はりまや橋の東に残る明治創業の料亭
料亭得月楼は、高知県高知市南はりまや町にある料亭で、明治3年(1870年)に陽暉楼の名で創業し、敷地内の6棟が平成16年(2004年)と平成28年(2016年)の二度に分けて国の登録有形文化財に登録された。はりまや橋の東詰、電車通りから一本南へ入ったところにあり、敷地は北と南の二方を街路に接している。
江戸時代の土佐藩は、芝居や料亭といった娯楽を長く抑えていた。それが明治に入って解かれると、鏡川の河畔に玉水新地という歓楽街ができる。妓楼と芝居小屋が軒を連ねたその一角で、初代店主の松岡寅八が開いたのが陽暉楼である。
寅八の商いは料理だけではなかった。会席料理を持ち込む一方で、文人墨客を集めて高知で初めての大墨画会を催し、大広間に著名人の書画を掲げた。店の伝えるところでは、毎夜千人を超える客を迎えるまでになったという。
名が変わったのは明治11年(1878年)である。中秋の名月の日、熊本城から凱旋した谷干城を迎える観月会が開かれ、その席で「近水楼台先得月、向陽花木易為春」の一句から二字が取られた。水に近い楼台は先に月を得る、という意味の漢詩である。以後、店は得月楼を名乗っている。
前身の名は小説に残った。宮尾登美子が昭和初期の花柳界を描いた『陽暉楼』は、この店を舞台にしており、映画にもなっている。文化庁の登録名称が「料亭得月楼本館」のように料亭の二字を冠しているのは、これらが今も営業を続ける料亭の建物だからである。
6棟が二度に分けて登録された
料亭得月楼で登録有形文化財になっているのは、本館・客間・高陽の間・喜久の間・渡り廊下・正門の6棟である。登録は一度ではない。平成16年(2004年)11月8日に本館と客間の2棟が登録され、12年後の平成28年(2016年)2月25日に残る4棟が加わった。登録番号は前者が39-0155と39-0156、後者が39-0280から39-0283まで続いている。
6棟のうち5棟は「造形の規範となっているもの」という基準で登録された。正門だけが「国土の歴史的景観に寄与しているもの」で、評価の向きが違う。街路に面して通りの景色をつくっている門と、内側で客を迎える座敷とでは、見られている点が別だということである。
建てられた年を並べると、この料亭がいつ今の姿になったかが見えてくる。客間が昭和12年(1937年)でもっとも古く、昭和25年(1950年)に本館と渡り廊下、昭和32年(1957年)に高陽の間と喜久の間、そして昭和34年(1959年)に正門。戦前から残るのは客間だけで、しかもそれは昭和25年に別の場所から移してきたものである。
この空白には理由がある。昭和20年(1945年)7月の高知空襲で、はりまや橋一帯は焼けた。本館は焼失後の復興建築であり、いま敷地に並ぶ建物のほとんどは、そこから10年ほどのあいだに順に建てられている。
なお、得月楼の公式サイトは登録の年を平成17年(2005年)と記している。文化庁の国指定文化財等データベースでは平成16年(2004年)11月8日登録であり、この記事は後者に従っている。
正門から奥へ、建物のつながり
料亭得月楼の敷地には、北面の西寄りに立つ正門から入る。間口5.9メートルの横長の門で、扉は両側へ引き込む形式である。くぐると正面が本館で、玄関には切妻の車寄せが突き出している。
本館は木造2階建。2階に80畳の大広間があり、縁まで含めれば100畳になる。天井に張られているのは魚梁瀬杉の一枚板である。
庭へ向かう動線は本館の南から始まる。渡り廊下が南へ延び、その先端が待合になっていて、ここから東南の客間と、庭に南面する高陽の間へ枝分かれする。高陽の間の西には納戸付きの短い廊下があり、その先が喜久の間である。奥へ進むほど部屋は小さくなる。
これらの座敷が向いている庭は、江戸時代末期のものである。店は幕末の庭師の作と伝えるが、その名は分かっていない。高陽の間の前には池があり、鯉が泳いでいる。
登録された6棟は、見学のために並べられた建物ではない。今も客を通す座敷であり、廊下であり、門である。
1月中旬から始まる盆梅
料亭得月楼の年中行事でもっとも知られるのが盆梅展である。初代の松岡寅八が明治30年(1897年)頃から集め始めた鉢植えの梅を、座敷に並べて客に見せる。樹齢200年から300年という株が含まれる。
梅は野梅系と豊後系に大きく分かれる。野梅系は枝が細く花も葉も小ぶりで、木が固く、枯れても形を保つ。豊後系は梅と杏を掛け合わせたもので、葉が大きく花は桃色を帯び、木が柔らかいために芯が腐って皮だけになっても花をつける。二つを並べて置かれると、同じ梅という語で呼ぶのが不思議に思えてくる。
世話は一年中続く。花が散れば剪定し、肥料を入れ、翌年の芽を待つ。枝ぶりの決定も虫の駆除も水やりも店主自身が行うという。
開催は毎年1月中旬から。終わりの時期は公式サイトの中でも記載が分かれていて、3月上旬とする頁と3月中旬頃とする頁がある。花の時期は年によって前後するので、訪れる前に確かめたい。大広間を使う日は、座敷を取り囲むように鉢が並ぶ。
予約・営業時間・行き方
料亭得月楼は営業中の料亭である。建物を見るには食事の予約が要り、逆に言えば予約さえすれば誰でも入れる。公式サイトのよくある質問は、一見の客を断ることはないと明記している。座敷はすべて個室で、個室料金は取らない。
営業時間は、昼が午前11時から午後2時まで(ラストオーダーは午後1時30分)、夜が午後5時から午後10時まで。定休日は月曜(祝日を除く)を基本とするが、月ごとの店休日が公式サイトのお知らせで告知される。予約と問い合わせは088-882-0101。支払いにはVISA・JCBなどのクレジットカードが使える。
建物には段差がある。車椅子はタイヤを拭くことで、杖は先を拭くことで店内に入れると案内されている。撮影の可否については公式サイトに記載がないので、予約の際に確認するのが確実である。
行き方は路面電車が早い。とさでん交通の「はりまや橋」電停で降り、東へ徒歩3分ほど。市内均一区間の運賃は大人230円で、令和6年(2024年)11月1日の改定による。JR高知駅からは徒歩15分ほど、電車なら桟橋線で高知駅前から2つ目である。
車の場合は提携駐車場がある。南街駐車場は午前9時から午後9時まで開いており、料金は最初の1時間が300円、以降は30分ごとに100円。飲食額に応じた駐車料金のサービスがあるが、公式サイトには「300円分」と「1時間分」の二通りの記載があるので、これも予約のときに確かめるとよい。住所は高知県高知市南はりまや町1丁目17番3号である。
参考文献
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 料亭得月楼本館
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004441
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 料亭得月楼客間
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00004442
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 料亭得月楼高陽の間
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011000
- 国指定文化財等データベース(文化庁)— 料亭得月楼正門
- https://kunishitei.bunka.go.jp/heritage/detail/101/00011003
- 文化遺産オンライン — 料亭得月楼本館
- https://online.bunka.go.jp/heritages/detail/141711
- 得月楼 公式サイト — 得月楼とは
- https://www.tokugetsu.co.jp/about.html
- 得月楼 公式サイト — お部屋
- https://www.tokugetsu.co.jp/room.html
- 得月楼 公式サイト — 盆梅
- https://www.tokugetsu.co.jp/bombai.html
- 得月楼 公式サイト — よくある質問
- https://www.tokugetsu.co.jp/question.html
- とさでん交通 — 【路面電車】運賃改定のお知らせ
- https://www.tosaden.co.jp/multilingual/info/dtl.php?ID=2211
最終更新日: 2026.09.14
基本情報
| 名称 | 料亭得月楼 |
|---|---|
| 所在地 | 高知県高知市南はりまや町一丁目17-3 |
| 所有者 | 合資会社得月楼 |
| 指定 | 登録有形文化財 6件 |
| 座標 | 33.55899, 133.54415 |