通りから控えて建つ長大な二階建

吉村家住宅主屋は、熊本県熊本市南区川尻四丁目にある明治中期(1883年から1897年)の木造2階建の住宅で、令和7年(2025年)8月6日に国の登録有形文化財に登録された。建築面積は306平方メートルあり、昭和37年(1962年)ごろに改修を受けている。

文化庁の解説文は、吉村家住宅主屋を港町川尻で醸造業を営む商家の主屋としている。屋根は切妻造の桟瓦葺で、棟を東西に通した長い二階建である。通りに面して建てず、南の門と塀から奥へ控えた位置に置かれている。

東は内向き、西は表向き

吉村家住宅主屋の間取りは、東と西で性格が分かれる。東側に家族が日常を過ごす内向きの部屋、西側に客を通す表向きの部屋を並べ、1棟の中で暮らしの場と接客の場を東西に振り分けている。

表向きの側の北西には続き座敷がある。いくつかの座敷を襖でつないだ一画で、床の間、床脇、平書院をそろえる。平書院は、縁側へ張り出さずに壁の面に書院窓を設ける形式で、外へ張り出す付書院に比べて控えめな構えになる。

座敷の境に入る欄間には彫刻が施されている。文化庁は、この続き座敷を繊細な意匠を凝らした部屋として取り上げた。

近代川尻の商家の上質な主屋

吉村家住宅主屋の登録番号は43-0208、登録基準は「国土の歴史的景観に寄与しているもの」である。文化庁は、近代の川尻で栄えた商家の上質な主屋として評価している。

年代については、資料によって書き方が違う。熊本市都市デザイン課の「くまもと川尻360°」は吉村家の邸宅を江戸末期とし、慶応3年(1867年)の瑞鷹創業のころから残る当主の家と紹介する。瑞鷹も自社サイトで「吉村家本宅」を酒造りの始まった場所としている。

一方で、文化庁のデータベースは吉村家住宅主屋を明治中期の建築とする。創業の地に明治の中ごろ現在の主屋が建てられた、と読むこともできるが、建て替えの有無を示す資料は確認できなかった。このサイトでは文化庁の年代を採っている。

吉村家住宅主屋の見学

吉村家住宅主屋はいまも吉村家の住まいで、内部は公開されていない。続き座敷の床まわりは、文化庁データベースに掲載された写真「座敷床廻り」で見ることができる。

主屋は通りから奥へ控えて建つので、南側の通りから見えるのは門と塀の向こうの屋根が中心になると考えておきたい。敷地には立ち入らず、写真は公道から、住人と通行の妨げにならない範囲で撮りたい。

Q&A

Q吉村家住宅主屋はいつ建てられましたか?
A文化庁のデータベースでは明治中期(1883年から1897年)の建築で、昭和37年(1962年)ごろに改修されています。熊本市の「くまもと川尻360°」は江戸末期としていますが、このサイトでは文化庁の年代を採っています。
Q吉村家住宅主屋の座敷にはどんな特徴がありますか?
A北西の続き座敷に床の間・床脇・平書院をそろえ、室境の欄間に彫刻を入れています。
Q吉村家住宅主屋の間取りはどうなっていますか?
A東西に長い二階建で、東側に家族の内向きの部屋、西側に客を迎える表向きの部屋を配しています。
Q吉村家住宅主屋はなぜ登録有形文化財なのですか?
A近代の川尻で栄えた商家の上質な主屋として、令和7年(2025年)8月6日に「国土の歴史的景観に寄与しているもの」の基準で登録されました。登録番号は43-0208です。
Q吉村家住宅主屋は見学できますか?
A個人の住まいのため内部は公開されていません。外からは通りの奥に屋根が見える程度です。

基本情報

名称吉村家住宅主屋(よしむらけじゅうたくおもや)
所在地熊本県熊本市南区川尻4丁目663
指定区分登録有形文化財(建造物)、登録番号43-0208
指定年令和7年(2025年)8月6日登録
員数1棟
寸法木造2階建、瓦葺、建築面積306平方メートル
所有者文化庁データベースに記載なし
公開状況非公開(内部見学不可)

参考文献

国指定文化財等データベース(文化庁):吉村家住宅主屋
https://kunishitei.bunka.go.jp/bsys/maindetails/101/00015527
熊本県:国登録有形文化財(建造物)の答申について(令和7年3月21日)
https://www.pref.kumamoto.jp/soshiki/125/229955.html
瑞鷹株式会社:施設のご案内(吉村家本宅・道具蔵)
https://www.zuiyo.co.jp/factory-tour/
熊本市都市デザイン課:くまもと川尻360°
https://kawashiri.rekimachi360.com/

最終更新日: 2026.09.28