氷川町まちつくり酒屋(旧井芹家住宅)門 ―― 薩摩街道の旧家が街路に向けた構え

熊本県中部、八代郡氷川町の宮原地区に、堂々とした薬医門が一棟残されている。旧井芹家住宅の門で、主屋の北側に位置する。井芹家は県内でも有数の地主で、のちに自前の銀行を構えるほどの財力を蓄えた家であった。建物としては小ぶりなこの門の細部に、その家がどれほど街路に向けた体裁を重んじたかがあらわれている。

間口はおよそ1.9メートルと広くはない。だが薬医門特有の深い切妻屋根を桟瓦で葺き、たたきには彩色されたタイルを埋め込むなど、随所に凝った仕事が見える。門をくぐる際にふと足元へ目を落とすと、装飾的に並べられたタイルに気づく。屋根の構えに目を奪われていると見落としがちな箇所である。

薬医門という格式

この門は薬医門の形式をとる。薬医門は、前方に立てた二本の本柱と、その背後に控える二本の控柱とで切妻屋根を支える形式で、棟が敷居の真上ではなく前寄りに位置する。そのため軒が深く張り出し、平易な棟門にはない重厚さが生まれる。古くは医家や格式ある住宅、寺院などに用いられたと伝えられ、商家がこの形式を採ったところに、井芹家の家格への志向がうかがえる。

この門をいっそう質の高いものにしているのが、門から延びる袖塀である。袖塀は主屋とも接続し、門と住宅とを一体に結びつけている。塀の右側には通用門が穿たれており、日常の出入りはこちらで済ませ、中央の大きな開口は折々の場面のために残された。さらに袖塀の腰部は海鼠壁で築かれ、平瓦を貼って目地を漆喰で盛り上げてある。ここでは目地が一般的な菱形ではなく亀甲模様を描いており、本来は防火を目的とした実用的な壁面が、装飾としての性格を強く帯びている。

「指定」ではなく「登録」

この門は登録有形文化財(建造物)であり、登録番号は43-0069、平成16年(2004年)2月17日に登録され、同年3月4日に告示された。ここで指定と登録の違いに触れておきたい。明治以前から続く指定の制度は、重要文化財や国宝として限られた数の物件を選び、強い規制のもとで保護するものである。これに対し平成8年(1996年)に始まった登録の制度は、近代以降に数多く建てられた、記録と緩やかな保護に値する建造物を広く対象とするために設けられた。井芹家の門は「造形の規範となっているもの」という基準に該当して登録され、同じ敷地の主屋・土蔵・塀とともに名を連ねている。

門の年代は明治初期とされ、家業が最も栄えた時期にあたる。背後の主屋は天保3年(1832年)に建てられ、明治6年(1873年)に増築されて現在の姿となった。門はその増築の流れのなかで、街路に面する家の表構えを整えた一棟と位置づけられる。

なぜ「酒屋」なのか

施設名の「まちつくり酒屋」を見て、酒が売られていないことに戸惑う来訪者は少なくない。この呼び名は井芹家の歩みに由来する。明治の初めから明治23年(1890年)ごろまで、井芹家はここで酒造りを営んでいた。醸造業はやがて途絶えたものの、家としての商いは続き、大正14年(1925年)築の鉄筋コンクリート造の旧井芹銀行本店が今も近くに残って、まちづくりの情報拠点として活用されている。

醸造も銀行業も時代とともに役割を終えたのち、平成7年(1995年)に宮原町(当時)が土地と建物を取得し、住宅を交流の拠点として開いた。建物は平成12年(2000年)に改修されている。来訪者がくぐる門は、現役の集いの場の入口であると同時に、この地に一世紀近く根を張った旧家の歴史をとどめる一棟でもある。

門の周辺を歩く

宮原はゆっくり歩きたい町である。この町は薩摩街道沿いに発達した。薩摩街道は熊本と南の薩摩藩とを結ぶ街道で、宮原は江戸時代に宿場町・門前町として栄えた。参勤交代の大名行列がここを通り、八代郡の郡代詰所も置かれていた。往時の街路の暮らしの名残は、敷地の割り方や残された町家の連なりのなかに見てとれる。

旧住宅の内部も見逃せない。建物は二列型の町家形式をとり、道路側から店・茶の間・居間が奥へ続き、その北側に玄関の間・次の間・座敷が直角に配される。床には磁器タイルによる幾何学模様が敷かれ、門のたたきの意匠と響き合う。近代の素材を伝統的な構えに取り込むことをいとわない家風がここにも見える。現在、各室はコンサートや展示、物産展などに用いられ、一角では町の特産品や駄菓子も売られている。

所在地の氷川町は、平成17年(2005年)に宮原町と竜北町が合併して生まれた町である。八代平野を車で巡る道すがらに立ち寄りやすく、井芹家の長い来歴を記録する敷地内の登録建造物群とあわせて見るとよい。

Q&A

Q門の近くまで行って見学できますか。
A門はまちつくり酒屋という公開施設の入口にあたるため、間近まで近づいてくぐることができます。足元のたたきに埋め込まれた彩色タイルは見落としやすいので、ぜひご覧ください。開館日や時間は変動するため、遠方からの来訪前には氷川町にご確認ください。
Q「登録」と「指定」はどう違うのですか。
A指定は古くからある厳格な制度で、重要文化財や国宝など限られた物件を対象とします。登録は平成8年(1996年)に設けられた緩やかな保護の制度で、近代以降の数多い建造物を広く記録・保全することを目的とします。この門は平成16年(2004年)登録の登録有形文化財です。
Q酒を売っていないのに、なぜ「酒屋」と呼ぶのですか。
A明治初期から明治23年(1890年)ごろまで、井芹家がここで酒造業を営んでいたことに由来する名です。醸造が途絶えた後もその名が残りました。現在は各室がイベントに使われ、一角で特産品や駄菓子が販売されています。
Q短時間ならどこに注目すればよいですか。
A三点をおすすめします。薬医門ならではの深い切妻屋根、袖塀の腰に築かれた亀甲模様の海鼠壁、そしてその袖塀の右側に穿たれた通用門です。何気なく通り過ぎてしまう門に、いかに手が込んでいるかが分かります。
Qどのように行けばよいですか。
A熊本県中部、氷川町の宮原地区にあり、八代平野を巡る車での移動が便利です。旧薩摩街道沿いの宿場町の一画に位置するため、周囲の街路を歩いてみるのも一興です。

基本情報

名称氷川町まちつくり酒屋(旧井芹家住宅)門
所在地熊本県八代郡氷川町宮原栄久31-15
指定区分登録有形文化財(建造物)/登録番号43-0069/平成16年(2004年)2月17日登録(同年3月4日告示)
登録基準造形の規範となっているもの
員数1棟
年代明治初期(1868〜1911年)
構造及び形式木造、桟瓦葺、薬医門形式、間口約1.9メートル、袖塀付
所有者氷川町
公開・アクセスまちつくり酒屋(公開施設)の入口。開館日・時間は氷川町に要確認

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁)
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00003929
文化遺産オンライン(NII):氷川町まちつくり酒屋(旧井芹家住宅)門
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/194929
氷川町公式サイト:氷川町まちつくり酒屋
https://www.town.hikawa.kumamoto.jp/kiji0034798/index.html
氷川町観光情報:まちつくり酒屋
https://www.town.hikawa.kumamoto.jp/kanko/kiji0033722/index.html

最終更新日: 2026.06.20