泉家住宅鰹節製造場 ― 土佐・宇佐に残る家内製造の四室

高知県土佐市の宇佐町。鰹の一本釣りで栄えた漁港の集落に、瓦屋根の住宅と並んで、東西に長い木造平屋の建物が建つ。建築面積はおよそ99平方メートル。外観はごく簡素だが、内部の間取りそのものが、生の鰹を硬い鰹節へと変えていく工程の順序を写している。釜炊き場、燻し場、黴付け場、貯蔵場の四室が、作業の流れに沿って一列に並ぶ。

これが泉家住宅鰹節製造場である。年代は昭和22年(1947年)頃。泉家の屋敷に建つ複数の建物とともに、登録有形文化財として一括で登録されている。製造場は漁港に近い敷地南側に位置し、棟を東西に通す。

工程に合わせて組まれた間取り

規模は桁行六間半、梁間二間半。切妻造、桟瓦葺の木造平屋建で、東側は一段低い落棟とする。北面には幅一間半ほどの土庇を差し掛け、屋外の作業場として用いる。室内に入ると、鰹が移ってゆく順に四つの部屋が現れる。

はじめは釜炊き場。下処理し三枚におろした鰹を煮て、身を締める。続く燻し場では、低い薪の火で焙乾する。これを何度も繰り返し、時間をかけて水分を抜きながら表面を硬く締めていく。次の黴付け場では、乾いた節に培養した黴を付け、残る水分を引き出して味を深める。四室目の貯蔵場で、仕上がった節を寝かせる。

最も乾燥の進んだ本枯節になると、黴付けと天日干しを数か月にわたって繰り返す。出来上がった節は長く保存がきくため、冷蔵設備のなかった時代にも、海辺の町は漁の恵みを遠い内陸まで送り出すことができた。この製造場は、工場ではなく一家の生業の規模で、その一連の作業を一つの屋根の下に収めていた。

登録の理由と、宇佐という土地

登録年月日は2004年(平成16年)11月8日、告示は同年11月29日。登録番号は39-0165である。登録の基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」。登録有形文化財は1996年(平成8年)に設けられた区分で、国宝や重要文化財といった指定とは性格が異なる。指定が高い価値をもつものに厳格な保護を及ぼすのに対し、登録はより緩やかな枠組みで、近代以降の建物や地域の景観を形づくる建造物を主な対象とする。所有者が日常的に使い続ける自由を残しながら保存を促す仕組みである。

宇佐は、その景観上の価値にふさわしい土地でもある。この町は改良土佐節の発祥地とされ、およそ二百年前、播磨屋亀蔵らによって製法に改良が加えられたと伝わる。ここで磨かれた技術は各地へ広まった。昭和三十年代以降、鰹の漁獲が減るにつれ、加工業者は廃業し、あるいは静岡や鹿児島へ移っていき、宇佐で節を作る家は少なくなった。製造のために建てられた建物が貴重になったことが、泉家の建物群を残す意味の一つでもある。2021年(令和3年)には、土佐節の製造技術そのものが登録無形文化財となり、鰹をさばく「土佐切り」や黴付けの工程といった技が評価された。

見学と、町歩き

製造場は個人の住宅の一部で、内部は公開されていない。鑑賞は公道からの外観に限られるが、それはこの建物が守るべきものとして登録された宇佐の町並みを、そのまま眺めることでもある。同じ屋敷には、昭和21年(1946年)の南海地震の後に再建された主屋があり、妻壁には土佐の家屋に見られる水切瓦が幾段も付く。その奥には小さな支度部屋と干場も控える。これらを合わせて見ると、一軒の家がどのように鰹節作りの作業を組み立てていたかが読み取れる。

宇佐はゆっくり歩く価値がある。かつて渡し船が遍路を運んだ場所に1973年(昭和48年)に架けられた宇佐大橋を渡ると、横浪半島が開ける。横浪黒潮ラインは、南に太平洋、北に静かな浦ノ内湾を望みながら稜線を走る。半島の先には四国八十八ヶ所第三十六番札所の青龍寺があり、寺伝では空海の開創とされる。百七十段の石段を上った本堂には、鎌倉時代の木造愛染明王坐像が安置され、重要文化財に指定されている。町に戻れば、今も土佐節を商う店があり、宇佐の名物である燻香のきいた生節も手に入る。それを味わうことが、この製造場が何のために建てられたのかを知る最も近い道だろう。

Q&A

Q建物の中を見学できますか。
Aいいえ。個人の住宅の一部であり、内部は公開されていません。登録の理由となった宇佐の町並みの一部として、公道から外観を眺めることができます。
Q登録有形文化財と指定文化財はどう違いますか。
A重要文化財などの指定は、高い価値をもつものに厳格な保護を及ぼします。1996年に始まった登録はより緩やかな枠組みで、地域の景観を形づくる近代以降の建物などを主な対象とし、所有者が使い続けながら保存することを促します。
Q四つの部屋は何のためのものですか。
A鰹節作りの工程の順に並んでいます。釜炊き場、燻し場、培養した黴を付ける黴付け場、そして貯蔵場です。鰹が一つの屋根の下で次の段階へと移っていけるよう配置されています。
Qいつ頃の建物ですか。
A昭和22年(1947年)頃のものです。1946年の南海地震で被害を受けた後、泉家の屋敷が再建された戦後の時期にあたります。
Q近くで土佐節を味わえますか。
A宇佐には今も土佐節を作り商う店が数軒あり、地元の名物である柔らかく燻香のきいた生節なども手に入ります。店で買い求めることが、この建物と食をつなぐ近道です。

基本情報

名称泉家住宅鰹節製造場(いずみけじゅうたくかつおぶしせいぞうじょう)
所在地高知県土佐市宇佐町宇佐1775-1
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号 39-0165
登録年月日2004年(平成16年)11月8日(告示 同年11月29日)
年代昭和22年(1947年)頃/昭和中期
員数1棟
構造木造平屋建、切妻造、桟瓦葺、建築面積約99平方メートル。内部は釜炊き場・燻し場・黴付け場・貯蔵場の四室
公開・アクセス個人住宅のため内部非公開(公道から外観のみ)。土佐インターチェンジから車で約30分

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)泉家住宅鰹節製造場
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00004451
文化遺産オンライン(国立文化財機構)泉家住宅主屋
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/195449
土佐市観光情報(土佐市)
https://www.city.tosa.lg.jp/kanko/
四国八十八ヶ所霊場会 第三十六番札所 青龍寺
https://88shikokuhenro.jp/36shoryuji/

最終更新日: 2026.06.18