にあった以前の家屋が、昭和二十一年十二月の昭和南海地震で倒壊したためです。主屋・支度部屋・干場・製造場は、その直後に震災前の姿を再現する形で建て直されました。
Q宇佐へはどう行きますか。
A高知駅や高知龍馬空港から車でおよそ三十〜四十分です。高速道路を使う場合は土佐インターチェンジで降り、国道五十六号と県道三十九号を宇佐漁港方面へ二十分ほど進みます。

基本情報

名称泉家住宅支度部屋及び干場(いずみけじゅうたくしたくべやおよびほしば)
所在地高知県土佐市宇佐町宇佐1775-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 39-0164
登録年月日平成16年(2004)11月29日告示(登録 11月8日)
員数1棟
年代昭和中期、昭和22年(1947)頃
構造及び形式木造2階及び平屋建、瓦葺、建築面積約21平方メートル
登録基準国土の歴史的景観に寄与しているもの
公開状況・交通個人住宅のため内部公開なし。土佐インターチェンジから宇佐漁港方面へ車で約20分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004450
土佐市観光協会「土佐市について」
https://tosacity-kankou.com/about/
土佐市観光協会「土佐節発祥の地を舌で楽しむ“宇佐ぶら”食べ歩き探検」
https://tosacity-kankou.com/kankou/category03/usabura/
こうち旅ネット(高知県観光情報Webサイト)「宇佐ぶら食べ歩き体験」
https://kochi-tabi.jp/search_spot_activity.html?id=15829

最終更新日: 2026.06.18