薩摩街道の宿場町に建つ大型町家

熊本県氷川町の宮原(みやはら)地区、旧街道に沿った通りに、周囲より一段高く二階を持つ木造の町家が建つ。天保3年(1832年)に地元の有力商家であった井芹(いせり)家が住宅として建て、現在は「氷川町まちつくり酒屋」と呼ばれている建物である。間口の広い堂々としたつくりは、かつて通りがもっとも賑わった一角を今も示している。

宮原は、熊本から南の島津領へ向かう薩摩街道の宿場町として、また門前町として発展した。人や荷を運ぶ往来でにぎわい、街道筋の要所のひとつだった。平成17年(2005年)に竜北町と合併して氷川町となったが、ゆるやかに曲がる旧街道とそれに面する建物の連なりは、合併後も残されている。

主屋が建てられたのは江戸後期の天保3年。明治6年(1873年)に増築されて現在の規模となった。木造2階建、瓦葺で、建築面積はおよそ281平方メートルに及ぶ。井芹家はのちに井芹銀行を興しており、その旧本店の建物が主屋のすぐ南側に残る。

「登録」という保護のかたち

日本の建造物保護には、性格の異なる二つの制度がある。戦前以来の「指定」制度は、とくに価値の高い建物を国宝や重要文化財として位置づけ、現状変更に厳しい制約をかけるものだ。これに対し、平成8年(1996年)に始まった「登録有形文化財」は、より緩やかな仕組みである。十九世紀から二十世紀にかけての、町並みや景観に趣を与えてきた幅広い建物を対象とし、所有者が使い続け、手を入れながら活かしていく自由を比較的多く残している。

井芹家の主屋は、平成16年(2004年)2月に第40回の登録として登録番号43-0067で登録された。文化庁が記す登録の理由は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。単独の傑作としてよりも、九州の豊かな在郷町の姿をとどめる町並みの核として、その価値が認められたといえる。

登録の対象は主屋だけにとどまらない。旧井芹家の敷地には、土蔵、煉瓦塀、外塀、そして主屋北側に建つ薬医門形式の堂々とした門など、同じく登録された建造物が複数残っている。

建物を読み解く

まず目に入るのは屋根の形である。切妻造で、長い軒の側を通りに向ける平入の構えをとる。街路に面した正面の2階は厚い漆喰で塗り込められ、防火の備えであると同時に、商家の財力を示す装いにもなっている。広い妻面に注目すると、壁面から突き出す水切瓦の列が見える。これは雨水を壁から弾き落とすための瓦で、漆喰に穿たれた開口部には小さな瓦葺の庇が添えられている。

背面にまわると印象が変わる。閉じて改まった正面に対し、裏手は1階・2階とも縁側を張り出した開放的なつくりとなっている。公に向けた構えと、私的でくつろいだ構えの対比は、この種の建物を細かく眺めるときの見どころのひとつだ。

内部は二列型の町家形式をとる。街路側には、店から茶の間、居間へと部屋が連なり、その北側に直角に、玄関の間、次の間、客を迎える座敷が配される。古い骨組みの中に新しい素材を取り込んでいる点も見逃せない。床の一部には磁器タイルが幾何学的な模様に埋め込まれており、明治から大正にかけての流行を映した意匠となっている。

名称について一言添えておきたい。この建物はあくまで住宅として建てられたもので、現在の名に含まれる「酒屋」は、町が交流の場として再生した時期に付けられた呼称である。確かな酒造業の歴史に基づくものではない。氷川町は平成7年(1995年)にこの家を購入して修復し、現在の名で活用を始めた。

周辺の見どころ

最も自然な組み合わせはすぐ隣にある。主屋の南に接して建つ旧井芹銀行本店は、大正14年(1925年)の鉄筋コンクリート造で、現在は「氷川町まちづくり情報銀行」として使われている。窓まわりには1920年代の趣をもつ幾何学的な装飾が施され、館内には当地出身の野球選手・監督である秋山幸二をたたえるギャラリーが併設されている。木造の住宅とコンクリートの銀行を並べて見れば、一族のおよそ一世紀にわたる歩みがたどれる。

趣を変えるなら、同じ町内の立神峡(たてがみきょう)を訪ねるとよい。氷川が削り出した高さ約75メートルの白い石灰岩の崖がそびえ、秋には岩肌を彩る紅葉で知られる行楽地である。

氷川町に鉄道駅はない。最も近いのは隣接する八代市の鹿児島本線・有佐駅で、多くの訪問者は車で、九州自動車道を八代付近で降りて向かう。宮原の古い町並みは、たどり着いたらゆっくり歩いて巡るのがふさわしい。

Q&A

Q建物の中に入れますか。
A常駐の係員がいる博物館ではなく、展示・イベント・会議などに使われる交流施設です。外観は通りから自由に眺められ、内部は展示や催しが行われているときに公開されます。中をご覧になりたい場合は、事前に町役場へ確認されるとよいでしょう。
Q入館料はかかりますか。
A建物を見るための一般的な入館料はありません。各部屋は催しや展示のために時間貸しされており、町が定める手頃な使用料が設定されています。なお、かつて一部で営まれていた喫茶は令和8年(2026年)3月に終了しました。
Q本当に酒屋だったのですか。
A現在の名称にかかわらず、建物は井芹家の住宅として建てられました。「酒屋」は平成期に町が交流施設として再生した際に付けられた呼び名なので、もとの商いを記録したものではなく、現在の通称として受け取るのが正確です。
Qどうやって行けばよいですか。
A氷川町に駅はありません。車で九州自動車道を八代付近で降りて向かうか、八代市の有佐駅まで鉄道で来て、そこからタクシーや路線バスで進むのが一般的です。所在地は宮原地区の旧街道沿いです。
Qあわせて訪ねるなら何がよいですか。
A隣の旧井芹銀行(現・情報銀行)に立ち寄り、1920年代の意匠と秋山幸二ギャラリーをご覧ください。時間があれば、車で少し走った立神峡の石灰岩の崖と紅葉も見ごたえがあります。

基本情報

名称氷川町まちつくり酒屋(旧井芹家住宅)主屋
所在地熊本県八代郡氷川町宮原栄久31-15
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号43-0067、平成16年(2004年)2月17日登録
年代天保3年(1832年)建築、明治6年(1873年)増築
構造・員数木造2階建、瓦葺、建築面積約281平方メートル/1棟
所有者氷川町
アクセス九州自動車道を八代付近で降車、車利用が便利/最寄り駅は鹿児島本線・有佐駅
公開状況展示・イベント等に使われる交流施設。外観は自由に見学可、内部は催し開催時に公開

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003927
氷川町まちつくり酒屋(氷川町公式サイト)
https://www.town.hikawa.kumamoto.jp/kiji0034798/index.html
氷川町まちつくり酒屋(熊本県観光サイト くまもっと)
https://kumamoto.guide/spots/detail/11417
氷川町まちづくり情報銀行(熊本県観光サイト くまもっと)
https://kumamoto.guide/spots/detail/11416

最終更新日: 2026.06.17